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鬼負けし未熟を悟る
雪絵と魁の反省会③
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ぶわっと咲紅から大粒の涙がこぼれる。
「私だって修行したもん。雪絵よりも沢山修行したのに、追いつけないばかりか成長もしない。お父さんからは力があるって言われてるけど、お役目を行えるほどの力はないわ。陰陽師になれないのが悔しい。式鬼をもてないのがすごく悔しいよお母さん」
「こればかりは仕方ないわ」
伊代が憐憫を含んだ目で見てくる。その目を否定したくて咲紅は首を激しく振る。
「仕方ないなんて……言わないでよ」
「咲紅は良い意味で普通の女性よ。だから……比較するようで申し訳ないんだけど、雪絵が特別なの。本家で生まれるはずだった子がここで産まれたのよ。そして式鬼が居たから使役できてしまった。それだけのことなの」
「でも私だって式鬼を……魁とずっと一緒にいたい。雪絵じゃなくて、私が魁のとなりに立って支えたいのに」
涙ながらに訴える長女をみて、伊代はますます憐憫を強める。陰陽師や式鬼に憧れる気持ちは幼き日の彼女にもあった想いだ。気持ちがよくわかる。しかしだからこそ、現実は変わらない。
「……ごめんね、貴女は普通の人と同じなのよ。魁を支えることはできないわ」
夢を砕くのはこれで何度目だろう、と伊代は胸を痛めた。
「ううう。いじわる……」
咲紅は涙を流して座り込む。何度か同じやり取りをしても両親の答えは変わらない。努力が実る兆しもないことを告げられて毎回心を折ってくる。いつか、いつか、それはありえないと強く折ってくる。
「だったら、だったらお母さん。せめて魁をこの家においてよ」
咲紅は伊代の腕を掴み、必死で訴えた。
「決闘に負けたなら明日おばさんが魁を連れていくわ。きっと飛鷹くんの式鬼になっちゃう。そんなのってないよ! せめて家族として傍にいさせて! お願い! なんとかしてお母さん! お父さんじゃきっと役に立たない!」
劍が聞いたら泣きそうだと苦笑する伊代。
いつも以上に不安がる咲紅の気持ちを汲み取った伊代は、優しく微笑みその背中をゆっくりと摩った。
「勇実義姉さんは厳しい人だけど無茶苦茶な人ではないから、事情を話せばきっと妥協を示してくれるわ」
「そんなことない。おばさん滅茶苦茶だし、怖いもん」
ふいに雪絵に陰陽師の稽古をつけてもらったときの光景を思い出して、伊代は否定できなかった。ただ、稽古の時とは状況も理由も違うので、まぁ大丈夫だろうと楽観する。
「とにかく大丈夫だから、落ち着きなさい。ほら、ご飯食べてお風呂に……魁がまだ終わってなかったわね」
「魁の次に入る」
「わかったわ。終わったら呼ぶから部屋にいなさい」
伊代に促され、咲紅は大人しく部屋に戻った。
ベッドに寝ころぶと魁の横顔を思い出して胸がギュッと痛み「魁」と切ない声を出す。なんとか元気づけたいと考えた末、咲紅は懐中電灯を片手に裏の蔵へ移動した。目当ては干し柿だ。魁の好物である。
「やった、干し柿まだ残ってた!」
ここはいわくつきの品が保管されている場所だが、風通しが良いので観音扉の窓の金具に紐を渡して干し柿を作っている。咲紅は蔵のなかに入らず、外から一階の窓にあった干し柿の紐を緩めて六つ回収した。魁だけではなく雪絵の分も用意する。感情に任せて先ほど叩いてしまったから、形だけでもお詫びをしようと考えた。
