丘の上の嘆き岩

森羅秋

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草の中にいたモノ

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 食事を終えたフェールは、前まで大好きだった小高い丘の上に向かう。
 時刻は夕方。外に出るギリギリの時間だ。
 
 林を抜けると目の前に広大な草原が広がっていた。草原の中に黒い岩が一つ佇んでおり、岩の周囲に浅く広がる池があった。真っ赤な夕日に照らされ、茜色に染まる岩や池は幻想的で素敵な風景であった。
 柔らかく吹き抜ける風から独特な匂いを感じ取りながら、フェールは全ての原因である岩を涙目で睨んだ。

 「また、池が大きくなっている」

 以前はここに池は存在していなかった。
 だだっ広い草原は季節によって色々な花を咲かせてきた大きな花畑だった。

 黒い岩が現れた一週間後くらいから、徐々に水が溜まり始め、あっという間に花畑が枯れていった。
 池は半径2メートルほど広がり、足首ほどの水深がある。
 
 夕日が沈んで黄昏になると、

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 岩から泣き声が轟いた。

 心臓にダイレクトに伝わり、耳を塞ぎたくなるほど大音響だ。
 フェールの心臓が早鐘のように鳴り響く。不安が、孤独が、悲しみが沸き起こる。
 この岩が怖い。今すぐにでも逃げ出したいほどに。
 
 だけどそれ以上に、岩が許せなかった。
 この岩が、『家族』をバラバラにした張本人。

 フェールは岩を睨んだ。

 「私は絶対、負けないから!!!」

 ここにずっと居続けているのも、岩に対してささやかな抵抗だった。

 これが抵抗になるのか定かではないが、フェールの中では居続けることが岩に屈しないという意思表示でもあった。
 いつかこの岩が無くなる日が来るまで、意地でも孤児院に居続ける。

 毎日そう決意しているが、

 「でも、現実は何もできてないわ。祟りがあったらいけないからって町の人も放置してるし。はーあ。気が重い」

 フェールはガックリと肩を落とす。

 そろそろ耳が痛くなったので両手で塞ぐ。相変わらず頭に響く金切り声だ。
 今頃、町の端っこまで鐘のように響いているだろうと、眼下に見える町を眺める。ぽつぽつと明かりが灯り、町の形が浮かんでいた。

 「あーあ。私が怪力だったら岩転がしてどこかに運ぶんだけど。無理だよねー。はー。帰って寝よう」

 達観した様子を見せながら、フェールは岩に背を向けて来た道を戻り始めた。
 岩が手のひらサイズくらいになって、若干、嘆く声が小さくなって耳を塞ぐのを止める。

 「でも少しずつ大きさが小さくなってるから、いつか泣かなくなるかも」

 そんな淡い希望を願いつつ、ゆるい坂道を下って行った。
 その途中で、草葉の影が揺らいだ気がして、そっちに目を向ける。

 「……やれやれ、とんでもない目にあった」

 やけに近くから若い男の声がして、フェールは反射的にピタリと立ち止まった。
 辺りを見回してみるが誰も居ない。

 「あれ? 今……男の人の声がしたような?」

 気のせいかな? と思い直しつつ、視線を元に戻そうとして、草むらが異様に動いている事に気づく。
 兎でもいるのかも。捕まえられたらお肉食べれる!?と打算する。
 育ち盛りなので肉には飢えている。フェールは目を輝かせながらコソコソと草むらに近づき、そっと覗いてみる。
 
 そこに居た予想外のモノに、フェールは目を真ん丸くした。
 それは兎ではなかった。
 がさごそと動く正体は。全長30センチほどの青紫の

 「…………サカナ?」

 尾びれが長く扇状に広がり、澄んだ青紫色合いをしたベタ・スプレンデンスのような姿の魚だった。
 全長は50センチほどでとても大きい。

 それが草の中に絡まるようにモゴモゴと蠢いている。
 どこから来たのだろうか? まさか嘆き岩の池にいる魚なのだろうか?

 「!?」

 呟きを拾って、魚が驚いたようにフェールを見上げた。
 食い入るように見つめているフェールと視線が合って、魚はビクっと体を震わせながら目を真ん丸くして凝視する。

 目と目が合い、見つめ合う。

 驚愕しているのがよく分かるほど、魚の癖に表情が豊かだった。
 ゆっくりとフェールは座り込み、そ~っと手を伸ばす。
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