式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼を抱きし人の血脈

鬼さん争奪宣戦布告④

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「あの……すいません。霧がこんなに発生するとは思わず……」

 黄昏に染まった道の向こうから人影がゆっくりと歩いてきた。
 女性である。肩をすぼめて胸の前で両手を握っており、街頭の光を拾っている瞳が落ち着きなく左右に動いていた。
 声を聞いて、はくは「あれ?」と目を見開いた。つい最近、秋の連休で故郷に戻ったときに会った人物である。

「なんだ。雪絵か」

 鷹尾たかおはため息をつきながら印を解除した。

「はい。ご無沙汰しております、鷹尾お兄さん」

 小柄な女性は勢いよく背中を曲げてお辞儀をした。

 壱拾想雪絵じゅうそうゆきえ。二十歳。百五五センチの中肉中背。肩甲骨ほどの長さの黒髪はナチュラルウェーブかかっておりふわりと風に揺れる。顔は端麗な部類で色白だ。目の色はこげ茶色、垂れ目で鼻は小さめ、唇は小さく薄い。ベージュのウールコートにショートボトム。ロングブーツを履いている。

 清楚な印象を受ける雪絵は壱拾想じゅうそうの分家の一つで、鬼門を守る役割を担っている。彼女は潜在能力が高いため重要案件に駆り出されることが多かった。

「ご無沙汰しております」

 魄は深々と丁寧にお辞儀をした。分家とはいえ壱拾想《じゅうそう》家の一員である雪絵に敬意を払う。

「魄さんもお元気そうで何よりです」

 雪絵はもう一度丁寧にお辞儀をした。
 その時、彼女の近くに音もなく男性が着地する。黒いテーラージャケットとスラックス、白いタートルネックに黒いベストのいで立ちだ。

「雪絵。挨拶は済んだか?」

 男性の言葉が聞こえると、雪絵はにこやかな笑みを浮かべて「はい」と軽やかな声色で返事をした。
 鷹尾たかおと魄は男性の左額から伸びている角を見て驚く。雪絵が使役できる鬼など壱拾想じゅうそう家にはいないはずだ。

「うっそ、鬼だ」

 魄が呟くと、男性は軽く会釈をして名乗った。
 
「お初にお目にかかる。俺は雪絵の式鬼、か」
「魁か?」

 鷹尾が遮って彼の名を告げた。
 男性こと、かいは驚いた表情になり物言いたそうに雪絵を見下ろした。彼女も驚いた表情をしていたが魁の視線に気づいて見上げる。「教えていたのか」と問われ、困惑しながら「違う」と答えた。

「やっぱりそうか」

 鷹尾は腕を組んで深くため息をつき脳裏に叔父を思い浮かべる。そして軽蔑したような眼差しを雪絵にぶつけた。
 魁は何かを感じ取ってすぐに雪絵の肩を掴み自分の後ろへ移動させる。そして怒りを含んだ目で鷹尾を睨んだ。
 主を害するかもしれないと感じた魄は前に出ようとしたが、鷹尾が手で動きを制した。成り行きを見守れという意味なのでジッと佇む。
 
 鷹尾は魁を指し示しながら雪絵に尋ねる。

「雪絵もということでいいな。それで? そいつの苗字は?」

 雪絵は言いにくそうに口ごもりながら「……壱拾想です」と告げた。

 壱拾想魁じゅうそうかい。年齢は二十三歳。身長は百八十センチで筋肉質の男性だ。ソフトモヒカンでターコイズブルーの髪。やや釣り目で色はターコイズブルー。眉と目が近く鼻が高い端麗な顔立ちだ。額には十五センチの角があり、左半分から手にかけて肌に青色せきしょくの虎模様が浮かび上がっている。

 苗字を告げた瞬間、鷹尾と雪絵の間に奇妙な空気が流れた。
 鷹尾が少し落胆していると感じて、魄はゆっくりと近づいて上から顔を覗き込む。

「鷹尾。あの鬼について何か知ってるの?」

 鷹尾は静かに頷いて肯定した。
 魄は魁に視線を動かす。まじまじとみても思い当たる顔はない。鬼と出会う数は少ない上、自分の知らない鬼と面識があるのは正直気に食わない。不満そうに眉をひそめて「私は知らない」と口にした。

「ん? でもよく考えると、雪絵さんが式鬼を使役しているなんておかしい話じゃん」

 壱拾想じゅうそう都野窪つのくぼ以外の鬼を使役することはない。
 そして都野窪は男女関係なく外に出さないため分家はいない。
 現在は叔父叔母と従妹二人が壱拾想の敷地内に住んでいるが彼らが先祖返りした話は聞いていないし、そもそも都野窪つのくぼに若い男性はいなかった。
 つまり、壱拾想じゅうそう家で使役できる式鬼は魄以外いないはずである。