「ふん。雪絵はついでよついで」
誰もいないのに言い訳をしながら草が生える道を歩いていると……パキっと音がした。
何かを踏んづけてしまったので、咲紅は踏んだ物を拾い上げる。
「これは……?」
手のひらよりも少し大きい陶器でできた小さな小瓶だ。ラベルも何もない。蓋に紙が貼られているようだ。裏を見ようと振った瞬間、引っ付いていた紙が剥がれてひらりと落ちる。紙を拾い上げると『悪鬼封印』と書かれていた。
「お父さんの仕事のやつだわ。なんでこんなところに?」
ピキっと小瓶が震えた。
咲紅はマズイと顔色を変える。小瓶に無数のヒビが入り、隙間から妖気が漏れ出してくる。妖気に中てられ背筋がゾクゾクとしてきた。得体の知らないモノへの恐怖に咲紅の体が強張る。
「だ、だれか……っ!」
気合を入れると足が動いた。
「お、おとうさーん! おとうさーん! 瓶から妖気が――!」
劍の名を呼び一歩踏み出すが……地面が揺れてこけそうになった。くらり、とめまいがする。すぐに揺れが収まった。
咲紅は「え?」と小さく声を出す。
いつの間にか劍の部屋にいた。炬燵に入った劍と魁が談話している。咲紅に気づくと二人はにこっと微笑んだ。
劍が手を振って「よく来たな咲紅」と招く。
「いらっしゃい咲紅さん。こちらへ」
魁は咲紅に隣に座るように促す。何かがおかしいと思いながらも咲紅は横に座る。魁は熱っぽい視線を含めながら咲紅を見つめた。ドキドキと胸が高鳴って目が離せない。
数秒見つめ合うと、魁は真剣な面持ちで劍に宣言する。
「咲紅さんを嫁にください。そして彼女の式鬼として常に傍にいる許可をいただきたい」
咲紅は息を飲んだ。一体何がどうなっているのか分からないが、魁が心変わりをしたらしい。しかし劍が許すはずもない。だって咲紅は使役する力がないのだから。
ところが劍は快く承諾する。
「いいだろう。咲紅は優秀な陰陽師だ。魁のこともしっかりと使役できる。結婚も許可しよう」
「有難うございます!」
魁が深々と頭を下げた。
伊代と雪絵が部屋にやってきて「おめでとう!」と咲紅を祝福した。
拍手喝采に囲まれて、おかしい、何かがおかしい、と脂汗を浮かべる咲紅。困惑する彼女の前に膝をついた魁は、そっと手を差し出した。
「咲紅、どうか俺の主になっていただきたい。そして夫婦となり、末永く共に暮らそう」
「でも……」
柔らかく微笑んだ魁が「俺は貴女が好きだ」と咲紅の耳元で囁く。咲紅の違和感がすぅっと消えた。
そうだ。これは望んだ未来だ。魁の嫁になりたいと願っていた未来だ。
咲紅の心が歓喜に満ちていき、うっとりとした眼差しになると。
「はい。お受けします。私は貴方を愛しています」
ソレの言葉に応じた。
『はっはっは。ちょろいな』
耳障りな音を発して悪鬼は満足そうに頷いた。
全身黒色で髪の毛が青白い大鬼は瓶に封印されたモノだ。封印が解けたので近くにいた獲物を罠にかけて、幸せな幻覚を与えていた。
咲紅は焦点が定まらないまま、蔵が置かれている庭に立っている。ひびの入った瓶は完全に破壊されており、足元に散らばっていた。
『力がある食い物は珍しい。道具として使ってやろう』
本来なら殺して血肉を食らうのだが、咲紅の中にあるわずかな陰陽師の力を感じ取ったため、彼女は生を得られた。その代わり、悪鬼の下僕として扱われることになる。
「魁。私は貴方の主になったのよね。雪絵よりも必ず幸せにするわ」
歓喜極まった笑顔を浮かべる咲紅。彼女を夢から逃がさないために、大鬼は魁の姿を纏った。
