おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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第一章 馴染むところから始めます

23.色んな意味で恐怖を覚える

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 息吹戸いぶきどの足音が遠ざかって、「やれやれ……」と、玉谷たまやが頭を掻きながら自分のデスクに戻る。
 部下たちは今見た事が信じられないのか、頬をつまんだり叩いたりして現実かどうか確認していた。

「幻じゃない!」

 現実だと分かった彼雁ひがんは、滑りそうな勢いで玉谷たまやの傍に寄ってきた。恐れてビクビクしながらドアを指し示す。

「ああああ、あの、部長。息吹戸いぶきどさんの様子、凄く変じゃ……」

 その声が気つけになったのか、端鯨たんげいが勢いよく玉谷たまやに振り返った。極寒の地から生還した人のように顎を小刻みに動かしている。

「どどどど怒鳴らないししししなな殴ってこないししししい、息吹戸いぶきどですよねねねあれ」

 どんな凶悪な禍神まがかみと対じしても決して怯まない部下たちが、ここまで挙動不審になるとは。と玉谷たまやは呆れた様に交互に二人に視線を向ける。

息吹戸いぶきどは記憶喪失になっとる」

「はあ!?」
「はあ!?」

 二人とも大声を出す。

「いやでも、彼女は記憶喪失何回かやってますけど、あんなに大人しいことなかったじゃないですか!? 根本的性格はそのままでしたよ!?」

 直ぐに否定する彼雁ひがん

「それは……」

「本人はなんて言っていますか?」

 若干落ち着きを取り戻した端鯨たんげいが口を開いた。

 呪詛の影響で記憶が欠落することは多々ある。討伐対策部に所属する者は強力な力の直撃を受け、記憶を失ってしまう経験が何度かある。

 息吹戸いぶきどの頻度は多いが、それでも『~が欠けてしまった』とか『その辺の事が抜け落ちている』とある程度、周囲に知らせている。
 まぁ、思い出せない苛立ちを他者にぶつけてくることは多かったが。

 今回もそのパターンだと思って訊ねたのだが、玉谷たまやは困った様に腕を組んだので、二人は、え? と眉を潜める。

息吹戸いぶきどではなく別人だ。と言っていたが」

「別人……。誰かの魂が息吹戸いぶきどの体に宿った……ということでしょうか?」

 先ほどの姿をみたらそう思えてしまうが、端鯨たんげいの考えを玉谷たまやは一蹴した。

「だが、オーラは息吹戸いぶきどそのものだ」

 溢れだす生命エネルギーは彼女特有の力強さと癖があり、偽物ではないと確信できる。

「確かにそうですね。息吹戸いぶきどさんで間違いないと断言できます」

 それに、と彼雁ひがんは続ける。

「別人だとすると、息吹戸いぶきどさんの魂が消滅したって言ってるようなもんですし。彼女をどうにか出来るなんて禍神まがかみでも困難ですよね!」

「それもそうだな! カミナシで最強女王様だしな!」

 あはははと二人の笑う姿をみて、玉谷たまやは綻んだ表情を浮かべた。
 笑い終わった端鯨たんげいは額に手を当てる。

「しかし。あの様子だと業務に支障がでそうだぞ」

「それもそうですね。女王様の抱えている案件は俺らの実力じゃ足元にも及ばないし。部長、いつ頃記憶が戻るのか予想出来ますか?」

「ううむ。見ての通り、あれは強力な呪詛だろう。西側の部署にいる磐倉いわくらを呼ぼうとは思っているが……あっちの案件が済み次第だから、一か月以上はかかる」

 端鯨たんげんが「ん?」と声をだす。

磐倉いわくらさんに頼むという事は、もしや魂が別人とお考えで?」

 玉谷たまやの眉間に深い皺が寄った。

「念のためだ。磐倉いわくらならば、息吹戸いぶきどがどのような状態になっているか、正しく『知る』事が出来る」

「そうですね。自然に解除されるのを待つよりも、磐倉いわくら先輩に頼む方が早いかもしれません」

 磐倉いわくらは過去が見える能力を持っている。生まれてから今に至る時間から前世の状態も見通せる上、過去に通っていない道筋の先も見る事が出来る菩総日神ぼそういちしんの血を濃く受け継ぐ一人でもあった。

 記憶喪失・魂欠如の回復、転化解除とといった特殊技能にも特化しており、カミナシだけではなく、アメミットですら引っ張りだこになっている。常に転勤状態なので、所属地が本部だということも忘れそうなほどだ。

 彼雁ひがんの言葉に「そうだな!」と相槌を打つ端鯨たんげい玉谷たまやは彼らを見つめて声のトーンを低くする。

「今回はこの部署以外に息吹戸いぶきどの状態を漏らさないようにしろ。変な輩にそそのかされて、敵に回ってしまう可能性がある」

 確かにあれを見れば……。とデスクの事を思い出し「承知しました」と二人は頷いた。
 そして玉谷たまやはもう一つ念を押す。

息吹戸いぶきどは一般常識すら忘れているから、聞かれたら教えてやってほしい」

「ん゛!」
「うえ……」

 二人同時に拒否反応を示す。心底彼女に関わりたくない彼らは「精励せいれいします」と渋々頷いた。
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