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第一章 馴染むところから始めます
19.義理父と書いてパパと読む
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「こほん」
息吹戸は咳払いをして注目させた。この際、玉谷について聞いておこうと決めた。まずは彼の家族だ。
「部長さんはご結婚をされていますよね。奥様やお子さんはどんな方なんですか?」
「……」
玉谷は茫然とした表情になり、辛そうに視線をそらした。
その態度だけで息吹戸の背中に冷や汗が流れる。
(これやらかたした!)
嫌な予感がするが質問は取り消せない。
仕方なく、黙ったままの玉谷が話し始めるのを待った。
「……居た」
時間としては一分も満たなかったが、重々しく帰ってきた過去形の言葉に、息吹戸は内心頭を抱えた。
(やややややっちまったーーーー! これ深い傷があるやつだ!)
「亡くなったよ。五年前に」
「そ、れは、大変失礼しました……」
玉谷の悲しそうな表情を見た息吹戸は顔を引きつらせながら頭を下げた。本当ならば両手を合わせて盛大に謝罪したかったが、心に反応して体が動いたのはこの程度であった。
(義理の父ばかりか、義理の母も忘れている娘という構図。どう思うだろうか。いい気分しないよね。落ち込むのも当然だ!)
考えただけで息吹戸の胃がキリキリ痛む。実際には胃が痛くないのでメンタルにダメージを受けている。
玉谷もあの記憶や思い出が彼女から落ちていることにショックを受けて胃が激しく痛んだ。
お互いに胃がキリキリ痛んだところで、玉谷は苦笑いを浮かべる。
「この話はまた後日、時間を取って話そう。その前に思い出すかもしれんからな」
「はい。そうしてください」
居た堪れない気持ちを十二分に味わったところで、息吹戸は玉谷を真っ直ぐ見る。
もう気持ちは切り替えた。
「では、ここでは部長と呼べばいいのですね」
「そうだな。職場では儂とお前が家族だと知らん」
「なるほど」と呟いて、息吹戸は少し頬を赤らめた。
「なら、ええと。もし、宜しければ、二人っきりとか、外でとか、外出中は呼び方を変えてもいいですか?」
玉谷が「ん?」と不思議そうに聞き返すと、息吹戸は目を輝かせて前のめりになり詰め寄る。
「パパって呼んでもいいですか!?」
ガタン!
玉谷は椅子からずり落ちた。驚愕の表情を浮かべて「は?」と疑問形の声を出す。
「え? だって義理とはいえパパでしょ? だからパパ」
「は? いや、なん、はあ?」
「パパ、駄目ですか?」
息吹戸がしょんぼりしながら手を組んでおねだりをする。その目つきは真剣であり本気を伺わせる。
「え……あ」
衝撃が強すぎて玉谷は床から立ち上がれない。
「駄目ですか? パパ」
「う、ぐ……」
確かに、引き取った直後はそう呼んでほしかったと記憶の感情が引っ張り起こされる。だが今更と困惑するのも事実。
「パパがダメなら、お父さんでも……」
うるうるした目で見つめられ、玉谷は折れた。
「分かった。好きなように呼びなさい」
椅子に座り直して観念した様に言うと、息吹戸はスタンディングオベーションのように立ち上がって歓喜の声を挙げた。
「やったああああ! 私、前々から優しいパパが欲しいって思ってたんですよね! しかもダンディで紳士とか最高じゃないですか! 私にパパが出来たなんて嬉しいずっと夢だった!」
なんだか泣きそうになった。
(ずっと願っていた事が、ここで叶うなんて!)
うっすら浮かぶ涙を手の甲でこすると、玉谷が心配そうに声をかけた。
「どうした?」
「あ、なんでもありません」
テンションを沈めて椅子に座る。
「そうだ。部長さんのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「玉谷紫黄だ」
「玉谷部長さんですね!」
満足そうに頷いて、息吹戸は柔らかく微笑んだ。
「……!」
玉谷は今まで見た事のない娘の笑顔に呆気にとられた。口を半開きにして困惑色を浮かべる。
数秒固まってからハッと意識を戻すと、改めて対話の様子を振り返った。
今までの息吹戸の面影が全くない。別人と話しているようだと思いそうになり頭を左右に振る。
「こ、今回の記憶喪失は、今までにない程強力だ、な」
「うん? 今回のって?」
息吹戸は首を捻った。
息吹戸は咳払いをして注目させた。この際、玉谷について聞いておこうと決めた。まずは彼の家族だ。
「部長さんはご結婚をされていますよね。奥様やお子さんはどんな方なんですか?」
「……」
玉谷は茫然とした表情になり、辛そうに視線をそらした。
その態度だけで息吹戸の背中に冷や汗が流れる。
(これやらかたした!)
