丘の上の嘆き岩

森羅秋

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パンを売る少女

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 小高い丘を背景にしたレンガ造りの街の中央通りは人の往来で賑わっていた。ここは商店が立ち並び密集している。他国からの品も流通しているため、様々な職業や位の人々が足を止めて買い物をしていた。

 その一角にある路地に近いレンガ倉庫の前、人の流れが緩和され、時折休憩にも使われる場所に、

 「いらっしゃいませー! パンは如何ですかー!?」

 10代半ばの少女がバスケット片手にパンを売っていた。
 金色の輝く髪をおさげに括り、古びた空色のワンピースを着ている。パンが入ったバスケットを両手で持ち、道行く人に見せながら笑顔を振りまいていた。

 「美味しいパンは如何ですかー!」

 「それじゃぁ、一つ貰おうか」

 容姿の整った愛くるしい少女の笑顔に引き寄せられるように、一人、また一人と彼女の前で足を止め、手作りのパンを買っていく。

 「わぁ! 有難うございます!」

 「こっちも一つ!」

 「はぁい!」

 銅貨とパンを交換しながら、少女は忙しそうに接客を繰り返す。

 「これ、ちょうだい」

 「はい、どうぞ。代金も丁度です。どうもありがとうございました~!」

 最後の一品も売りさばき、少女はほっと一息ついた。

 今日は早い時間に売り切る事が出来た。空のバスケットを地面に置いて本日の売り上げを確認する。
 1日分の生活金を得ることができて満面の笑みを浮かべた。

 「やった! 今日は良い日だわ!」

 るんるんと鼻歌を歌いながら、そのお金で必要な物を買い、家へと帰り始めた。


 大通りから小道に入る。
 赤レンガの家々が連なり、各家で趣向を凝らされたバルコニーに花や旗や小物が飾ってあった。二階建てや三階建ての小窓の下を通る時は注意が必要だが、風が強く吹く日以外は落ちてくる事は殆どない。

 「ねぇねぇ。聞きました?」

 頭上から話声が降ってきて、少女は上を見上げる。
 綺麗な身なりをした婦人達がバルコニーに顔を出し世間話を喋っていた。
 彼女たちは富裕層だ。働かなくても生活ができ、尚且つ贅沢品も買いそろえる事が出来る身分である。
 
 少女は憧れに似た気持ちで彼女たちの姿を眺めながら歩く速度を落し、近くの石段に腰を下ろした。他人の玄関の近くだが、少しの休憩ならば咎める者はいない。万が一、家の者が出てきた時はすぐ立ち上がれば何も言われないだろう。

 婦人達の話題は豊富である。貧困層の少女が耳にする話よりも遥かに種類が多く、信用性が高い。
 タダで情報を得るにはうってつけだった。

 彼女たちは夫の事や子供の事、近所の噂話へ転がり、

 「ねぇ。知ってらっしゃる? 北の国では竜巻が発生したそうよ」

 そして約一年前から起こっている奇妙な自然災害の話題へと変化していった。

 「私が聞いた話では木々が急に枯れたりしたそうよ。 おまけに、枯れた木々から炎が高々と燃え出しているんですって」

 「ご存知でしたか。私もそれは知っていますわ。旅商人から耳にしました」

 「わたくしも旅商人からですわ。何でも、南の国では晴れた日でも雷が鳴り響いていたり、そうかと思えば洪水が続いたり、朝が来なかった日がいくつもあったりと、話題のネタが尽きる事がないみたいです」

 「嘘のような話ですけどねぇ」

 「旅人が教えてくれる話は誇張され、背びれ尾びれがつくと言いますけど」

 「殆ど同じ内容であれば、嘘と一蹴出来ませんわ」

 「本当に。神が試練をお与えになったのかと思いますわね」

 少女は不安げに眉を下げながら婦人達を見上げる。喋る事に夢中になっている婦人たちは見られていることに全く気づいてない。

 「あとはそうですね。夜空に光り輝くカーテンが出現したとか。とても幻想的だったようですわよ」

 「あら。それは見てみたかったですわ」

 クスクスと楽しそうに笑い出す。所詮人事だ。井戸端会議の良い肴にしかならない。

 「そうそう、西の大陸でも、東の国でも同じ様な事が起こっていますわ。雨が降っていないのに突然土砂が崩れた
り、夜が二日おきにやってきたりと……」

 そこまで言って、婦人はハッとして小高い丘の方へ顔を向ける。緑のコントラストが日差しを受けて輝いていた。婦人はふぅ。とため息をつく。

 「この辺りも不気味な事が起こっていますわね」

 婦人の視線に釣られ、会話に参加していた婦人も丘を見つめる。

 「勿論ですわ。あの『嘆き岩』ですわね。町のはずれにある孤児院近くの丘の上……でしたわよね?」

 少女がピクリと反応する。

 「そうそう。あのうめき声、ここまで聞こえて無気味ですわ」
 
 「その声で孤児院を管理していた方がノイローゼ―になって逃げ出したらしいですわよ?」

 窓から身を乗り出して隣の婦人に話すと、彼女は吃驚したように手で口元を隠す。

 「まぁ! そうだったの? 知りませんでしたわ!? でも気持はわかりますわね。あれだけ不気味に呻いているんですから。それで子供達は?」

 「さぁ? 噂では子供たちの姿を見なくなったようです。逃げ出したか、餓死でもしてしまったのでは?」

 婦人は興味なさそうにため息を吐く。

 「あらあら……かわいそうに」

 同情しているような口ぶりだが、どう聞いてもその場の雰囲気で取ってつけたような言葉だった。
 少女は俯き、ぎゅっと下唇を噛んだ。怒鳴りたい衝動を堪え、石段から腰をあげると駆け足でその場を後にする。

 「それはそうと。一週間前からじわじわ巷で話題になっているネックレス、ご存知ですか?」

 「あら! どのようなネックレスでしょうか?」

 一人の少女が立ち去ったことに気づかず、婦人たちは次の話題に移り、コロコロと鈴が鳴るような声で笑い始めた。

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