式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼を抱きし人の血脈

壱拾想一族の決まり事②

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 陰陽師の末裔である鷹尾たかおが『主』であり、鬼の末裔であるはくは『式鬼しき夜叉やしゃ』の関係、その始まりは平安時代まで遡る。

 京の都から北北西にある山の中に小さな集落があった。そこに一体の巨大な鬼が巣くっており村人を虐げていた。
 村人たちは何度か退治しようと試みたが、実態を持たない体をもつ鬼に通常の武器は効かず悉く失敗。命を取られることはなくとも拷問を受け苦痛を味わう日々だった。

 鬼が命を取らないのには理由があった。人の怨恨や恐怖を糧としていたため一息で殺すのは損であった。人間を生かしたまま恐怖や痛みを与え恨みの感情を食らう。その村は鬼のために生かされていた。

 そんな生活が数十年続いたある日、何の前触れもなく陰陽師がやってきた。
 村人は藁にも縋る思いで鬼を倒してほしいと懇願する。陰陽師は迷うことなく鬼を退治すると約束し、森の奥へ入っていった。
 その二日後、陰陽師が鬼を連れて村に戻って来たので、村人は失敗したと思い急いで逃げ始めた。陰陽師は逃げ惑う村人たちを鎮めて説明する。

『鬼と契約を交わして式神にした。今後はこの村に悪さをしない。鬼はこの村の者たちに謝罪をしたいと申し出た』

 陰陽師の言葉に従い鬼が土下座をする。それを見て村人たちは目を白黒させた。
 やがて一人が石を握り鬼に投げ始める。何人も何人も石を投げた。反撃を恐れていたが感情が理性を抑えた。沢山の石が当たったが鬼は土下座をしたままだった。血まみれになっても土下座をやめなかった。つたない言葉ですまなかったと何度も言っていた。村人たちは石を投げなくなり、奇妙なものを見るように鬼を見つめる。
 陰陽師が言葉を続けた。

『鬼はここを離れたくないそうだ。そこで皆に相談がある。私と鬼をこの村で生活させてほしい』

 陰陽師の言葉に村人は反対したが、命の恩人である者の提案を無下にできず渋々同意した。
 日を改めて鬼の正体について問うと、陰陽師は少し悲しそうに答えた。

『人が山に捨てた赤子達の思念であり、捨てられたときの人間の感情に強く影響されてしまった。悲しみや憤りの感情を餌だと思い込みそれを求めていた。あの山は赤子が多く捨てられたのだろう。最後に抱かれた土の感触を母だと信じて疑わない。あの山は鬼の母なのだよ。だからここを離れたくないそうだ。そしてどこにも行きたくないそうだ』

 話を聞いて村人は俯いた。思い当たる節が多いからだ。作物が実ったときは沢山赤子を産んだが、作物が不足すると口減らしとして仕方なく赤子をあの山に捨てていた。陰陽師の話だとこの村にもほかにも二つほど山に子を捨てていたという。その何百体の子供が集まったのが鬼になってしまったそうだ。

『同情しろとも、憐れんでほしいとも思わない。あの鬼は私と共に生きると決めた。寿命はあちらが遥かに上だが野放しにはしない。私が死ぬとき供に連れていくから案ずるな』

 村人たちはその言葉を信じ、鬼を監視する名目で村に住まわせた。
 怨恨の感情が食べられなくなった鬼は食物が必要になったため、いつも陰陽師と山に入り猪や熊を獲っていた。肉は村人たちにもおすそ分けして、皆で同じ飯を食う日々が続いた。
 陰陽師の命令をよく聞いた鬼は役に立った。頼むと進んで村人の手伝いを行い、村を襲いにきた熊や野盗を返り討ちにした。数年かけて関係を築いていくと村人たちの心境が変化し、心の底から鬼を仲間として受け入れた。
 その結果、鬼は喜びの感情で腹が満たされることを知った。
 人を知り、人と触れ合い、人の好意を心地よいと思った鬼は人を好きになった。村人全員の許しを得て人間の伴侶を得た。やがて子をもうけて幸せに暮らしたという。
 
 月日が流れ陰陽師が亡くなる時、鬼は再度誓いを立てた。

『主様の力をもつ者が生まれたなら私は歓んで服従し使役されよう。私が亡きあとは子孫が手足となり、主様の子孫と共に歩むことを宣言する』

 陰陽師が鬼籍に入って五年後、村にやって来た悪鬼と相打ちになり鬼が亡くなった。村を守る陰陽師も鬼もいなくなったが、二つの力と血は村に受け継がれていた。
 壱拾想に力がある者が生まれたら、そのあとで必ず都野窪にも鬼が生まれていた。彼らの子孫は何度も出会い、手を取り合いながら長年村を守ってきた。


 時代が流れて現在では平和そのもの。
 率先して村を守る必要がなくなり、そこそこ自由に生きることができた。
 鬼の血が強い魄は通常であれば故郷から出ることはできなかったが、女性でも仕事をする時代なのが功を奏して、故郷で仕事をするにあたって資格を取りに行っていいと許可が下りた。魄が選んだところは故郷から近い大都会東京の学校だった。埼玉県に近い東京の端っこの地区でマンションを借りて、そこからエステ学校へ行っている。

 ただし一人暮らしは許されなかった。鬼の力が暴走すると辺り一面水没してしまう。万が一を防ぐため鷹尾も共に住むことになった。
 年頃の男女だが、魄は生まれたときから壱拾想家で暮らしていて鷹尾とは兄妹みたいなものである。魄はすぐに条件を飲み、鷹尾は反対したものの料理だけは魄が作ることでしぶしぶ了承した。
 こうして二階建ての2LDKアパートを借りて東京に住み始め半年が経過した。
 魄は日常のサイクルができて少し余裕が持てるようになり、鷹尾は仕事に慣れてきた時期に決闘が舞い込んできた。
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