『では、参りましょう。まずは腹ごしらえです』
大鬼が優雅に手を差し出すと、咲紅は頬を染めながらその手を取った。
「私だって修行したもん。雪絵よりも沢山修行したのに、追いつけないばかりか成長もしない。お父さんからは力があるって言われてるけど、お役目を行えるほどの力はないわ。陰陽師になれないのが悔しい。式鬼をもてないのがすごく悔しいよお母さん」
「こればかりは仕方ないわ」
伊代が憐憫を含んだ目で見てくる。その目を否定したくて咲紅は首を激しく振る。
「仕方ないなんて……言わないでよ」
「咲紅は良い意味で普通の女性よ。だから……比較するようで申し訳ないんだけど、雪絵が特別なの。本家で生まれるはずだった子がここで産まれたのよ。そして式鬼が居たから使役できてしまった。それだけのことなの」
「でも私だって式鬼を……魁とずっと一緒にいたい。雪絵じゃなくて、私が魁のとなりに立って支えたいのに」
涙ながらに訴える長女をみて、伊代はますます憐憫を強める。陰陽師や式鬼に憧れる気持ちは幼き日の彼女にもあった想いだ。気持ちがよくわかる。しかしだからこそ、現実は変わらない。
「……ごめんね、貴女は普通の人と同じなのよ。魁を支えることはできないわ」
夢を砕くのはこれで何度目だろう、と伊代は胸を痛めた。
「ううう。いじわる……」
咲紅は涙を流して座り込む。何度か同じやり取りをしても両親の答えは変わらない。努力が実る兆しもないことを告げられて毎回心を折ってくる。いつか、いつか、それはありえないと強く折ってくる。
「だったら、だったらお母さん。せめて魁をこの家においてよ」
咲紅は伊代の腕を掴み、必死で訴えた。
「決闘に負けたなら明日おばさんが魁を連れていくわ。きっと飛鷹くんの式鬼になっちゃう。そんなのってないよ! せめて家族として傍にいさせて! お願い! なんとかしてお母さん! お父さんじゃきっと役に立たない!」
劍が聞いたら泣きそうだと苦笑する伊代。
いつも以上に不安がる咲紅の気持ちを汲み取った伊代は、優しく微笑みその背中をゆっくりと摩った。
「勇実義姉さんは厳しい人だけど無茶苦茶な人ではないから、事情を話せばきっと妥協を示してくれるわ」
「そんなことない。おばさん滅茶苦茶だし、怖いもん」
ふいに雪絵に陰陽師の稽古をつけてもらったときの光景を思い出して、伊代は否定できなかった。ただ、稽古の時とは状況も理由も違うので、まぁ大丈夫だろうと楽観する。
「とにかく大丈夫だから、落ち着きなさい。ほら、ご飯食べてお風呂に……魁がまだ終わってなかったわね」
「魁の次に入る」
「わかったわ。終わったら呼ぶから部屋にいなさい」
伊代に促され、咲紅は大人しく部屋に戻った。
ベッドに寝ころぶと魁の横顔を思い出して胸がギュッと痛み「魁」と切ない声を出す。なんとか元気づけたいと考えた末、咲紅は懐中電灯を片手に裏の蔵へ移動した。目当ては干し柿だ。魁の好物である。
「やった、干し柿まだ残ってた!」
ここはいわくつきの品が保管されている場所だが、風通しが良いので観音扉の窓の金具に紐を渡して干し柿を作っている。咲紅は蔵のなかに入らず、外から一階の窓にあった干し柿の紐を緩めて六つ回収した。魁だけではなく雪絵の分も用意する。感情に任せて先ほど叩いてしまったから、形だけでもお詫びをしようと考えた。
「ふん。雪絵はついでよついで」
誰もいないのに言い訳をしながら草が生える道を歩いていると……パキっと音がした。
何かを踏んづけてしまったので、咲紅は踏んだ物を拾い上げる。
「これは……?」
