式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼を抱きし人の血脈

壱拾想一族の決まり事①

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 はくは零れ落ちそうなほど目を見開くと、右手をブンブン動かした。

「いやいやいやいやいや! 私に兄がいたなんて初耳ですけど!」

 引きつった笑顔になりながら「冗談キツイな」と茶化すが、鷹尾たかおは真剣だ。魄は言葉を失って地面に視線を向ける。

 都野窪つのくぼ叔父父の弟や叔母に聞けばいいのだが、彼らは勇美いさみによって口留めされていたに違いない。だとすると両親に聞くのが一番だが、魄の両親はすでにこの世から去っている。
 父は魄が生まれてすぐ山で妖魔に襲われて死亡した。
 産後の肥立ちが悪かった母は、父の訃報を聞いてから容体が悪化、回復することもなくそのまま帰らぬ人になった。
 残された魄は壱拾想じゅうそうによって育てられたため両親を知らない。写真で顔を知ってはいるがどんな人間か分かっていなかった。


『ああそう。かいが生きていたの。……それは良かったわね』

 自宅に戻った鷹尾はすぐに壱拾想本家の当主である母、勇実に連絡した。話を聞いた彼女は開口一番そう呟いた。安心しているようもであり、残念そうでもあった。

つるぎの馬鹿が。魁を保護したときに記憶がないことを知り懐に入れたか。だからあっちの方に体調を崩したものが多く現れたんだな。力の低い者が制御するのは大変なリスクがあるというのに……。まぁ、劍が衰弱しなくてよかったと思うが、しっかりお灸は据えておかねば』

「多分。叔父さんが途中まで頑張って、そのあとに雪絵に移し替えたんだと思う。久しぶりに会ったけど、雪絵の力は結構強かったからアレなら安心かも」

『結構結構』

 強力な術者が育つことは良いことだと、勇実は満足そうだ。

『なら今後の誰の式鬼しきにすべきか。私でもいいがここはやはり若者に任せたい。飛鷹ひだかあたりかな。魁はもともと飛鷹の式鬼だったから丁度いいだろう』

 飛鷹は鷹尾の6つ離れた兄である。結婚して家庭を持ち勇実と共に暮らしている。
 兄が全て引き継いでくれたので鷹尾は自由に動き回れる。ただ厄介ごとはすべて押し付けられている。

「魁の使役、兄貴嫌がるんじゃない?」

『まぁ。式鬼をもつなら魄がいいって言ってるやつだからな。そうなったら魄を飛鷹の式鬼に……』

「俺が責任もって兄妹ともども引き受ける」

 ドキッパリ力強く断言すると勇実が黙った。

『……大丈夫かお前。いや、使役についてなら大丈夫だと断言できるけど……人間関係複雑になるんじゃ? 今まで顔を合わせた事もない兄妹の世話ができるほど、人生経験豊かではないよね……?』

「やってみて駄目だったらそっちに魁を投げる」

 『あー』と勇実は天を仰ぐような声を上げた。何言っても駄目だなこりゃ、と子育て経験から判断する。しばらくは鷹尾の好きにさせようと苦笑していると

「あの……私に兄がいるって本当なんですか?」

 困惑した魄が割り込んできた。

『そうだよ』

 こちらも説明をしなければと、勇実はことの経緯を説明した。

 魄が生まれて二か月目のことだ。その日はとても天気が良かったので時宗魄の父は魁と一緒に山に出かけた。山登りをしながら食べられる山菜やキノコ狩りをして魁に山の幸を押しえようと思ってのことだった。
 だが、日をまたいでも戻って来ない。
 捜索隊を組んで山中を探すと谷底で時宗の変わり果てた姿を発見した。妖魔に生気を吸われてしまったようでミイラのように干からびていた。連れていた魁を一か月もの間捜索したが、ついに発見できなかった。
 混ざりものは妖魔の好物である。抵抗できなければ食われてしまう。子供は食われてしまったと思い捜索を打ち切った。

「それ、なんで黙ってたんですか?」

 魄が不思議そうに聞き返した。驚きはするが隠されていたことについて何も思うことはない。何か事情があったのか、単に面倒だったのかのどっちかだと予想する。

『魄に教えなかったのは、探そうとするかもしれないからよ』
「はい。カレー」

 コトン、と魄の前にレトルトカレーが置かれる。

「え!? ありがとう……?」

 驚いた魄はカレーを二度見して鷹尾をみる。腹が減りすぎてしまい自分で用意したようだ。大事な話の最中だというのに気にせずに食事を始めた。

『鷹尾……あんたって子は』

 咀嚼音とスプーンの音が耳に入ったか、勇実が呆れたように呼びかける。

「いやだって、腹減ったし。俺からの話は終わったから」

『はあー、好きにしなさい』

 放っておくことにした。

『兄が行方不明だけど生死はわかっていないって知ったら、探したくならない?』

「……うっかり探すかもしれません」

 魄が苦笑した。従妹が道に迷ったり、山で遭難したときも率先して迎えに行ったことがある。あとから勇実に長時間こっぴどく叱られたのはこれが理由だったようだ。

『魄まで食われてしまったら目も当てられないからね』

「そのへんの手綱はしっかり掴んでるよ母さん」

『あんたは食べ終わってから話なさい、行儀悪い』

 はぁい。と間延びした返事をして鷹尾は食事に集中した。

「経緯は分かりました。とりあえず魁は兄貴ってことは理解しました。あっちは私のこと知らないですよね? 妹だって告げてもいいですか?」

『とりあえず勝敗が決まってからにしなさい。あちらが落ち着かないでしょう?』

「私の動揺をあっちにも与えたかったのに!」

『魄は大丈夫よ。大事なことでも考えることをやめて色々後回しにするから』

「うわぁん! 今日それ同じこと教師に言われましたああああああ!」

『どんまい。私は魄がフェイスエステしてくれる日を楽しみにしているからね! 綺麗にしてね』

 魄は両手で顔覆いながら「がんばりますぅぅ」とくぐもった声を出した。学校の授業で色々注意されたことが走馬灯のように蘇り居たたまれなくなっている。

『ってわけで鷹尾。あんたはしっかり勝って本家を守ること。いいわね』

「言われなくてもそのつもり。そのために魄を鍛えているんだから」

『頼りにしているわよ』

「要件は以上だから切るよ。また電話する」

 と言いながら、ぷつっと通話を切った鷹尾。やれやれと首を左右に振ると、テーブルに突っ伏している魄を眺めながらゆっくりとスプーンを口に運ぶ。
 言われなくても魄との主従関係を切るつもりは毛頭ない。
 過去に三回ほど返り討ちにしたのだ、この度も上手くやってみせる。と鷹尾は薄く笑った。
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