式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼が嘲りし時優劣崩壊す

悪鬼と式鬼の死闘⑥

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 鷹尾と魄が異変に気付いてから少し遅れて、咲紅、雪絵、魁が艮の鬼門から漂う強い妖気に気づき鳥肌を立てた。
 観音開きの門の両端に鬼の指がかかっており一斉に引いているようだ。指の数から20体ほどだと予想ができる。

「時間を取りすぎた」

 鷹尾が少し悔しそうに呟く。もう少しスマートに片付けたかったが魄のことで頭に血が上った。後からでも責めればよかったのだが、彼の中ではどんな案件よりも魄が最優先である。

「あれってなんだと思う?」

 魄が目を細めて鬼の指を眺める。
 その間にも門の隙間が広がり続けて、ついに一体の悪鬼が体をひっかけながらこちらにやって来た。全身黒づくめで細マッチョな体形はパンツだけ履いた裸体に近い。頭部に髪はなく額から頭頂部にかけて小さな角がパンチパーマのように生えていた。赤い目に赤い口、鼻はなく口の近くに二つの鼻穴があった。
 あれが小瓶に封印されていた羅刹の本来の姿だ。
 鬼門の中に入ったため淀みの力を得て復活を果たした。違い漂う妖気の量は先ほどとはけた違いに強い。
 そして一体が通り抜けると、門を開いていた指が一斉に消えた。隙間を縫うように次々と羅刹が出てくる。

 ずらずらと出てくる羅刹を見ながら、鷹尾は少しだけ笑みを浮かべた。

「欠片一つ一つが体を得て意志をもってしまったらしいな。厄介だが……。金神は出てきてないし、妖気の量も少ない。まだ許容範囲内だ」

 幸運なことにあの集団に金神はいない。門の空き具合もまだ小さいので、この人数でも十分閉じられた。全員がほっとした表情を浮かべるが、「とはいえ」と鷹尾が言い澱む。

「あいつらが全員出た直後にすぐに閉めないと、金神がこちらを覗きに来るかもしれない。興味を持たれたらアウトだ。邪魔が入らないようにあいつらを鬼門から遠ざける……そのためには」

「わかった。私がやるよ」

 魄が即座に名乗り出たので、鷹尾が顔をしかめた。
 普段ならば任せるのだが、この度は術者によるダメージの蓄積があるので魄の負担を考えると、素直に頷けない。むしろ魄を戦闘から外したいくらいだ。

「……その怪我であいつら全員と殺し合うなんて、許可できない」

「でもやるしかないでしょ?」

 羅刹の数を数えながら魄は挑発的な笑みを浮かべた。

「あの群れを逃したら大変! 殺生を司る奴だから大量殺人事件が多発する。この村だけじゃなく、県全般に広がるかも」

「そうなんだよなー。魄が動けるのが理想的なんだが……」

 鷹尾は口ごもりながら羅刹たちの動きを観察する。
 殆どの羅刹が門から出ていた。ソレらは数歩前進すると、背中を曲げて顔を突き出して大きく左右を見る。魄たち三名、少し離れたところの魁と雪絵を見つけると、捕食者の目を向けて涎を流し始めた。今は様子を伺っているが、誰かが変な動きをすれば触発されて群がってくるはずだ。

 策を練る時間はない。
 鷹尾は悪鬼たちから目をそらさず、右手で手印を作り左手で宝棒を握りしめる。

「俺が全部片付ける」

 一歩進む足を、魄が服の袖を引っ張って止めた。鷹尾が訝し気に見下ろすと、魄がむぅっとした表情になっていた。

「そりゃ鷹尾だったら退魔楽勝かもしれないけど、陰陽師じゃないと門が閉じられないでしょ。時間制限あるなら鷹尾が閉じてくれないと。その後で加勢してよ」

 鷹尾が苦悩するように眉を下げると、魄が立ち上がった。

『!』

 すぐさま悪鬼たちが魄の動きに反応する。あちこちを向いていた顔が一斉に同じ方向を向くと、四十個の赤い光が魄を凝視した。直感で彼女が弱っていることを感じており、じりじり、とタイミングを見計らうように歩を進める。
 
