丘の上の嘆き岩

森羅秋

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孤児院に一人と一匹

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 孤児院に到着する頃には魚のメンタルも回復して、周囲をキョロキョロ見渡していた。古い孤児院を見上げて「ほぉ?」と感心した様に声を出す。

 「ここが私の家だよ」

 フェールが通路を歩いていると、人の気配が全くないことに気づいた魚は、フェールの腕の中で器用に首を左右に動かしながらボソリと感想を述べた。

 「がらんとして人気が無いな。もう夕刻なのに御両親はどこだ? ううむ、私を美味しそうと言って食べないだろうか?」

 二口目には食べられることを心配する魚に、吹き出すのを耐えながら「大丈夫」と宥める。

 フェールは暖炉のある部屋に着くと、床に敷いてあるラグの上にクッションを置き、その上に魚を乗せた。真っ暗になる前に急いでランプに火をつけて明かりを灯す。
 ランプを魚の前に置くと、フェールもクッションを引っ張ってその上に座る。
 真っ暗の部屋にランプの明かりがゆらゆら揺らいで、フェールと魚の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせた。

 「私は孤児で親の顔を知らないわ。そしてここは孤児院。今は誰も居なくて、私一人が暮らしているの」

 「そ、それは要らぬ事を聞いた」

 慌てたようにヒレを動かす魚。

 「ううん、いいよ、気にしてないから」

 フェールをチラチラ盗み見しながら、魚は躊躇いがちに口を開く。

 「不躾に尋ねるが、どうして誰も居ないのだ? 人間同士のいざこざがあったのか? それとも勝手に住んでいるのか?」

 「前はシスターも兄弟たちもいたの。とっても賑やかで暖かい家だったわ」

 「そうか」と魚は頷いて「何があったか聞いていいか?」と尋ねた。
 
 フェールは口をつぐんで下を向く。
 魚は気遣うようにフェールの顔を覗き込んだ。

 「住む場所を捨てるほどの出来事があったのだろう?」

 チラッと魚に視線を向けると、ランプの明かりで目や鱗がキラキラ光っていた。赤や青や黄色の色が混ざって綺麗だなぁ。としばらく見つめる。

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

 無音の世界に、嘆き岩の泣き声が嵐のように鳴り響き、フェールはビクッと体を強張らせる。
 魚は声が聞こえた丘の方角に顔を向け、ヒレをピクピク反応させる。

 「夕方、この地に降り立った時に耳にしたが、これは一体?」

 「うめき声なの……岩が泣いているの」

 風に乗っておぞましい声が木霊する。

 「うむ。なんとも気味の悪い音だ。洞窟の反響によって響く音に、聞こえなくもない。この辺りに洞窟とか深い谷とかあるのか?」

 「ううん。草原が広がっているだけなの」

 「それは面妖な……。岩が泣くなどあり得ない。そんな現象が起こっているなんてまるで」

 そこまで呟いて魚は口を閉じた。

 「嘆き岩はね……」とフェールは魚に今までの経緯を話した。

 魚はじっと話しに耳を傾けた。話を聞くうちに魚は辛そうな表情になってフェールを見つめる。エラの横にあるヒレで、そっと彼女の指を包み込んだ。

 「さぞ辛かっただろう。一人で頑張っているのだな」

 「魚さん……」

 優しく紳士的な態度にフェールは吃驚しながらも、自分の気持ちを理解してもらえる事を嬉しく思い、自然に笑顔を浮かべる。

 「ありがとう。でも、私ここが好きだから、離れられなくって。それに、もしかしたら誰か帰ってくるかもしれない。その時に誰も居なかったら寂しいじゃない? だから、私はここで『おかえり』って言うのを待っているの」

 「お主は強いのだな」

 強いと言われて、何か違うと首を捻る。

 「うーん。強くないわ。正直に言えば、ここ以外に行くあてもないの」

 「そうか……」

 「それに、いつかみんなが帰ってくるって信じている! だって神様に毎日お願いしてるもの! 人生には時々試練が訪れる。私は今がその時だって思ってるわ。試練を乗り越えたら幸福が与えられるもの! だから乗り越えられるわ!」

 フェールは指を包み込んでくれるひヒレゆっくり握り返した。

 「今、幸福が一つ、起こったもの」

 「起こった?」と聞き返す魚に、フェールは泣きそうな笑顔を浮かべた。

 「今日は孤児院で独りじゃない。魚さんが一緒に居るからとても嬉しい! 人と話すのは久々だったから! ……あ。人じゃなくて、魚、だった」

 フェールは勢いよく首を左右に振った。

 「ううん! 人じゃなくてもいい! 魚さんと話すなんて初めて! よくよく考えたら凄い事だわ! お話聞いてくれてありがとう魚さん!」

 屈託のない少女の笑顔に、魚は頬を赤くした。照れたようにヒレを離しながら視線をそらし、「そ、そうか」と口ごもる。

 「私の話はこれで終わり。次は魚さんの事聞かせてよ。どうしてあそこで倒れていたの?」
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