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序章 いつものホラーアクション夢

10.転化を解く鏡の力で今度こそ救出成功

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「鏡よ。邪魔なモノを払って、津賀留つがるちゃんの本来の姿に戻して!」

 『私』の声に共鳴するように等身大の青銅鏡せいどうきょうが現れた。
 呪われている津賀留つがるの姿を映し込むと、異物をするりと消して、彼女の本来の姿を映し出した。
 すると、現実でも変化が起こる。

 津賀留つがるの体にあった貝がさらさらと崩れていき、マーブル模様の肌も消えた。
 ものの数秒で、バランスの良い上品で愛らしい顔が出てくる。

「なん!?」

 彼女の変化に驚きすぎて声を失い、固まる祠堂しどう

「……?」

 津賀留つがるは自分の身に何も起こらない事を不思議に思って、薄眼を開ける。
 そこには青銅鏡せいどうきょうに写り込む本来の姿が見えて「え!?」と驚きの声をだし、パッと目を見開いた。
 艶々した肌に血色の良い頬がある。目を丸くさせており、ピンク色の綺麗な唇がぽかんと口を開けている。

「こ、これ、は?」

 心底驚き目を見張りながら、そっと自身の頬に額を触っていく。まず手触りを確認。次に腕や首や足の肌を確認する。

「もど、て、る……」

 転化てんかが解けたと理解すると、津賀留つがるは、すとん、と肩の力が抜けて脱力した。

「助かった、の……? 死ななくて、いいの……?」

 津賀留つがるから一筋の涙が頬を伝った。
 それは悲しみではなく、喜びの涙だった。  

 彼女の涙を写す前に、役目を終えた青銅鏡せいどうきょうがスッと消えた。

 「なるほど」と小さく呟きながら、『私』は感心した様に腕を組んだ。

(狙い通り。鏡の逸話いつわもとづく力が私の能力みたい。いや、今回は二人が慕う菩総日神様が力を貸してくれた可能性もある。とはいえ、どっちにしても助かった)

 成す術もなく津賀留つがるを殺すことになっていたらと思うとぞっとする。
 『私』はやっとホッとして胸をなでおろし、肩の力を抜いた。
 いや、抜き|かけて止めた。
 もう一人、転化《てんか》中の人間が居たのだ。津賀留つがるの知人なら助けておかなければならない。
 ヒロイン津賀留を笑顔にさせることが、『私』の使命だ。

「さてさて、この力は連発できるかな~」

 『私』は小鳥の前に移動して、顔を隠しているフードを取っ払い、先ほどと同じように青銅鏡せいどうきょうに姿を映し出す。
 彼の本来の姿は五十代で、筋肉ムキムキのスキンヘッド男性だった。

 転化てんかが解け、うすっぺらかったローブが瞬く間に筋肉に添って盛り上がる。
 もこもことローブの中がうごめくほど劇的な変化。ちょっと気持ち悪くて後ずさりしてしまった。
 元の肉体に戻った途端に寝返りをしたので、大丈夫だろう。きっと。

(そういえば、彼は傷を負ってるんだっけ?)

 助ける為とはいえ、蹴ってしまったダメージもある。
 確認しておこうと、しゃがみこんでローブの袖を捲る。
 
 腕に真新しい傷があった。鋭利な刃物で切りつけられたような刺傷だ。
 乾ききっておらず鮮血が薄く垂れている。

(怪我はそのままだから、肉体回復はなしで、呪詛解除じゅそかいじょのみってことか)

 確認し終わって立ち上がる。

 技の連発でちょっとだけ疲労感がでてきた。
 ため息を吐いて肩を回すと、二人の視線が痛い程突き刺さった。
 祠堂しどうが目を白黒させて軽くのけ反っていたし、津賀留つがるは茫然と眺めていた。

「なに?」

 『私』は後ろを振り返って二人に呼びかけると、応えたのは祠堂しどうだった。
 
「ファウストの現身うつしみにそんな力があったなんて驚いた」

転化てんかを解く術を得ている者はそう多くない。ましてや彼女がそれを行えるとは全くの予想外だった。
 近くにこの術を使える者がいれば、転化てんかによって無意味な死を選ばなくても済むと浮つくが、その反面、なぜ今まで使わなかったのかと憤りも覚える。

 二つの反する感情に混乱した祠堂しどうは、つい、いつもの癖でギリッと強く睨んだ。

「なんで今まで黙っていた!? それがあれば間に合った奴も……」

「初めてやったもん」

 あっけらかんと言い放った『私』の言葉に、祠堂しどうが「ん?」と眉を潜める。
 
「今。初めて試してみたら成功したのよ」

 『私』は首を傾げながら頬に手を添える。
 怒鳴られるのは不本意だが、津賀留つがるの行動をみるに、転化てんかを阻むべく死を選ぶ人間が多くいたと容易に想像できた。
 『私』は彼に会うのは初めてだが、祠堂しどうは面識がある上、よく知っている態度をとっている。おそらく、今まで使えたのに勿体ぶっていたのか? とでも言いたかったのだろう。
 全く持って見当違いだけども。

「今、初めて試した?」と二人の声が見事にハモった。

「え。でも、なんで急に使えるようになったんですか?」と津賀留つがる
 
「その力は元々あったものなのか?」と祠堂しどう

 二人の質問に対して『私』は「良くわからない」と曖昧に答えた。

 納得いかないと眉を潜める二人に対して、『私』はもう少し具体的に答える。

「鏡にまつわる神話をイメージしたら、出来ただけ」

「神話……? なんだそれ?」

 意味が分からないと言いながら、頭を掻く祠堂しどう
 『私』は肩をすくめた。

「まぁ細かい事は気にしない。終わり良ければすべて良し、ってね。さてと、この人連れて帰らなきゃ」

 小鳥を肩に担ぐと物凄く重かった。持てないほどではないがエレベーターが欲しいところだ。

「私って力持ちだなぁ。あ、津賀留つがるちゃんは一人で歩ける?」

 呼びかけると津賀留つがるは立ち上がった。

「はい! 大丈夫です!」

 右手をしゅっと挙げて元気よく答えるからより一層愛らしさが増した。

(ローブがワンピースみたいで可愛い)

 彼女を数秒眺めてから、祠堂しどうに視線を向ける。

「ヤンキーお兄さんはどうする? 応援呼ぶ?」

 祠堂しどうはチラッと鏡の向こう側を確認して、苦笑いを浮かべた。

「いいや。その必要はない。後始末はカミナシに任せる」

「そういえば、洪水あったけど生存者いる?」

「残念ながら生存者はいない。今はこのまま閉じておくのが一番だ」

「そっかー」

 寄って鏡を覗いてみると、地面に描かれた魔法陣が消え周囲に服だけが点々と落ちていた。禍神まがかみもいないので儀式を阻止できたが、多くの犠牲者は出てしまった。

「あちゃ~。放置した生贄は全滅しちゃったか」

 他に知り合いが居ないことを祈りつつ、「しょうがないね」と『私』は鏡に背を向けた。
 救える命は限られている。優先順位をつけた結果だった。

「すいません。私がもっと注意していれば……」

「どんまい。助かったんだから良しとしよう」

「有難うございます。次はこんなミスしません、絶対に」

 悔しそうに唇を噛みながら津賀留つがるは『私』の後を追ってくる。その足取りはふらついて危なげだ。

「行こうか」

 空いている左手で津賀留つがるの右手をぎゅっと握ったら、彼女は吃驚したように瞬きをしたが、「はい」と嬉しそうに頷いた。


 
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