 鷹尾が舌打ちする一方で、魄は魁を見た。向こうも見ていたようで目が合う。
 魁は焦りの色を含ませながら雪絵が動かないよう強く抱きしめていた。良い判断だと魄は口角を上げた。万が一にでも雪絵がパニックに陥り、逃げ出すなどの動作をしていたら、あっという間に悪鬼の餌食になっていたはずだ。

「魁。みなを守ってね!」

 魄は一声かけてから、ジャンプして社の左側方向に着地する。羅刹たちとの距離は15メートルほどだ。 

「こら! まだ了承するとは」

 鷹尾が魄の力を制限しようとして、やめた。
 羅刹たちが魄に集中してしまい、首がぐいっとそちらの方を向いたからだ。力の制限をかけると魄が確実に食われてしまうだろう。どうやら魄の策に軍配があがってしまい、鷹尾は苦々しい表情になり歯を食いしばった。

「悪いね鷹尾。門の封印を最優先させてもらうわ」 

 魄は左手の裾をまくると自身の爪でひっかいた。濃厚な血の匂いを嗅いで羅刹たちの目が瞳孔が開いたように大きく丸くなる。鼻の穴が広がる。口からだらだらと涎が垂れて地面にシミを作った。

「おーにさんこーちら! 手ーの鳴るほーうぇ!」

 ひときわ高い浮かれた声を上げると、魄はすぐに身をひるがえして猛スピードで森の中に突っ込んだ。羅刹たちは我先にと仲間を押しのけながら駆け出して、残らず森の中へ消えていった。

 はぁ。と咲紅が安堵の息を吐く。視線の余波だけで生きた心地がしなかった。冷や汗で濡れた額を乱暴に拭うと、視線の端で鷹尾が立ち上がるのが見えた。彼は両足を肩幅に開いて森の向こう側を目で追っていた。

「姉貴。門を閉じることはできるか!?」

 言わんとした意味が解り、咲紅が申し訳なさそうに眉をしかめる。門を封印する力はない。

「祝詞はわかるけど……私が唱えても効果がないわ」

 切羽詰まったような硬い表情をして鷹尾が雪絵に顔を向ける。

「雪絵は?」

「……っ」

 雪絵は魁にしがみついていた。ガタガタ震えて上手く喋れない。羅刹たちの禍々しい妖気に中てられてしまったようだ。
 気を利かせた魁が鷹尾達のところへ引っ張ってくると、喋れない彼女の代わりに咲紅が続けた。

「雪絵は覚えていないと思う。でも、私が横で言いながらだったら雪絵もできるんじゃないかしら」

「だったらそれを頼みたい。俺は魄を追う」

 魄にはああ言われたが鷹尾はそれを守る気はない。この中で一番重傷なのは魄であり、一番目を離してはならない存在だ。

「ごめんなさい」

 咲紅は項垂れながら謝った。自分の攻撃が魄に致命傷を与えていると気づいている。
 何度も頭を下げる気配を感じて、鷹尾は手で制した。

「それはもういい。今は事態の収拾が第一だ」

 近づいてきた魁と雪絵に向き直ると、「閉じれるか?」と聞く。
 雪絵は顔を上げた。顔色は真っ青で今にでも失神しそうであった。

「た、たかお、おにいさん……わ、わたし……わわ、わたし……」

「とりあえず震えを何とかしろ。無茶なことは頼んでないぞ。あんたの力だとギリギリ閉じれるはずだ。祝詞を覚えてないなら姉貴の声を復唱すればいい」

「う、うん……」

 魁にしがみついたまま雪絵はこわごわと頷いた。
 大丈夫かな。と咲紅と鷹尾が呆れたようにジト目で眺める。


 チュンチュン、カーカー、ピピピ

 急に森の木々が騒がしくなる。けたたましい鳴き声を出しながら、鳥達が空へ羽ばたいた。
 
 ドーン! 

 地面がかすかに振動すると、五百メートルほど離れた森の奥から太い水柱があがった。魄の術である。雨のように森に降り注いでいる光景をみた鷹尾の顔色が変わった。
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