式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼を抱きし人の血脈

天魔波旬監視局業務②

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 スーツを着て鷹尾たかおの職場が所有する車に乗り、運転で現場に移動する。そこは帰省の際に使う駅から近い工事現場だった。四方に囲まれた防音シートは五階建ての高さであるが半分以上解体が終わった状態である。

 新しいビルを建てるために古いビルを壊していたが、解体中に事故が頻発していた。頻繁に人間のようなそうでないような姿が目撃されて、何かの祟りではと従業員に不安が募っている。
 いろいろ調査をしたものの何もわからないが、怪奇現象は続いているため天魔波旬監視局てんまはじゅんかんしきょくに調査依頼がきた。

 この地区は鷹尾の担当ではないが、帰省するなら一仕事やれと先輩から押し付けられた案件である。
 表向きの鷹尾の職名は公安調査官になっているので、変な人間が入り浸っていないかという名目で調査を行うことになっていた。工事現場の責任者から現状について一通り説明を受け、ヘルメットをかぶった鷹尾とはくは工事現場の内部に案内された。
 工事が休み為誰もいなかった。四階建ての高さの壁が三方に残り、中央と手前に瓦礫の山が盛られて、三つの重機が乗っていた。
 埃っぽい空気の中に、古い木の匂いと燃えカスが混じっているのを感じながら、わぁ。と魄が見上げる。

 きき、きき、と金属音のような鳴き声を放ちながら、瓦礫の上やひび割れた壁、ガラス場所だった穴にしがみついた妖魔が人間を見下ろしていた。その数は五十を超えている。
 鷹尾が周囲を観察しながら「なるほど」と頷いた。

「……なので、落下物が多くて。あとは誰も乗っていない重機が勝手に動いて従業員に怪我を負わせたり。昼間だというのに急に暗くなったり」

「あー。気になる点がいくつかあるので片付けます。貴方は全員休憩に入ってください。終わったら呼びます」

「はあ……」

 現場監督が不思議そうに声を上げたが、そうですか。と頷いて、重い足取りで防音シートを潜り抜けた。
 空間が仕切られたところで鷹尾と魄が妖魔の群れを見る。全員人の姿をしている。こちらが見えていると気づくと、妖魔たちは鋭い目を向けてきた。焼け焦げた匂いが濃くなる。

「人間を自分の領域に引っ張り込むタイプだ。アレを叩いても意味ない、ビルじゃなくて土地に埋まっているはず。大方、封印物が劣化か破損したんだろ。式鬼覚醒 急急如律令」

 鷹尾が印を組み、魄を鬼に戻した。鬼の姿をみた妖魔たちに動揺が走る。立ち上がったりジャンプしたり猿のような威嚇を始めた。

「どうする?」

「土にしみこませるなら水による浄化が一番簡単だろうけど、あまり血を流したくない。明後日は決闘だから」

「んー。じゃぁ。こうしよう」

 魄は右腕の裾をめくって鋭い爪で皮膚を傷つけた。鮮血が腕を伝い、それを水流がからめとっていく。水流が陽の光に当たったようにキラキラ光始める。

「すい ら い づ すい に うお さぐ スモールフラッド!」

 魄にまとわりついていた水が高波をつくりながら地面に広がる。鷹尾はぴょんと水の上に飛び乗って様子を見る。
 水は防水シートに当たると膨張して膨らんだ。下にいた妖魔は水に浸かると悲鳴を上げる。上へ逃げようとするが間に合わず溶けていった。
 膨張している水は地面にも沈み込んでいる。石や砂の隙間に浸透して二メートルほど沈み込むと、気持ち悪い手ごたえを発見した。今度は上に居た妖魔が苦しみだして手を離して落下し始める。こちらにとびかかってくる妖魔は殆どいなかった。

「これっぽいよ鷹尾」

 魄は水で土を削りながら盛って地下から地上に引き上げて水に浮かばせる。古びた骨壺だ。ひび割れた隙間から穢れが漏れ出している。

「壊そうか?」

「そうだなー。俺は封印できないしその道具も先輩からもらってないから、破壊しとこう」

「はーい」

 肩まで水に浸かったまま魄が骨壺まで走ると、頭上にいた沢山の妖魔が一度に落ちてきた。魄の上半身を余すと来なく覆いかぶさり一緒に水中に沈んだ。激しく苦しんだのは妖魔の方だ。水面から顔を出そうとするたび、魄の手が伸びて水中に引き込まれる。

 バシャバシャと激しい水音が鳴る横を、鷹尾は素通りして骨壺に近づいた。
 水に浮かぶ骨壺に狙いを定め、右手で作った刀印とういん(人差し指と中指を伸ばしてくっつけ残りの指を握った印相)を左手で作った鞘に納めて、素早く九字を切る。これは破邪の法だ。

「臨兵闘者皆陣烈在前」

 四縦五横の格子状に線を書くと、格子状の光が骨壺に刻まれると、ぱぁんと破裂して粉々に割れた。 
 中身から沢山の穢れが出てきたので、

「臨兵闘者皆陣烈在前」

 もう一度九字を切って呪いの効果を消失させる。粉々になった骨壺は水に溶けると光って消えた。

「オン キリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ」

 鷹尾は静かに三回唱えると、右手の刀印を左手で作った鞘に収めた。

「終わったー?」

 ぱしゃん、と魄が水から顔をだして水面に手を突き水中から抜け出すと、水面の上に立つ。この水は魄の一部だ。溺れることも濡れることもない。

「終了」という鷹尾の言葉に従い、水が魄の中に戻っていった。乾いた地面がでてくると鷹尾は手で印を組み

「式鬼封印 急急如律令」

 魄が人間に姿を変える。服がだぼっとなったので少し整えて、めくっていた腕の裾を戻そうとしたが、鷹尾に手首を掴まれて動きを止める。
 鬼の超回復により、前腕の傷はすぐにふさがっていてつるつるな肌になっている。「どうしたの?」と不思議そうに聞き返した。
 鷹尾は指先で前腕の皮膚をつぅっと撫でた後、苦笑しながら手を離した。

「傷がすぐ治るのは羨ましいと思って……。さて。担当者に経緯を説明してから実家に帰るぞ」

「そうしよう。駅で勇実お母さんにお土産買いたいな」

「おっと。先輩呼び出すか。車回収してもらおう」

 連絡して車回収をお願いするが先輩は渋ったようだ。鷹尾が散々罵倒すると別の先輩が取りに来てくれる算段になった。アフター引き継ぎも忘れずおこなったので心置きなく故郷に戻ることができる。
 半年ぶりの帰宅に心弾ませながら、魄は旅行鞄を握りしめて電車に乗った。
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