おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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第一章 馴染むところから始めます

22.気まずさは気にしない

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 大きく背伸びをして体をほぐす。

(んあー。兎に角、私はカミナシに所属していて、モンスター退治や降臨儀式の阻止をするお仕事をしているってことなんだね。今はそれだけわかれば十分か)

 後は生活をしている内になんとなく慣れてくるだろう。若いんだし。と、気楽に考えながら、本を集めてトントンと揃える。

(今日はもう帰ろう)

 会議スペースから出ると、玉谷たまやのデスクの前で二人の社員が報告していた。先ほどの会話は彼らだろう。

 一人は二十代後半の男性は彼雁雅ひがんただしといい、マッシュヘアの髪型。温和な形の顔をして優男という感じだ。身長は百六十九センチほど。細い体つきにぴっちりとしたスーツを着て茜色と白のジャケットを羽織っている。

 一人は三十代前半の男性は端鯨誠也たんげんせいやといい、カリアゲのアップパンプの髪型。イケメンというほどではないが、良い感じの顔つきをしている。身長は百七十二センチほどでスーツが少し草臥れている。こちらも茜色と白のジャケットを羽織っている

 パタン。

 会議室スペースのドアが閉まり、音に気を取られて二人は同時に息吹戸いぶきどへ視線を向ける。バッチリ目が合った。

「!?」

 即座に二人とも顔色を青く変えながら、すぐに視線を外して報告を続ける。

(うーん。明らかに視線をそらされた。あれは近寄っていいものだろうか)

 三人の話はすぐに終わるような雰囲気ではなかった。

(ありゃ。時間かかりそう)

 まだかなー? と上半身を左右に揺らしながら待っていると、二人の背中がどんどん硬直していき、しまいにはカタカタと小さく震え始めた。

(寒いのかな?)

 思わず空調設備を見上げる。丁度いい温度の風が流れていた。

「……デ、あるから、して」

「ええと、つ、つまり、ハハハハハ……ハが」

「……」

 報告に身が入らなくなった彼雁ひがん端鯨たんげいを見て、玉谷たまやは深いため息を吐きながら、息吹戸いぶきどに視線を変えた。

息吹戸いぶきど

 玉谷たまやから声がかかった。

 これはチャンスとばかりに、息吹戸いぶきどはトトトと少しだけデスクに近づくと、近寄った分だけ遠ざかった彼雁《ひがん》と端鯨《たんげい》。彼らに会釈をしてから玉谷たまやに本を見せる。

「本を読み終わったんですけど、どこに返せばいいのか分からなくって」

「そこの戸棚の開いているスペースに適当に入れておけ」

 示された戸棚の列を確認して「はーい」と元気に返事をする。その姿に彼雁ひがん端鯨たんげいは目を白黒させた。

 息吹戸いぶきどが戸棚を開けると、資料や本がぎっしり詰まっている。

(ほうほうほうほう! これはこれは! 面白そうな本が沢山! 『血系』とか『和魂の会得』とか『儀式入門』とか、ヲタ心くすぐられる!)

 目をキラキラさせながら、次に読みたい本の目星をつけたところで、読み終わった本を隙間に刺していく。

 ぱたんと戸棚のふたを閉めて、その隣も開けてみた。

(こっちは事件簿みたい。大量だなぁ。ええと、信歴しんれき二五九一一年一月、二五九七一年二月……。二五九九一年五月……うん、馴染みなし。分からん)

 ぱたんと閉めた。次の戸棚のふたを開ける。

 名札を付けて箱に入っているものが殆どだが、剥きだしの短剣とかしめ縄とか、御札とか置かれている。

(うん。呪具置き場っぽい空気がする。わからん)

 ぱたんと閉めた。
 そうして隣接する戸棚を全て開けて中身を確認したところで

(あ。私なにも持ってない。鍵もスマホも財布も。ここに置きっぱなしなのかも)

 くるりと個人ブースへ移動する。一つ一つ覗いてみるが、見覚えが全くない。
 どこが自分の席か分からずぐるぐると歩いていると、玉谷たまやが立ち上がり、彼のデスクのすぐ前にある右側のデスクを示した。

「お前の机はここだ」

「あざーっす!」

 救世主をみたとばかりにキラキラした目を送ると、玉谷たまやは冷や汗を額に浮かべて頷く。彼雁ひがんは部屋の隅に慌てて逃げて、端鯨たんげいはそのまま固まってしまった。

「そちらのお二人は、私の同僚さんですか?」

 奇行を気にせず話しかけると、二人は驚愕な表情になった。
 玉谷たまやも驚いたが、平静を装い彼らを示す。

「部屋の隅に居るのが彼雁雅ひがんただし。そこに居るのが端鯨誠也たんげいせいやだ。二人ともお前の後輩だ」

「まじか! 私よりも年上っぽ…………。私何歳ですっけ?」

「今年二十二歳だ」

「若い!」

 と叫んだところで、白目の彼雁ひがんと、目を見開いた端鯨たんげいをみて、咄嗟に両手で口を押える。

「すいません。お邪魔しました。私に気にせず話を続けてください」

「!?」

 二人が驚いた石像のように硬直したが、オーバーリアクションに気にすることなく、教えてもらったデスクへ向かう。

「うーん」

 パッと見て、汚い。
 書類が溜まっている。筆記用具もつかったまま放置されている。ノーパソは充電が切れていた。

(うんうん、性格が大体分かった)

 散らかっている物はあとで片づけるとして、今は鍵と財布とスマホ確保だ。
 早速中身を漁るが、予想通り、引き出しの中もぐちゃぐちゃだ。

「わぁ汚い。後にしようと思ったけどダメだこりゃ。探しながら整理しないと」

 思わず声に出すほど、酷かった。

 紙の皺を手でなめしながら物別けをしていく。突っ込まれていたのは殆ど書類で、内容読んでも分からないが一応日付順に並べてみる。後日、誰かに聞きながら細かく整頓するつもりだ。今はザックリでいい。

「くっそおおお。まとめるファイルすらない。おおおおううう! こんな奥にゴミ突っ込んでるううう! デスクでこれじゃ、家の中も相当かもしれない。これは覚悟しとかないといけないぞ」

 文句を言いながらもササッとデスクの中を整理する息吹戸いぶきど
 普段の彼女からは想像もつかない行動に度肝抜かれ、三人は固唾をのんで見守っていた。

 書類の整理を始めてから数分後、どんどん書類がまとまって整頓されていった。手際が良く片付け慣れていると伝わる。
 なんでもかんでも引き出しに突っ込んでいた人間のやることじゃない。と三名は困惑したようにそれぞれ顔をみた。

 その更に五分後、息吹戸いぶきどは、あ、と声を出す。
 引き出しの奥、丸まった書類の隙間から三つの鍵と財布、電子腕時計を発掘した。

「鍵あったーーーー! 財布合ったーーーー! これで家に帰れる!」

 きっとスマホは家に忘れてきたのだろう。
 整えた書類を、スペースの開いた引き出しに丁寧に入れた。

 そしてくるっと玉谷たまやに向き直るとお辞儀をする。

「じゃぁ部長、また明日……明後日かな! 何時までに入ったらいいですか?」

「朝の八時半だ」

「了解です! ではお先に失礼します! そちらの方々もお先に失礼します!」

「!?」

 彼雁ひがん端鯨たんげいにお辞儀をしたらドン引きされたが、息吹戸いぶきどはルンルン気分で職場を後にした。仕事が終わるとテンションがあがるものだ。

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