嫌な予感がするが質問は取り消せない。
仕方なく、黙ったままの玉谷が話し始めるのを待った。
「……居た」
時間としては一分も満たなかったが、重々しく帰ってきた過去形の言葉に、息吹戸は内心頭を抱えた。
(やややややっちまったーーーー! これ深い傷があるやつだ!)
「亡くなったよ。五年前に」
「そ、れは、大変失礼しました……」
玉谷の悲しそうな表情を見た息吹戸は顔を引きつらせながら頭を下げた。本当ならば両手を合わせて盛大に謝罪したかったが、心に反応して体が動いたのはこの程度であった。
(義理の父ばかりか、義理の母も忘れている娘という構図。どう思うだろうか。いい気分しないよね。落ち込むのも当然だ!)
考えただけで息吹戸の胃がキリキリ痛む。実際には胃が痛くないのでメンタルにダメージを受けている。
玉谷もあの記憶や思い出が彼女から落ちていることにショックを受けて胃が激しく痛んだ。
お互いに胃がキリキリ痛んだところで、玉谷は苦笑いを浮かべる。
「この話はまた後日、時間を取って話そう。その前に思い出すかもしれんからな」
「はい。そうしてください」
居た堪れない気持ちを十二分に味わったところで、息吹戸は玉谷を真っ直ぐ見る。
もう気持ちは切り替えた。
「では、ここでは部長と呼べばいいのですね」
「そうだな。職場では儂とお前が家族だと知らん」
「なるほど」と呟いて、息吹戸は少し頬を赤らめた。
「なら、ええと。もし、宜しければ、二人っきりとか、外でとか、外出中は呼び方を変えてもいいですか?」
玉谷が「ん?」と不思議そうに聞き返すと、息吹戸は目を輝かせて前のめりになり詰め寄る。
「パパって呼んでもいいですか!?」
ガタン!
玉谷は椅子からずり落ちた。驚愕の表情を浮かべて「は?」と疑問形の声を出す。
「え? だって義理とはいえパパでしょ? だからパパ」
「は? いや、なん、はあ?」
「パパ、駄目ですか?」
息吹戸がしょんぼりしながら手を組んでおねだりをする。その目つきは真剣であり本気を伺わせる。
「え……あ」
衝撃が強すぎて玉谷は床から立ち上がれない。
「駄目ですか? パパ」
「う、ぐ……」
確かに、引き取った直後はそう呼んでほしかったと記憶の感情が引っ張り起こされる。だが今更と困惑するのも事実。
「パパがダメなら、お父さんでも……」
うるうるした目で見つめられ、玉谷は折れた。
「分かった。好きなように呼びなさい」
椅子に座り直して観念した様に言うと、息吹戸はスタンディングオベーションのように立ち上がって歓喜の声を挙げた。
「やったああああ! 私、前々から優しいパパが欲しいって思ってたんですよね! しかもダンディで紳士とか最高じゃないですか! 私にパパが出来たなんて嬉しいずっと夢だった!」
なんだか泣きそうになった。
(ずっと願っていた事が、ここで叶うなんて!)
うっすら浮かぶ涙を手の甲でこすると、玉谷が心配そうに声をかけた。
「どうした?」
「あ、なんでもありません」
テンションを沈めて椅子に座る。
「そうだ。部長さんのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「玉谷紫黄だ」
「玉谷部長さんですね!」
満足そうに頷いて、息吹戸は柔らかく微笑んだ。
「……!」
玉谷は今まで見た事のない娘の笑顔に呆気にとられた。口を半開きにして困惑色を浮かべる。
数秒固まってからハッと意識を戻すと、改めて対話の様子を振り返った。
今までの息吹戸の面影が全くない。別人と話しているようだと思いそうになり頭を左右に振る。
「こ、今回の記憶喪失は、今までにない程強力だ、な」
「うん? 今回のって?」
息吹戸は首を捻った。
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