手のひらよりも少し大きい陶器でできた小さな小瓶だ。ラベルも何もない。蓋に紙が貼られているようだ。裏を見ようと振った瞬間、引っ付いていた紙が剥がれてひらりと落ちる。紙を拾い上げると『悪鬼封印』と書かれていた。
「お父さんの仕事のやつだわ。なんでこんなところに?」
ピキっと小瓶が震えた。
咲紅はマズイと顔色を変える。小瓶に無数のヒビが入り、隙間から妖気が漏れ出してくる。妖気に中てられ背筋がゾクゾクとしてきた。得体の知らないモノへの恐怖に咲紅の体が強張る。
「だ、だれか……っ!」
気合を入れると足が動いた。
「お、おとうさーん! おとうさーん! 瓶から妖気が――!」
劍の名を呼び一歩踏み出すが……地面が揺れてこけそうになった。くらり、とめまいがする。すぐに揺れが収まった。
咲紅は「え?」と小さく声を出す。
いつの間にか劍の部屋にいた。炬燵に入った劍と魁が談話している。咲紅に気づくと二人はにこっと微笑んだ。
劍が手を振って「よく来たな咲紅」と招く。
「いらっしゃい咲紅さん。こちらへ」
魁は咲紅に隣に座るように促す。何かがおかしいと思いながらも咲紅は横に座る。魁は熱っぽい視線を含めながら咲紅を見つめた。ドキドキと胸が高鳴って目が離せない。
数秒見つめ合うと、魁は真剣な面持ちで劍に宣言する。
「咲紅さんを嫁にください。そして彼女の式鬼として常に傍にいる許可をいただきたい」
咲紅は息を飲んだ。一体何がどうなっているのか分からないが、魁が心変わりをしたらしい。しかし劍が許すはずもない。だって咲紅は使役する力がないのだから。
ところが劍は快く承諾する。
「いいだろう。咲紅は優秀な陰陽師だ。魁のこともしっかりと使役できる。結婚も許可しよう」
「有難うございます!」
魁が深々と頭を下げた。
伊代と雪絵が部屋にやってきて「おめでとう!」と咲紅を祝福した。
拍手喝采に囲まれて、おかしい、何かがおかしい、と脂汗を浮かべる咲紅。困惑する彼女の前に膝をついた魁は、そっと手を差し出した。
「咲紅、どうか俺の主になっていただきたい。そして夫婦となり、末永く共に暮らそう」
「でも……」
柔らかく微笑んだ魁が「俺は貴女が好きだ」と咲紅の耳元で囁く。咲紅の違和感がすぅっと消えた。
そうだ。これは望んだ未来だ。魁の嫁になりたいと願っていた未来だ。
咲紅の心が歓喜に満ちていき、うっとりとした眼差しになると。
「はい。お受けします。私は貴方を愛しています」
ソレの言葉に応じた。
『はっはっは。ちょろいな』
耳障りな音を発して悪鬼は満足そうに頷いた。
全身黒色で髪の毛が青白い大鬼は瓶に封印されたモノだ。封印が解けたので近くにいた獲物を罠にかけて、幸せな幻覚を与えていた。
咲紅は焦点が定まらないまま、蔵が置かれている庭に立っている。ひびの入った瓶は完全に破壊されており、足元に散らばっていた。
『力がある食い物は珍しい。道具として使ってやろう』
本来なら殺して血肉を食らうのだが、咲紅の中にあるわずかな陰陽師の力を感じ取ったため、彼女は生を得られた。その代わり、悪鬼の下僕として扱われることになる。
「魁。私は貴方の主になったのよね。雪絵よりも必ず幸せにするわ」
歓喜極まった笑顔を浮かべる咲紅。彼女を夢から逃がさないために、大鬼は魁の姿を纏った。
『では、参りましょう。まずは腹ごしらえです』
大鬼が優雅に手を差し出すと、咲紅は頬を染めながらその手を取った。
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