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第一章 馴染むところから始めます
16.質問に疑問で答える
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息吹戸が座ったタイミングで会議スペースのドアが開いた。
玉谷が小分け袋に入ったクッキーとお茶のペットボトルを手に持っている。座る前にテーブルに置くとスッと息吹戸の方へ寄せた。首を傾げると、玉谷は苦笑する。
「ほら。さっきパン落としただろう。このお菓子でも食べなさい」
どうやら、玉谷がデスクで探していたのは食べ物だったようだ。衝撃が強すぎて息吹戸は空腹を忘れていたというのに。
(ううう。優しい)
彼の心遣いに感謝しながら息吹戸はペコリと会釈をする。
「ありがとうございます。頂きます」
息吹戸はお茶のペットボトルを受け取って、飲む前に製造元を確認してみた。
『天路中央市、手等工場』と書かれている。
地名に見覚えがない。
(どこだここ。どう考えても、知らない場所だなぁ)
そして一口飲む。緑茶の味は変わらない。口腔と喉を潤して胃の中に落ちると、和の境地に行き着いたとばかりに、はぁ~~、と深いため息をついた。
息吹戸は改めて、車に乗る前の出来事を振り返る。
何も覚えていない事を告げたら、玉谷は最初「お前も冗談を言うんだな」と笑っていた。
信じて貰えない。と、しょんぼりしていたら「ほんとなのか?」と再確認された。
何度も説明を繰り返すと本部へ戻るよう提案され従った。信じたかどうか分からないが、彼は『私』に対して不当な扱いはしないはずだと直感がした。
そこまで振り返ると空腹が強く訴え疲労がドッと押し寄せてきた。本人に自覚はないが、なんだかんだで激動の一戦を終え体力と精神力が疲労している。肉体が栄養と休息を求めるのは当然だった。
(食べよ。空腹は判断力低下させるから駄目だし、毒があればその時はその時で)
クッキーを口に入れる。サクサクホロホロのバタークッキーだ。甘さに思わず顔が緩む。
(美味しい)
何気なく見たクッキーの入れ物。製造元は『天路中央市、手等工場』と書かれていた。
やっぱり知らない地名だ。と軽く首を捻ったところで、ここに来た経緯の続きを思い出す。
車に乗り数分で直ぐに寝落ちしてしまった。起きたら本部についていた。
(車の中で寝ちゃってたけど。結局、夢から覚めてなかったな。うーん。未だにここが現実とは思えない。でもなんで何も思い出せないの?)
クッキーを全て平らげ、下を向きながらペットボトルを弄んでいると、視線を感じたので目線をあげる。
玉谷と目が合った。彼は息吹戸が食べ終わった後も、落ち着くまで待っていたようだ。
「あ。ご馳走様でした」
クッキーの入れ物を綺麗にたたみ、ペットボトルの蓋を絞める。
玉谷は驚いたように手元のゴミと息吹戸の顔を交互に見つめ、軽く咳払いをした。
「よし。色々確認しよう。まず、自分の名を言えるか?」
「えーと……」
取り調べをするような、探りが入った鋭い視線がビシビシ突き刺さる。ここに来てから、事有る事に視線が刺さるので彼女は慣れ始めていた。
「名前も覚えてないです。津賀留ちゃんや部長さんから、『息吹戸』って呼ばれるけど。あの、息吹戸って苗字なの? 名前なの? ……いや、流石に苗字か」
「……」
玉谷は眉間に深い皺を寄せながら片手で額を隠した。数秒後、気を取り直して顔から手を離した。
「質問を変えよう。覚えている事はあるか?」
息吹戸は顔を斜めに、しすぎて体も少し斜めになった。
「うーん。えーと。趣味と趣向以外、ほんとに全く何も覚えてない」
「年齢は?」と聞かれ「分からない」と答える。
「家族は? 親の名前は?」と聞かれ「分からない」と答える。
血液型は、身長は、体重は、学校は、住んでいる場所は、友人は、カミナシのことは……等、生い立ちに関する質問を受けるが、どれもこれも「分からない」「覚えていない」という返答しか戻ってこず、玉谷は衝撃を受けた。
「本当に、全く、覚えていないのか?」
かすれた声で呟くと、息吹戸は頷いた。
