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鬼生まれし刻災厄きたる

浸食する悪しきもの①

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「どうだった? 雪絵ちゃんと式鬼」

 晩酌をしてほろ酔い状態の勇実いさみが聞いてきた。

 勇実の年齢は61歳。身長は160センチほどでやせ型。目尻の皺やほうれい線が深いが端麗な顔をしている。目の色はこげ茶色の垂れ目、鼻筋は高い。長い髪を三つ編みにしてシュシュでお団子にしている。もこもこした上着にもこもこのスラックスを履いている。陰陽師の力は上の上。現在で最も力があるため、壱拾想家の当主の座に収まっている。

 呼びかけられ、遅めの夕食を食べていたはくは咀嚼をやめて手を止める。地元なので元の姿で過ごしている。
 鷹尾たかおは鮭のムニエルを箸でほぐしながら、なんてことないように言った。

「母さんの予想通り、かいだったよ」

「あー。やっぱりねー」

 勇実にもあちらに式鬼しきを囲っていると情報が入っている。他県の鬼だと連絡を受けていたが、散々言っても会わせてもらえなかったので、もしや、と思っていた。生存しているならそれはそれでよし、と勇実はクスクス笑い飛ばした。そこに怒りも非難も一切含まれていない。

つるぎってば。本気で他県の鬼だと思って捜索していたんだろうねー。でも途中から『魁』の正体がわかって、出すに出せなくなったのかも。あれだけオオゴトだったんだ。数年たって保護した鬼が実は……って言い出せないよなぁ。あいつチキンだしー」

 酒を仰いでけらけらと笑った。目が据わってきたので、ほろ酔いを通り越して完全に酔っぱらっている。
 鷹尾はため息をつきながら水を飲んで口を漱いだ。

「母さんはこの件どうするつもり?」

「どうにもこうにも。立派に育ててるしー。しっかり管理してるからー、私のやることはないわ。でも判明した時点で報告義務を怠ったから、そーこーはー盛大に責めてやるしかないねぇ。散々謝らせてから、私の仕事押し付けてやるよ。ふひひひ。楽ができる。ふひひひひ」

 勇実は日本酒を一気飲みして、ぷぁは、と酒臭い息を吐いた。魄は匂いでうっと呻いたが、手で鼻をこすって匂いを誤魔化したあと、少しだけ呆れた視線を勇実に向ける。

「仕事押し付けるんですか?」

「当主ともなるとやることが一杯でねー。九割押し付けると楽ができる」

「それって、ほとんどでは?」

 ツッコミを入れると勇実は目を輝かせてほくそ笑んだ。

「たまには旅行行きたいのよー、二泊三日とか」

「旅行いいですね。目的地の候補どこですか?」

 何気なく魄が聞くと、勇実は含み笑いを浮かべて「東京」と言い切った。
 鷹尾が嫌そうに顔をしかめる。

「泊りに来る気だぞこのババア」

「おっし鷹尾! 私が腕によりをかけたスーパー激辛地獄めぐりスパイスカレーを食いたいらしいな。明日の朝飯に作ってつめてやろう! 母の愛妻弁当だ!」

 勇実はちょい足しとしてレシピに書いていない調味料を大量に加えてしまう。香辛料を一切入れていないにも関わらずその出来はいつも激辛で、食べると一時間ほど味覚が麻痺する。牛乳だけでも激辛に変化する不可解な能力だ。彼女が腕によりをかけると、内臓が機能低下になるほど激辛料理になってしまう。

 鷹尾は嫌そうに表情を歪めた。

「すんません。偉大なるお母さま。普通のご飯がいいです」

 朝ご飯がカレーなのは百歩譲っていいとしても、弁当ってなんだよ弁当箱に詰めるのか? 母親が作った弁当が愛妻弁当にならないだろ。
 という珍妙言動を全てスルーして鷹尾は素直に謝った。勇実がレシピ通りに作ると普通に美味しいご飯になる。胃腸を崩すわけにはいかない。

「でもまぁ、母さんがそこまで怒ってなくてよかった。激怒してたら止めようと思ってた」

 飛鷹ひだかが新しい日本酒を持ってきて勇実の隣に座った。新しいおつまみが追加され、「さすが飛鷹」と彼の頭を撫でる。少しだけ迷惑そうに苦笑するとガラスコップに日本酒を注いだ。

