タイムカプセル

森羅秋

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宝捜し探検隊結成

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 俺は分厚いジャンパーを着て、首が寒くないよう深青のマフラーを巻きつけ、ニットの帽子を被って凛の隣を歩いた。
 駅には人が多く出入りし、電車に乗るために並んで待つ。

 これから数ヶ月ぶりに故郷へ帰還する。

 電車がゆっくりと停車すると俺は凛と共に中へ乗り込んだ。
 暖房が多少効いていて外よりは温いが、寒いという不思議な体感温度を感じながら、窓の流れる景色をぼんやりと見つめる。

 凛は暇だと答えた俺に対し、開口一番に「じゃ、急いで故郷へ行こう!」と元気よく叫んだ。
 理由は降りてからと言い切ったので急いで支度をして下へ降りる。

 「おばさんの墓参りに行くのか?」

 到着して直ぐに聞くと、凛は露骨に眉を潜めた。

 「そんなくだらない用じゃないの」

 ぷいっとそっぽを向いて、さっさと歩き始めた。

 くだらなくはないんじゃないかな?
 その言葉を俺はひっこめた。

 凛と凛の母親は異様に仲が悪い。
 悪いというよりも、凛が一方的に母親に嫌悪感を抱いている。何度か『どうして?』と問い掛けたが、凛は『ただ単に嫌い』と言うだけだった。

 そう嫌いになる理由が無い。
 理由が無いのに、彼女は実の母親が嫌いだった。

 そんな彼女の母親もつい最近病気で他界した。
 凛の両親とも仲が良かった俺は、おばさんがいつも凛を大切に想っていた事を知っている。
 離婚後、父親と凛が一緒に家を出た後でも、あの家に住み続けて、あの家の隣にずっと住んでいたから良く分かる。
 連絡を取っている事を知っていたおばさんは、俺に時々凛の様子を聞いてきた。
 拒否する義務も無いので、俺は聞かれるたびに答えていた。
 勝手に教えて良いものか迷ったが、心配そうにするおばさんを無碍には出来なかったんだ。

 だから俺は未だに、凛がおばさんを嫌っているのか分からない。

 分からないけど、まぁ、そこを深く突っ込もうとは思わない。
 俺には理解できない凛の事情があるのだから。

 

 話を元に戻そう。
 墓参りじゃないとすると、凛は一体何で故郷へ行くと言うのだろうか?

  俺が不可解そうに凛を見つめていると、凛は「ぶふ」と噴出した。

 「変な顔~」

 「なんだと!?」

 握りこぶしを作り、凛の頭をコツンと叩くと、彼女はオーバーリアクションをして「ぎゃー苛めたー」と小さく叫んだ。

 「ったく、行く意味が分からないから考えていたんだよ」

 「あはは、ごめんごめん。そうだよね。イキナリで理由も何も言ってなかったね」

 凛は笑いながら、視線を下に向けた。急に笑顔が消える。
 イキナリ落ち込みモードで俺は焦った。無言で彼女を見つめると、凛は「はぁ」とため息をはき俺を見上げる。

 「最近何をやっても虚しくなるの」

 「……はぁ?」

 誰かに振られた~とか、お父さんが怪我したーとか返答を考えていた俺は、肩透かしを食らわされた。

 「なんだか、心にぽっかりと穴が空いた気分なのよね」

 「鬱病か?」

 「そーかもしれない」

 「それと里帰りとどうゆう関係がある」

 呆れたような視線を向けると、彼女も困ったような表情を浮かべた。

 「タイムカプセルって覚えてる?」

 「タ!」

 イキナリの発言に俺は言葉を失う。
 覚えているとも!今日の夢にありありと出てきた。
 まさか、正夢だったのか?
 