 だとすると魁は他の一族の鬼である可能性が高い。
 大問題だ。
 穏便に話し合いで済めばいいが、四国や東北であれば血なまぐさい事件に発展するかもしれない。
 魄は少しだけ胆が冷えたが、その割に魁を見つめていると妙な親近感を覚えるため、不思議だと首をひねった。

「改めて聞く、俺に何の用だ?」

 鷹尾はに皮肉を込めつつ雪絵に問いかけた。
 怒気を孕んだ冷たい声色を聞いて、雪絵はビクッと肩を震わせて魁の服の裾を掴む。喋ろうと口を開くが、恐れを抱いて用件を言う事ができず、きゅっと唇が閉じる。

「わざわざご足労したのなら相当重要な用事のはずだ。 まさかそいつのお披露目会というわけじゃないよな?」

「主は古より伝わる入れ替え勝負をしたく、壱拾想鷹尾に決闘を申し込みに来た」

 魁が凛とした態度で代わりに答えた。

「ま、待って待って待って! 心の準備がまだ!」

 雪絵は爆弾発言を聞いたかのように慌てふためき、魁の服の袖を引っ張って行動を止めようとしている。だが時すでに遅し。発言はなかったことにできない。

 鷹尾は特に驚くこともなく「なるほど」と鼻で笑った。

「本家と分家の入れ替わりを望むってことだな」

 壱拾想には『陰陽師能力の高い方を本家として認める』という独特のしきたりがあり、本家が式鬼を使役する権利を持っている。
 強い方を残すためが目的だったため、分家が本家となることも珍しくなかった。
 更に式鬼の権利を求めて行うこともあり、長い年月で見れば五世代に一度くらいは決闘が行われていた。

 鷹尾の叔父である壱拾想つるぎは式鬼を従えたい願望が強かった。
 姉である勇実いさみに何度も勝負を仕掛けて敗北している。しかし彼の末の娘、雪絵は陰陽師として高い能力を持っていたため劍の期待がいつも伸し掛かっていた。
 雪絵の態度を考えると彼女が入れ替わりを望んでいるのではなく、父に言われて行動を起しているようである。

 とはいえ代理が違えどもやることは同じなため、鷹尾は驚くことも拒否することもしない。

「そうだ。勝負は明日より一年、新月に行う。勝敗が決まるまで式鬼同士を戦わせる。勝ったほうが本家となり式鬼を配下にできる権限を得る」

「あわわわわわ。ぜ、全部言っちゃった……。取り消しができない……ううう」

 本来なら雪絵のセリフであるが、魁が全て喋った。

「術者同士ではなく式鬼同士ときたか。俺と決闘するのは結果がみえてるから嫌なんだな」

 鷹尾は腕を組んで不快な感情を前面に押し出しながらも鼻で笑った。
 雪絵は唇を震わせながら、渋々頷く。

「父の、意向です……。式鬼が揃っているから競わせたいと……思いつきというか。あとハンデもらうようにうまく交渉しろと言われてますが……うまく交渉できません」

 鷹尾は少し憐れんだように雪絵を見たが、すぐに気を取り直して頷いた。

「決闘は受ける。だけどこの件は母にしっかり報告させてもらうからそのつもりで。って叔父さんに伝えといて。なんらかの処罰は覚悟するように」

「はい……ごめんなさい」

 雪絵が申し訳なさそうに頭を下げたので、鷹尾は苦笑しながら肩の力を抜く。軽蔑した視線をやめて柔らかい眼差しで見つめた。

「雪絵も大変だな。厄介な親を持ってさ。だけどまぁ勝負は勝負。式鬼同士なんだから怪我を気にせず全力でかかってこい」

「はい!」

 雪絵がはにかむように笑うと、魁がムッとしたように眉間にしわを作った。雪絵の肩に添えていた手に力が入る。
 鷹尾は二人の行動を吟味しながら顔を傾けた。

「新月は来週か。その前の日に実家に戻るから当日は旧練兵場で。時間は……戻ったらまた電話する」

「わかりました! 万が一にでも予定変更がありましたら私からも連絡します」

「わかった」

 二人はにこっと笑った。決闘の約束というよりは遊びの約束のようである。
 魁は明らかに不機嫌になり鷹尾をチラチラみていたので、魄は甘酸っぱさを感じる奇妙な空気だなと三人を交互に眺めた。
 ふいに魁と目が合った。目をそらすと負けた気になったので見つめ合いながら、無意識に特徴を当てはめてみる。
 見れば見るほど親近感が過る。どうしてかと散々考えていると、顔に浮き出ている模様が似ていることに気づいた。否、殆ど同じものだ。性別が同じであれば鏡を見ていると錯覚したかもしれない。
 とはいえ『鬼』を見た事がない魄はその意味を深く考えず、同族なので似ているのは当たり前かと流した。

