おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

文字の大きさ
上 下
16 / 33
第一章 馴染むところから始めます

16.質問に疑問で答える

しおりを挟む
 息吹戸いぶきどが座ったタイミングで会議スペースのドアが開いた。
 玉谷たまやが小分け袋に入ったクッキーとお茶のペットボトルを手に持っている。座る前にテーブルに置くとスッと息吹戸いぶきどの方へ寄せた。首を傾げると、玉谷たまやは苦笑する。

「ほら。さっきパン落としただろう。このお菓子でも食べなさい」

 どうやら、玉谷たまやがデスクで探していたのは食べ物だったようだ。衝撃が強すぎて息吹戸いぶきどは空腹を忘れていたというのに。

(ううう。優しい)

 彼の心遣いに感謝しながら息吹戸いぶきどはペコリと会釈をする。

「ありがとうございます。頂きます」

 息吹戸いぶきどはお茶のペットボトルを受け取って、飲む前に製造元を確認してみた。
天路あまじ中央市、手等てと工場』と書かれている。
 地名に見覚えがない。

(どこだここ。どう考えても、知らない場所だなぁ)

 そして一口飲む。緑茶の味は変わらない。口腔と喉を潤して胃の中に落ちると、和の境地に行き着いたとばかりに、はぁ~~、と深いため息をついた。

 息吹戸いぶきどは改めて、車に乗る前の出来事を振り返る。

 何も覚えていない事を告げたら、玉谷たまやは最初「お前も冗談を言うんだな」と笑っていた。
 信じて貰えない。と、しょんぼりしていたら「ほんとなのか?」と再確認された。
 何度も説明を繰り返すと本部へ戻るよう提案され従った。信じたかどうか分からないが、彼は『私』に対して不当な扱いはしないはずだと直感がした。

 そこまで振り返ると空腹が強く訴え疲労がドッと押し寄せてきた。本人に自覚はないが、なんだかんだで激動の一戦を終え体力と精神力が疲労している。肉体が栄養と休息を求めるのは当然だった。

(食べよ。空腹は判断力低下させるから駄目だし、毒があればその時はその時で)

 クッキーを口に入れる。サクサクホロホロのバタークッキーだ。甘さに思わず顔が緩む。

(美味しい)

 何気なく見たクッキーの入れ物。製造元は『天路中央市、手等工場』と書かれていた。

 やっぱり知らない地名だ。と軽く首を捻ったところで、ここに来た経緯の続きを思い出す。
 車に乗り数分で直ぐに寝落ちしてしまった。起きたら本部についていた。

(車の中で寝ちゃってたけど。結局、夢から覚めてなかったな。うーん。未だにここが現実とは思えない。でもなんで何も思い出せないの?)

 クッキーを全て平らげ、下を向きながらペットボトルを弄んでいると、視線を感じたので目線をあげる。
 玉谷たまやと目が合った。彼は息吹戸いぶきどが食べ終わった後も、落ち着くまで待っていたようだ。

「あ。ご馳走様でした」

 クッキーの入れ物を綺麗にたたみ、ペットボトルの蓋を絞める。
 玉谷たまやは驚いたように手元のゴミと息吹戸いぶきどの顔を交互に見つめ、軽く咳払いをした。

「よし。色々確認しよう。まず、自分の名を言えるか?」

「えーと……」

 取り調べをするような、探りが入った鋭い視線がビシビシ突き刺さる。ここに来てから、事有る事に視線が刺さるので彼女は慣れ始めていた。

「名前も覚えてないです。津賀留つがるちゃんや部長さんから、『息吹戸いぶきど』って呼ばれるけど。あの、息吹戸いぶきどって苗字なの? 名前なの? ……いや、流石に苗字か」

「……」

 玉谷たまやは眉間に深い皺を寄せながら片手で額を隠した。数秒後、気を取り直して顔から手を離した。

「質問を変えよう。覚えている事はあるか?」

 息吹戸いぶきどは顔を斜めに、しすぎて体も少し斜めになった。

「うーん。えーと。趣味と趣向以外、ほんとに全く何も覚えてない」

 「年齢は?」と聞かれ「分からない」と答える。
 「家族は? 親の名前は?」と聞かれ「分からない」と答える。
 
 血液型は、身長は、体重は、学校は、住んでいる場所は、友人は、カミナシのことは……等、生い立ちに関する質問を受けるが、どれもこれも「分からない」「覚えていない」という返答しか戻ってこず、玉谷たまやは衝撃を受けた。

「本当に、全く、覚えていないのか?」

 かすれた声で呟くと、息吹戸いぶきどは頷いた。

 まだ怒っているのか。遊んでいる場合じゃないぞ。いい加減な嘘を言うな。そんな言葉が玉谷たまやの脳裏をよぎった。疲労の色を濃くした彼は一度目を瞑る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

千変万化の最強王〜底辺探索者だった俺は自宅にできたダンジョンで世界最強になって無双する〜

星影 迅
ファンタジー
およそ30年前、地球にはダンジョンが出現した。それは人々に希望や憧れを与え、そして同時に、絶望と恐怖も与えた──。 最弱探索者高校の底辺である宝晶千縁は今日もスライムのみを狩る生活をしていた。夏休みが迫る中、千縁はこのままじゃ“目的”を達成できる日は来ない、と命をかける覚悟をする。 千縁が心から強くなりたいと、そう願った時──自宅のリビングにダンジョンが出現していた! そこでスキルに目覚めた千縁は、自らの目標のため、我が道を歩き出す……! 7つの人格を宿し、7つの性格を操る主人公の1読で7回楽しめる現代ファンタジー、開幕! コメントでキャラを呼ぶと返事をくれるかも!(,,> <,,) カクヨムにて先行連載中!

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...