式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

文字の大きさ
上 下
19 / 35
鬼生まれし刻災厄きたる

浸食する悪しきもの②

しおりを挟む
 天災級の妖気を感じ取り、勇実いさみがギリっと奥歯を噛みしめる。

「とにかく劍のところへ行かなければ。あいつのことだから『また今度整理しようと置いていた封印した小瓶か箱を踏み抜いた』んだろうけども! これはマズイ気配だ。劍達の生死にかかわるから私が助けに行かないと!」
 
 勇実はリビング入り口に立てかけていたコートを取る。
 急いで着ようとするが、相当酔っぱらっているので袖に手が通らない。のたのたとふらふらと、酔っ払いが千鳥足で動いている。

つるぎ叔父さんのなら被害は少ないと思いますが、念のために菜由香なゆか叔母さんや和水かずみ叔父さんにも連絡します! あとええと。従兄弟たちにも……誰が戻ってたかな? えーと。従妹の名前はどれだっけ! ええと。叔父さんは、ええとー!」

 飛鷹ひだかも酔っぱらっているのでスマホの電話帳を開いているが、親族ではなくて友人欄で探している。見つかるはずはない。

 二人とも危機感は募らせているが……酔っ払いである。必死に準備をしようと動いているが全く進んでいない。
 なんだこれ。と魄と鷹尾がジト目で眺めた。

 はぁ。と呆れながら息を吐くと、鷹尾たかおは千鳥足の勇実を引っ張ってソファーに座らせる。

「母さん。その状態じゃ返り討ちだよ」

「でも劍がああああ」

 勇実がべそべそと泣き始めた。泣き上戸に突入して、だめだこりゃ、と鷹尾は肩をすくめた。泣く母親を放置して上着を取りに行く。

「ほら。お兄さんこれですよ」

 はくは飛鷹の手からスマホを取ると電話帳で親族欄を開いて渡した。飛鷹は「ありがとう~」とほわほわな口調でお礼を言って、なでなでと優しく魄の頭を撫でる。細い目になりじーっと眺めて、ゆっくりタップするだけで通話まで至っていない。本当に緊急連絡ができるのか不安になった。

「魄。酔っ払いに絡むな。俺たちだけで行くぞ、準備を……。そうだ」

 鷹尾は急に思い立ち、リビング横のクローゼットを開けた。そこには儀式のときに着る服や小物が置かれている。その中から白衣と緋袴を出した。いわゆる巫女服だ。魄が正月や盆や行事の際に着用するものである。
 鷹尾は魄に服を投げた。魄が受け取るとそれを着るように促す。

「……これ着るの? 私服でいいのでは?」

「武装衣装だから。そっちの服より魔に対する防御力が高い。寒いから服の上からでいいぞ」

 魄は「じゃぁ」と呟きながら、ストレッチのズボンの上に袴を、タートルネックシャツの上に白衣を着た。鬼が着る巫女服はなかなかに迫力があったが、鷹尾は苦笑する。

「中に服を着ているから巫女コスプレに失敗した奴みたいだな。それとも現代風にアレンジしたファンタジーぽい」

「うっさい……コスプレじゃないもん」

 魄が頬を染めて、恥ずかしそうにを作ると、赤面が移ったように鷹尾の頬に朱が刺した。すぐにそっぽを向く。

「はいはい。そうだった、そうだった」

 少し乱暴に言いながら、旅行鞄から宝棒を取り出してズボンのベルトに挟む。

 宝棒とは先端に宝珠がついた棒であり、如意宝棒にょういぼうと呼ばれている。悪を追い払う効果があり、富や幸運をもたらす働きがある武器だ。鷹尾は独りで行動するときはこれで鬼や妖魔を殴ることが多い。

 いくつかの形代をポケットに入れると、もこっとしたジャケットを羽織った。

「さて、あとは……」

 鷹尾はテーブルを物色しはじめた。

「なにしてるの鷹尾?」

「んー。まぁ一応……。お、これ神棚にあったやつだな」

 日本酒の瓶を持ち振って中身を確認する。ちゃぷちゃぷと音がする。
 近づいてきた魄に綺麗なお猪口を渡した。少しだけ注いで飲むように促す。

 魄はちょっと嫌そうな顔をして「まだ未成年」と呟くと、「いいから」と強制的に飲ませた。三口で飲み干した魄は、口の中の苦いアルコールから逃げるようにペロッと舌を出すと、鷹尾がきょとんとした表情になって、微笑を浮かべた。

「なんだそれ、かわ……」

 可愛い。と言いかけて固まる。魄が「かわ?」と聞くと、鷹尾は頬を赤くしながら素早く首を左右に振った。

「よし。行くぞ」

「え? なんで言うのやめたの? 日本酒飲んだ理由でしょ。教えてよ」

 魄が聞き返すが、鷹尾は無視してそそくさと玄関へ向かう。素っ気ない態度を不思議に思いながら、魄は後をついていった。
しおりを挟む

処理中です...