式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼生まれし刻災厄きたる

浸食する悪しきもの③

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 はく鷹尾たかおをおんぶして山二つ超えた村へ到着した。
 村を深い霧が覆っている。そのまま村の中を走るが、通常とは明らかに異なる妖気の量を感じて胃が痛くなった。魄が生きてきた中でこれほどの濃い妖気は初めてである。民家の明かりはついているが人の気配はなくて、いつもと違う雰囲気に少しだけ怯えた。しかし、どうしてこのような事態になったかの想像はできる。

「鷹尾どうしよう。これの方位ってさー。子と丑なんだけど……うしとらの鬼門開いてんじゃない?」

「ガチで隙間あいてるかもな。真っ先にそこを確かめるしかない」

 対して鷹尾はなんの感慨も沸いていなかった。先輩たちの連れているモノたちの一部がこれと同じ濃さがある。職場で慣れていた。

「今は妖気だが、そのうちミアズマ汚染に変化するぞ。そうしたら人間の免疫が低下して爆発的にいくつもの感染症が同時に流行る。令和突入してから過去最高の感染者数叩き出すだろうな。特に今年は子丑申酉が危険だったはず」

「やだこわ。鷹尾はこの中に入って大丈夫? 疫病神に取りつかれて病気にならない?」

 鷹尾はぐるりと周囲を見渡して「大丈夫だ」と頷く。

「ほら、見てみろ魄。疫病神があんなに大きい。目に見えて大きいから回避するのは楽そうだ」

 魄は「へ?」と声を上げた。示された方向を見ると、田んぼ二つ分の距離にある家の周りに何かが集っている。
 汚れた白装束に身を包んだ、額に小さな角が生やした老人や老婆が数人、家を取り囲んでいた。あれは疫病神だ。枯れ枝の手で、カリカリ、カリカリ、と玄関や窓をひっかいて住居に侵入しようとしている。

 その光景をみて、魄は悲鳴をかみ殺しながら走る速度を上げた。民家がないと疫病神の姿がないので、ここで「うわあー」と声を上げた。

「うっそー! いつもは手のひらサイズなのに肉眼でハッキリみえてるー!」

「鬼門の影響だろうな。ここらへんにいる妖魔はほとんど疫病神に変化したようだぞ」

「うえー。金神こんじんの影響力おかしいよー! せめて妖魔が活性化してないといいんだけど……」

「諦めろ。アホみたいに活性化してるはずだ」

「うわーん!」と魄は悲しみの声を上げた。


 金神こんじんとは方位神の一つであり、殺伐を好む神だ。
 金神の在する方位はあらゆることが凶とされ、とくに土を動かす(造作修理移転旅行など)が忌まれる。この方位を犯すと家族や隣家が七人亡くなるとされていた。その中でも、うしとらの金神は最も恐ろしい『猛悪の祟り神』といわれている。
(ちなみに艮の金神は国之常立神くにのとこたちのかみで日本神話に登場する根源神だ。一部神道や神宗教で重要視されている尊い存在である)
 金神は人々に大変恐れられており、金神封じと称して祈祷を行う修験者や、金神を強力な神として迎え進行した者も多くいる。

 壱拾想じゅうそう一族は平安時代にこの悪鬼の影響が都に届かないよう、遠ざけて結界を張り管理しろと勅命を受けた一族だ。
 まず都から鬼を離せと言われて、時間をかけて門という結界を造り、その位置を異動させて今の場所に設置する。その後は金神の動きを把握しながらその力が過度に現世に影響を与えないよう、結界の調整を行うのだ。

 普段の管理はそこそこの陰陽師が行い、異変があったときには本家や式鬼を使役する者が対応にあたることにした。
 最後に門が開いたのは80年前。戦乱によるいくつかの国の澱みと死者の怨念が集まりすぎて、内側から門の封印が解かれてしまった。それも日本各地でほぼ一斉に発生してしまい、金神の影響により強い妖魔があちこちに出現して様々な災いの猛威を振るった。戦時中のごたごたに加えて妖魔の対応に追われたとの記録が残っている。
 門が開いているならすぐに閉じなければ、人間の目に見えない大いなる災いが全国各地に発生してしまう。


「でも、襲われてるのをこのままほっといていいの?」
 
 魄が不安そうに聞くが、鷹尾があっけらかんと答えた。

「鬼門締めないと意味がない。どの家も守り札を掲げているはずだから、しばらくは大丈夫だ」

「わかった」

 魄の足取りに変化はない。鷹尾はその言葉通り大元を片付けるのが先だと強い意思を持っている。式鬼として彼の意思に従うまでだ。後ろ髪を引かれるおもいで走り続けた。
 憂いたところで魄には何もできない。むしろ危険なのはこの二人の方だ。大勢出現している疫病神にみつかることなく通れるわけがない。

『ギャ? ギギ ギギ!』

 混ざりものの気配に気づいた疫病神が顔を上げた。ミーアキャットのように背筋を伸ばして、鼻の穴を広げて漂う匂いを探す。魄と背に乗っている鷹尾が道を走り抜けると、その動きに合わせて首を左から右に動いた。
 にやりと口元に深い皺をつくると、我先にと走り出した。追いつくために二足歩行をやめ、手を使い四つん這いで犬のように走ってくる。瞳孔がない目、風でたゆたう顔面の皺、大きく口を開けて長い舌をでろでろと揺れている。老婆は長い白髪を、老人はむき出しの頭皮に少ない毛が風になびいていた。

 民家に集っていた疫病神が一斉に駆けよってくる光景をみて、魄が鳥肌を立てる。

「こわいこわいこわい! 老人の見た目って勘弁して、より一層恐怖くる! 小豆の粥も笹も菖蒲湯ももってないよー!」

「普通に片付けろよ。疫病神とはいえ鬼の力に弱い」

「わかってるけどもー! 倒せるけどもー! 見た目がヤバイって段階でヤバイ」

 余裕ぶっこいてる。と鷹尾が毒づくとすぐに水に包まれた。魄が力を解放したので密着している鷹尾も影響を受ける。

「い すい い とう ウォータージェット!」

 高圧の水が静電気発生装置のように四方八方に飛び出し、接近してきた疫病神達を切り裂いた。悲鳴を上げる間もなく霧散する疫病神を尻目に走り抜けた。
 民家がないと周囲は静かだ。トトトト、と時速70キロで道なりに駆けていると、鷹尾が不思議そうに聞いてきた。

「なぁ魄。なんで一直線に走らないんだ?」

「野菜畑とかあるから、なんとなく……」

 あそこを突っ切るということは収穫間近の作物を踏むという事だ。野菜を育てる苦労を知っているので躊躇われる。

「妖魔が踏み荒らしているのに?」

「うん。なんか無理」

 緊急時とはいえ割り切れない。魄の強い意志を感じて「まぁそれでもいいか」と鷹尾が呟いた。
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