 飛鷹の年齢は26歳。身長は175センチほどでやせ型。こげ茶色の垂れ目で鼻筋は高い。端麗な顔でありキリっとした眉毛が男らしさを醸し出す。陰陽師の力は中の上。式鬼しきをせがまれて鷹尾に譲るほど仲が良い。中学の同級生だった妻と結婚して二児の父だ。次の当主になるため外に住むことができない。

 飛鷹は湯上りで頬が赤くなっている。青色のストライプパジャマに厚手のカーデガンを羽織っているので、晩酌が終わったら寝るようだ。

「一族の代表を招集するんでしょ? 明日のお昼からだよね。連絡は済んだ? 大広間使うよね?」

「一斉メール送った。場所はそこで」

 最近の重要案件はメールで一斉送信だ。通信手段が便利になったと勇実は思う。履歴として残るので、伝達事項が伝わっていないとか聞いていないという言い逃れができないうえ、自分のタイミングで参加不参加を送れるのも良い。声が聞きたいと思わない限りはメール中心のやり取りを行っている。

「時間がかからない手紙は楽だよ。式神に頼まなくて済む」

 そうだね。と飛鷹は同意して、でも、と続ける。

「その代わりにいくつかの人工衛星に電子記号化した妖魔が巣を作っているから、退魔がちょっと面倒だけどね」

 呪いを式神や手紙で送っていた時代は終わり、メールやメッセに呪いの言葉や画像を添付して送りつけることが主流となっている。電波で送るための構造に混じってしまい稀に人工衛星まで届き、何かのきっかけで妖魔を成すことがある。そうすると妖魔は無作為に通信に呪いを流す。プログラムに潜むため目に見えるものではない。
 このプログラムを含んだページを何度も見ると、知らず知らずのうちに呪いを受けて精神を破壊されてしまう。初期段階は鬱や依存症など。中間段階は衝動。最終段階は自殺や他殺を行うということだ。これらの症状は適切な治療をおこなえばすぐに完治できるものだが、普通の病気か呪いかの判断が難しい。

「兄貴はそっちのお役目についてるのか?」

 好奇心の眼差しで鷹尾が質問すると、飛鷹はとくとくと注ぎながら小さく首を左右に振る。

「末端だからwebサイトを片っ端から覗く程度だけど。自宅でできる作業だし、鷹尾と比べたら大分楽だと思うよ」
鷹尾は難しい表情になって「終わりがない作業は地獄だ」と呟いた。

「兄貴の方が凄いのやってると思う」

「飽き性には無理かもね」

 飛鷹がくすくす笑うと、食事を中断している魄に気づいた。自分より上の者が喋っているから気遅れてして食べられないと知っているので、食べながら聞くように促した。魄はにこっと笑って「ありがとう」と小声で飛鷹に伝える。

 雑談が進み、魄の胃袋に料理が収まったところで、飛鷹は魄に呼びかけた。

「魄ちゃんに申し訳ないけど、明日の集まりの間、鷹貴たかき瑛菜えなの面倒をみてくれない? 妻が仕事でいないんだ」

「わかりました」

 飛鷹の子供は五歳の長男と三歳の長女だ。魄は生まれたときから積極的に育児に参加していたので、二人ともよく懐いている。彼女と一日一緒だと分かると大喜びするだろう。

「俺は?」

「参加以外の選択肢あるのかい?」

 飛鷹に笑顔で言われて、鷹尾は嫌そうな表情を浮かべた。

「俺もあっちに混ざりたかった。鷹貴とキャッチボールの約束してたんだけどなぁ」

 鷹尾は鷹貴と仲が良い。遊ぶ約束をしていたので残念そうにため息をつく。
 魄が「ごちそうさま」と手を合わせて、鷹尾に振り向くと笑みを浮かべる。

「私が鷹貴くんに伝えとくよ。陽が出ているうちに終わったらおいで」

 鷹尾は少しだけ頬を染めてから、ぷいっとそっぽを向いて「そうする」と小さく呟く。
 二人の会話を微笑ましそうに眺める勇実と飛鷹。東京に行った二人の様子を心配していたが、上手くやっているようだと安心する。
 その後も談話は続き気づけば二十二時を回った。そろそろお開きにしよう。と勇実が唱えたときだった。

 キィィィィン!

 張り詰めたような空気の振動が四人の体を揺さぶる。何かが割れ、押し込めていた妖気が解き放たれた。そう直観して四人は椅子から立ち上がると、それぞれが鋭い眼差しで方角を調べる。山を二つ挟んだ隣町だ。あそこは劍の自宅がある場所である。

「劍め。何をやらかした?」
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