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喋る魚
しおりを挟む捕まえられると瞬時に理解した魚は焦って暴れ始めた。まな板の上の鯉のように、草の間をビッタンビンタンして跳ねまわっている。
フェールが引かなかったので、魚は暴れるのをやめて彼女の正面に居直り、目をきゅっとあげて口をパクパクさせた。
「わ、わわわわ私を食べても美味しくないぞ!! か、必ず腹を壊す!!」
若い屈強な男性の声色が魚の口から出てきた。
「喋った!?」
フェールは驚いて目を丸くする。そのまま穴が開くほどジッと魚を凝視する。凝視しすぎて目が皿になるほどだ。
魚はフェールから視線から逃げるように後退しながら、体全体に汗を浮かべる。
「た、食べるきなのか!?」
フェールは無言だ。夢かと思って自分の頬を捻って、「痛い」と呟いた。
無言を肯定と受け取ったのか、魚は更に汗を流しながらガタガタ震えた。
「た、たたた助けてくれぇぇぇ!! 見逃してくれええええ!! 使命半ばにこんな場所で朽ちたくない!!! うううう熱湯は嫌だぁぁ!! でも一瞬で殺されるのも嫌だぁぁぁ!!!」
魚の頭に反撃するという項目はないらしく、涙目を浮かべながら懇願しつつピチピチと暴れる。
しかし暴れるだけでその場から逃げようとしない。水がないので逃げられないのか、それとも別の理由があるのか。
フェールは少し考えて、一番可能性のありそうな事を問いかける。
「もしかして、怪我してるとか?」
魚の動きがピタッと止まる。
「ウグ!? なななななな何故分かった!?」
「え? 本当に!? どこ怪我したの?」
「幼い癖に何という観察眼!!! がは!」
暴れる魚を引き寄せて持ちあげると、すごく大きいのに軽かった。
魚特有のぬるっとしたぬめり感はなく、ゴムのような質感でモチモチしている。
薄い青紫のグラデーションがある目も綺麗だし、一枚一枚鱗が光っていて、よく見れば、とても綺麗な魚だった。
「わぁ。綺麗」
思わず魅入ってしまうと、魚がビチビチと尾びれを振ってフェールの両手から逃げようとしていた。
「少女よ! 私を手にとってどうする気だ!? 美味しくないぞ!! 美味しくないぞぉぉ!!!」
凄く怯えているので声が震え……いや、泣いている。
「お、王ーー!! 申し訳ございません! 私はここで朽ちてしまいますううううう!!!。 王よ、どうかご無事でーーー!!! ううううう。こんな場所で、私の人生が、こんな中途半端で終わるなんて……!!!」
魚の目から大粒の涙がこぼれ、最後は泣き叫んでいた。
男性の声で泣かれるので、ちょっと不気味だ。とフェールは苦笑いを浮かべる。
「オー? それが友達の名前??」
フェールは首をかしげながら質問をすると、魚は我に返ったようにピタっと暴れるのを止めた。
「は!? そ、そそそ、そんな事教える義理はない! そ、それより私は美味しくないぞ!!!」
散々『おいしくない』を繰り返す。
そんなに否定されると、もしかして美味しい種類の魚なのかな? とフェールに好奇心が出てきたが、それはひっこめる。
魚よりも肉が食べたいからだ。
フェールはぎゅっと魚を抱きしめた。すると魚は「ぎゃーーーー!」と悲鳴をあげる。
「勘違いしないで。魚さんは食べないわ。私の家で手当てしてあげる!」
ピタリと魚が静かになると、フェールは魚の目を見つめた。
「あなた凄く綺麗だし。普通の魚じゃないでしょ?」
陸地で平然と肺呼吸をして会話を成立させている時点で、単なる魚ではないからだ。
魔術師の使い魔かもしれないし、天界に生息する幻獣かもしれない。
そんなものを食べたら体にどんな影響を及ぼすか。恐ろしくて、チャレンジする気もない。
フェールの言葉に魚は少し沈黙したが、またベチベチ暴れ始める。
「う、上手い事言って安心させて、最後に絶望のどん底へ叩き落す一言を……『美味しそうだから食べよう』と言いながら、鍋に放り込む気なんだろ!」
フェールはもう一度青紫色の魚を眺める。キラキラ光って宝石のように綺麗だったが、美味しそうとは全く思えない。
「ううん。不味そうだし、毒ありそうだから、食べないわ」
「ま、まずそう!!?」
ガーンと魚の背後で音がした。
ショックを受け、白目をむき、口から煙を吐く魚。
その仕草にクスッと笑うと、フェールは魚を抱きかかえ孤児院へ戻った。
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