水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

深淵都市

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 ホープから出た瞬間に空気の匂いが変わる。土の匂いよりも水の匂いが強くなり、湿気がはらみ気温が少し下がった。夏というよりも春に近い。
 ここは瞬が生まれ育った島とは別の島だ。気温も気候も若干違っている。

(夏、こっちの方が過ごしやすいなぁ)

 汗がじんわりつく首襟をパタパタ動かして涼しい空気を送る。瞬は後ろを軽く振り返って、地下階段から駆け上ってくる人達を眺めた。

 入り口は『地下を降りて歩いている』が、出口は『地上に向かって歩いている』状態になる。
 どちらの住人も『島の地下に別の世界がある』という認識だ。

 島の全体をを円形にしよう。
 半分より上が泉都市、下が深淵都市。半円同士をくっ付けた様に、異なる二つの地面がくっついている。
 重力がどうなっているかなんて誰にも分らない。そうなってしまったから、それを受け入れているだけだ。
 定説によれば『二つの世界の大地を繋ぐのは地下水脈・若しくは水脈跡だ』という考え方が定説だ。実際、ホープも地下水脈の一部を利用されて作られている。
 なので『地下水脈の形が異空間を形成してしまった』と仮説されているが、今の技術では調べる手立てはないため、そのまま放置されている。

 とはいえ、奇跡が複雑に絡み合ってできた島であることは間違いない。と、世界が壊れる前の人間が見たら感動するか畏怖の念を覚えるだろう。
 だが生憎、島で生まれ育った瞬にとっては、この現象は当たり前である。不思議に思うことはない。

「よーし!」

 ホープの出口が左右に広がり2つ通路が延びているので、瞬は建物内へ出る通路を進んだ。
 アクアソフィーの建物外側だけを貫通して、半透明の自動ドア出入り口を出ると、そこはすぐ深淵都市の中心区、アクアソフィー公共の広場に出る。

「こっちも良い天気だね」

 天井窓を見上げて揺らめく蒼い空を確認する。薄青い膜が深淵都市全体を覆っている。膜が巨大なドームが島を覆い、水中に潜っているような錯覚に陥る。これがこの島の空だ。そこに輝火てるひと呼ばれる丸い二つの光が空に浮かんで熱と光を与えている。これが太陽の役割を担っているそうだ。
 ここはミズナビトが暮らしていた世界がそのまま残っている。 
 
 瞬は雨避けがついた広い公園を移動する。売店や広場が広がっているので買い食い衝動を堪えつつ、道なりに進む中、アクアソフィーの電光掲示板に目を留める。
 
 掲示板には地図が載っている。
 島の形状は泉都市と同じ。人口密集地も同じである。中央部分はビルなどの建造物が立ち並び、人々の生活が密集している。島の端に移動するにつれて水に沈んだ土地が広がっていた。
 そしてこの場所にも50階建ての筒形コンクリートビルが建っている。島の管理統一している中枢の建物『アクアソフィー』だ。遥か昔、リクビトとミズナビトの友好の証として同じ建物を建てたと言われている。建物の中にあるのはメガトポリスと同じく政である。
 さらに南を見ると『スラム』地域が記載されている。内戦によって荒らされた場所で、世捨て・孤児・犯罪者が潜伏している。300年前の紛争後からできたとされており、幾度も区画整備しようとするが、そこに住む人々によって反発され暴動が起きてしまうため、今は様子をみている状態だ。
 今度は北を見る。北は農園地帯で主に米や麦などが栽培されいる。景観も良く美しい湖が広がり、水面から木々が聳え立ち森を作っているため、観光地として賑わっている。

 あれ? と瞬は眉をひそめた。立ち入り禁止区域が更新されている。

「また危険地帯広がってる」

 北の森の他に西と東側の森にも、木の姿をした水草『被れの木』が森を形成していると記されていた。
 『被れの木』は青紫色をした木で見目は大変美しい。しかし樹液に触ると、皮膚が火傷をしたように爛れ。切ると毒臭とも呼べる悪臭が鼻から脳へ通じ脳が爛れてしまう。毒性の強い樹液が水に混ざると、周りの植物や生き物を殺してしまう。
 あまりにも危険なので、被れの木が生えた場所は立ち入り禁止区域になる。間違って入らないように常に情報を更新している。
 その印が三年前から急激に広がっている。

(原因はなんだろう? ……って、いけない!)

 瞬は思考に駆られようとしたが、待ち合わせに遅刻しかけている事を思い出し、急いで向かった。




 広場の一角。砂場や芝生や遊具のある公園へ到着すると、すぐにベンチに座って待っているだろう友達を探す。
 人がたくさんいて見つけにくいが、今の時間帯は制服を着ているはずなので目につくはずだ。
 そう思って瞬は目を凝らして周りを眺めた。案の定、すぐに発見できた。

「あ、いたいた。アル!」

 ホッとしながら手を振りながら駆け寄ると、赤茶色のベンチに座っていた鎧を着込んだ人部が瞬に振り向いた。
 上半身に白金プレートアーマーを着用し、黒いズボンと細身の白金色のブーツを履いている。
 頭部は白金の兜をかぶっており、振り向いた時に赤みがかかった橙色のポニーテールのような飾りがなびいた。

「やぁ、瞬」

 軽快な挨拶をしながらアルは笑顔を浮かべた。

 11年前に知り合い意気投合し、現在は一番の親友。アル=シフォン。
 二十歳のミズナビトの男性で身長は175㎝ほど。ミズナビト特有の水色っぽい肌、全体的に凛々しい感じの顔。
 濃い緑のサラサラヘアーは肩より少し長く、今は一つに結んでいて、妙に良く似合っている。彼の顔の中で印象的なのは黄緑色の目だ。普通よりも少し色素が薄く、目じりが下がっているのでとても人懐っこく見える。
 性格は温厚かつ丁寧。神経質ともいえなくもないが、自然に他者への気遣いが出来る。
 彼は警備隊に所属し、二十歳という若さで環境警備課の部長で西地域全般の取締役を任されている。周囲の評判も良く上司や部下から信頼が厚い。どこへ向かうにも引っ張りだこで人気者だ。
 今は仕事中に抜けだしたので制服である鎧を着ている。

「ごめんね遅れて!」

 瞬はぜぇはぁと息を整えながら汗だくで謝る。
 寄り道をしていた時間分遅れたという自覚があるだけに、両手を合わせて誠意を前面にだしつつ謝った。

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