 決闘相手、つまり次に会う時は敵であるが、魄は仲良くしても良いだろうと肩の力を抜いた。

「はじめまして、私は都野窪魄」

 魁の表情がピクリと動くと緊張が漂ってきた。
 別に取って食わないよと突っ込みながら、親しみを込めて話しかける。

「せっかくだから魄って呼んでよ。同じ鬼なんだしさ」

 魁はゆっくりと肩の力を抜いた。表情は硬いままであったが丁寧に挨拶を返す。

「はじめまして、魄。俺のことは魁と呼んでくれ」

 わかった。と魄は頷いて、敵意はないとばかりにリラックスした姿勢をとる。

「じろじろみてごめんね。鬼に会ったのは初めてなの。いろいろ聞きたいことがあるんだけど……今は一つだけ聞かせて、あんたはどこから来たの?」

 魁は少し無言になって右手で口元を隠した。

「わからない」

「わからない?」

「俺は昔を覚えていない。気が付いたら雪絵の家にお世話になっていた」

「記憶喪失? それは大変だね」

 言葉通りに受け取った魄は同情を込めて頷くと、魁は少しだけ驚いてから苦笑した。

「そうでもない。みんな優しいから」

 魄が「そっか」と小さく呟くと、

「話はこれで終了。さぁ解散だ」

 鷹尾がぱぁんと手を叩いて話をぶった切った。
 魄と魁はきょとんとして瞬きを繰り返す。

「えー。今、めっちゃ重要なこと聞いたから気になるんだけど。もうちょっと魁と話したい」

 魄が名残惜しそうに申し出ると鷹尾が睨んできた。気迫が凄まじかったため魄は圧倒されてしまい首をすくめる。心の中で対戦相手と談話したらいけないとでもいうのかと不満を漏らす。

「俺は腹が減ってるの」

 鷹尾がキッパリと言い切ったので、そこまで腹減りなのかと呆れてしまう魄。

「そっちももう帰れ」

 挙句の果てにシッシと手を払って雪絵と魁を追い払う。

「そ、それでは。これにて失礼します」

 鷹尾のやさぐれた態度をみた雪絵が恐縮しながら会釈をして、魁の袖を引っ張り「帰ろう」と告げる。魁は頷きながら雪絵を横抱きにして飛翔してその場から立ち去った。
 あっという間に気配が遠のく。

 あのまま走って故郷に帰るのかもしれないと魄はのんびり思った。
 故郷は山の中であり交通の便を考えると六時間は優に超えるが、六〇キロ速度で実家へ向かって真っすぐ走れば二時間弱で到着できる。魁の身体能力なら二十二時くらいには到着するだろう。

 計算している間に、鷹尾が家路の方向へ歩き始めるので、魄はすぐに後を追った。

「待ってよ!」

「待たない。すぐ母さんに報告しなきゃいけないから」

 すぐに横に追いつく。見下ろすと鷹尾はかなりご機嫌斜めだった。こちらにとばっちりは来ないだろうが、当たり障りのない話題で気を逸らすことにしてみる。

「魁って式鬼だよね。劍オジさんの家に居たってことを隠してたから報告するんだよね?」

 鷹尾はちらりと魄を見上げる。その目には少々悪戯心が含まれていた。

「魁を見てどう思った?」

「どう思ったって?」

 質問の意図が分からず魄が首を傾げる。

「正直に思ったことを教えてくれればいい」

「んーと。まずはなんか私に近い感じの鬼だなぁって思った。あとちょっとカッコイイよね。がたい大きくて目が鋭くて、あと唇セクシーだった。ごつごつした手も良い感じ。見た目は結構好みの部類かも!」

 好みの男性に会ったと改めて気づきテンションが上がる魄であったが、鷹尾は「はーあ」と盛大なため息をついて水を差した。なんだこいつと魄がムッとした表情になる。

 鷹尾は両手を頭の後ろで組んで魄をみる。少しだけ憐れむように口角が上がっていた。

「魁はお前の兄貴だ」

「……………は?」

 ワンクッションもない唐突な発言に魄は目を丸くして動きを止めた。
 言葉の意味を理解すると汗がドッと出てくる。

 先をスタスタ進む鷹尾の背中に向かって「いま、なんて?」と震える声で聞き返すと、彼は足を止めて振り返った。

「二十年前に山で行方不明になった都野窪の長男、それが魁だよ」
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