 俺は首を捻りながら凛の話の続きを聞く。

 「アノ頃のこと。あんまり覚えてないのよね、何を埋めたのか忘れちゃってるし」

 「だから掘りだすのか?」

 「うーん、それもあるんだけど。タイムカプセルについて強烈に覚えている事があるのよ」

 俺はピンと来て、凛の言葉を遮って答えた。

 「未来の自分に宛てた、一番大切なもの、だな!」

 「そう。そうなんだけど……」

 凛は目を真ん丸くして俺を見上げた。
 何で覚えてるの? と不思議そうな視線が痛いほど突き刺さる。
 
 俺だって今日まで忘れていたさ。
 夢でみなけりゃ、今の凛との会話も雲を掴むような、チグハグな話になっているはずだ。

 「よく覚えてたね!」

 「そっちこそ」

 「私今日部屋の掃除してて、大切なモノ箱っていう古い箱を見つけたんだ。そこにタイムカプセルを埋めた地図と、一言の感想が書いてあって、それで思い出したの」

 ガザガザっと黄ばみ草臥れた一枚のメモ用紙を見せてくれた。折り目が深く、ミミズ文字のメモを凝視しながら片言で口に出す。

 『りん、わたし自身へ。
 このタイムカプセルは今のわたしの大切な宝ものがうめてあるば所がかいてあります!
 これをかならずほりだしてください!』

 最後が笑えた。

 『これはほくとちゃんとうめたこうふくの宝ものだからね!
 かならずだからね!
 めいれい!!』

  
 「命令なんだ。凛らしい」

 肩を震わし噴出しながら笑いを堪えると、凛はむっとしながら草臥れたメモを俺から取り上げた。

 「どーゆー意味よ!?」

 ほんのり顔が赤くなっている。照れている姿が笑いに更に拍車をかけ、俺は電車の窓を支えにしてもう一度声を殺して笑った。 

 「ばっかじゃないの」

 「ああ、悪い悪い」

 凛がふて腐れる前に俺は笑いを消して、ごほんと咳を一度する。

 「それで、凛はどこら辺に惹かれて堀にいくわけ?」

 「惹かれてって、言葉の意味がちょっと違うんじゃない?」

 まだ機嫌が悪いみたいだが、俺は苦笑を浮かべつつ「通じるから良いじゃないか」と答えた。すると凛はくすっと笑いながら口元を手で押えて「そーよね」と同意した。

 「気になったのは昔の宝物と、幸福って言葉」

 「言葉?」

 怪訝になりながら聞き返すと、凛はそっと車窓へ視線を向けた。
 虚ろで、モノ悲しげな視線を流れ行く景色に送っていた。
 元気から一変して落ち込んだ様子の凛に、俺はまたもや戸惑った。

  しかも、喋らねぇし…… 

 こうしても埒があかないので、眉間に皺を寄せながら恐る恐る呼びかけると、凛は苦笑を浮かべながら俺に向き直った。

 「ああ、ごめん。急になんか考え事しちゃったよ」

 俺の方へ両手の平を合わせて合唱し、軽く頭だけ上下に動かす。
 本当に鬱病にかかっているのかもしれないと思い、俺は思わず「大丈夫か?」と聞いた。
 凛はきょとんとして「何が?」と答える。

 元に戻ってやがる上に、俺の心配をわかってねぇ 

 「あーあ、そーかよ」

 俺は渋い表情を作りながらけっとそっぽを向いた。

 「ごめんって北斗。さっき私が鬱かもって言ったのが気になったんだよね! さっすがぁ! 鋭い観察眼だ! 北斗様!!」

 慌てて愛想笑いを浮かべ、凛はよいしょと俺を持ち上げに掛かった。

 初めから機嫌は悪くないが、すぐに良くなった風にするのも面白くない。
 俺はまだ機嫌が悪いように見せかけるため下目使いで凛を見返す。

 「で? 言葉って?」

 「幸福ってのが、気になってね。ほら、最近虚しくなる、心に穴が空いたようになってるって言ったじゃん?」

 「ああ、そう聞いた」

 「色んなストレス解消方法を試してみたんだけど、効果がないのよ。だから」

 「タイムカプセル地図の幸福ってのを探してみようと思ってたんだ」

 「そう。まぁ、今も昔も私はあんまり変わってないけどね。それでも小さい頃の方が純粋でピュワだと思うのよ!」

 力を込めて力説する凛に、悪気があってではないが、つい俺は水を指した。

 「純粋とピュワは一緒だと思うぞ」

 「そんな小さい頃に埋めたものって気になるじゃん? しかも私が必ずって言ってる辺り掘らないと祟られそうだし!」

 「お前、自分で自分を祟るのか?」

 「それに丁度掘り出す期限ぴったりでしょ? だから探してみようと決めて北斗を誘ったの。あんたも一緒に埋めたんだし、協力してくれるよね!!」

 俺の水差し二つを軽くシカトして、お祈りポーズをしながら『協力して』と無言の圧力を加えてくる。
 今日は暇だし断る理由も無い。厳密に言うと、今更電車で引き返すのは金が掛かって馬鹿らしい。
 強制的に手伝わされることになったのだが、それを言うと凛はまたムッとするに決まっているので、それは心の中で溶かしておく。

 「オッケーよね!」

 「うん」

 了解の意味を込めて頷いた。俺の本当の心中を知らない、いや知ってて無視している可能性はあるが、凛は小さく拍手をしながら大喜びをする。

 「やったね! 宝捜し探検隊結成!」

 「なんなんだ、そのネーミングは」

 「今考えたんだ。良いネーミングでしょ」

 ガッツポーズをしながら俺に向かって自信満々に言う。
 そんな姿に苦笑しながら、俺は「へいへい」と気の無い返事で誤魔化した。

 電車から見える流れていた風景がいつの間にか止まって、ガラス隔てた向こうに電車を待つ人が列を作って待っている姿が見える。

 「もぉ~センスが分からないんだから」

 凛もガラス隔てた向こう側を見つつ、一言不満を漏らす。

 「はいはい」

 相槌を打つように宥めると、凛はむーっとしながら俺を見つめる。
 そこからふっと柔らかく微笑んだ。
 子供のような嬉しそうな笑顔、それでいて大人の女性として十分だといえる可愛らしさ。

 「でも、ありがとね北斗、付き合ってくれて」

 凛の言葉と同時にスライドドアが開き、一番乗りにホームに降り立った。
 俺はその後ろで待っている降りる人たちの波に一瞬飲まれながら、自分の頬を触ってみる。
 心なしか熱くなっているのは、気のせいではないだろう。

 「北斗―!おっそいぞー!」

 凛はなかなかこない俺に向かって呼びかける。
 俺は不機嫌そうに階段下で流れを塞き止めているように立っている凛を見やった。

  なんか反則だ。親友としてではなく、異性だと再確認させられるような。
 あんな綺麗な表情…

 「北斗―!どーしたのー!?」

 俺の気持ちを全く理解していない凛は「のろまー!」と叫びながら両手をぶんぶん振っている。
 顔の火照りとか多少気になるものの、適当に言っておけばいいだろうと思い、俺は凛の傍へ歩み寄った。

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