まだ怒っているのか。遊んでいる場合じゃないぞ。いい加減な嘘を言うな。そんな言葉が玉谷の脳裏をよぎった。疲労の色を濃くした彼は一度目を瞑る。
玉谷が小分け袋に入ったクッキーとお茶のペットボトルを手に持っている。座る前にテーブルに置くとスッと息吹戸の方へ寄せた。首を傾げると、玉谷は苦笑する。
「ほら。さっきパン落としただろう。このお菓子でも食べなさい」
どうやら、玉谷がデスクで探していたのは食べ物だったようだ。衝撃が強すぎて息吹戸は空腹を忘れていたというのに。
(ううう。優しい)
彼の心遣いに感謝しながら息吹戸はペコリと会釈をする。
「ありがとうございます。頂きます」
息吹戸はお茶のペットボトルを受け取って、飲む前に製造元を確認してみた。
『天路中央市、手等工場』と書かれている。
地名に見覚えがない。
(どこだここ。どう考えても、知らない場所だなぁ)
そして一口飲む。緑茶の味は変わらない。口腔と喉を潤して胃の中に落ちると、和の境地に行き着いたとばかりに、はぁ~~、と深いため息をついた。
息吹戸は改めて、車に乗る前の出来事を振り返る。
何も覚えていない事を告げたら、玉谷は最初「お前も冗談を言うんだな」と笑っていた。
信じて貰えない。と、しょんぼりしていたら「ほんとなのか?」と再確認された。
何度も説明を繰り返すと本部へ戻るよう提案され従った。信じたかどうか分からないが、彼は『私』に対して不当な扱いはしないはずだと直感がした。
そこまで振り返ると空腹が強く訴え疲労がドッと押し寄せてきた。本人に自覚はないが、なんだかんだで激動の一戦を終え体力と精神力が疲労している。肉体が栄養と休息を求めるのは当然だった。
(食べよ。空腹は判断力低下させるから駄目だし、毒があればその時はその時で)
クッキーを口に入れる。サクサクホロホロのバタークッキーだ。甘さに思わず顔が緩む。
(美味しい)
何気なく見たクッキーの入れ物。製造元は『天路中央市、手等工場』と書かれていた。
やっぱり知らない地名だ。と軽く首を捻ったところで、ここに来た経緯の続きを思い出す。
車に乗り数分で直ぐに寝落ちしてしまった。起きたら本部についていた。
(車の中で寝ちゃってたけど。結局、夢から覚めてなかったな。うーん。未だにここが現実とは思えない。でもなんで何も思い出せないの?)
クッキーを全て平らげ、下を向きながらペットボトルを弄んでいると、視線を感じたので目線をあげる。
玉谷と目が合った。彼は息吹戸が食べ終わった後も、落ち着くまで待っていたようだ。
「あ。ご馳走様でした」
クッキーの入れ物を綺麗にたたみ、ペットボトルの蓋を絞める。
玉谷は驚いたように手元のゴミと息吹戸の顔を交互に見つめ、軽く咳払いをした。
「よし。色々確認しよう。まず、自分の名を言えるか?」
「えーと……」
取り調べをするような、探りが入った鋭い視線がビシビシ突き刺さる。ここに来てから、事有る事に視線が刺さるので彼女は慣れ始めていた。
「名前も覚えてないです。津賀留ちゃんや部長さんから、『息吹戸』って呼ばれるけど。あの、息吹戸って苗字なの? 名前なの? ……いや、流石に苗字か」
「……」
玉谷は眉間に深い皺を寄せながら片手で額を隠した。数秒後、気を取り直して顔から手を離した。
「質問を変えよう。覚えている事はあるか?」
息吹戸は顔を斜めに、しすぎて体も少し斜めになった。
「うーん。えーと。趣味と趣向以外、ほんとに全く何も覚えてない」
「年齢は?」と聞かれ「分からない」と答える。
「家族は? 親の名前は?」と聞かれ「分からない」と答える。
血液型は、身長は、体重は、学校は、住んでいる場所は、友人は、カミナシのことは……等、生い立ちに関する質問を受けるが、どれもこれも「分からない」「覚えていない」という返答しか戻ってこず、玉谷は衝撃を受けた。
「本当に、全く、覚えていないのか?」
かすれた声で呟くと、息吹戸は頷いた。
まだ怒っているのか。遊んでいる場合じゃないぞ。いい加減な嘘を言うな。そんな言葉が玉谷の脳裏をよぎった。疲労の色を濃くした彼は一度目を瞑る。
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