おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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序章 いつものホラーアクション夢

転化を解く鏡の力

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「鏡よ。邪魔なモノを払って、津賀留つがるちゃんを本来の姿に戻して!」

 出るんだ! と強く念じたことが功を奏したか、『私』の声に反応するかのように青銅鏡が現れた。
 二メートルほどの大きさがあるため、津賀留つがるの全身が鏡面に写る。鏡に映る彼女は現実とは異なる姿をしていた。たくさんのフジツボが全身を覆うように引っ付いており、フジツボが人型を形成しているように見える。

(フジツボ怪人……従僕じゅうぼくになるとこの姿になるのかな?)

 そんなことを考えていると、青銅鏡の鏡面から、カッ、と光が溢れた。津賀留つがるに引っ付いていたフジツボが砂になって落ちていき、マーブル模様がみるみる漂白されて人間の肌色に変化する。

 鏡面にうつる異物が消え去ると、現実に変化が起こった。
 津賀留つがるの体から生えていた貝がさらさらと崩れていき、肌のマーブル模様が跡形もなく消える。

「なんっ……!?」

 津賀留つがるがものの数秒で元の姿に戻ったのを見て、祠堂しどうは声を失い硬直した。

「戻ったかな? 目を開けてみてよ」

 『私』の呼びかけに反応して、津賀留つがるがおそるおそる薄眼になった。
 目の前に鏡が浮かんでいたのに驚き、正座したままぴょんと跳ねてから、映っている姿を見て「え!?」と声を上げる。

 艶々した肌に血色の良い頬とピンク色の綺麗な唇がある。
 白いローブをめくって手足を、腹部を触ってフジツボを探すが、綺麗に消え去っていた。
 津賀留つがるはおそるおそる自分の頬と額を触る。ざらりとした冷たい感触がなく、肌本来の体温と手触りがあった。

「もど、て、る……?」

 喋っても口から泡を吐くことがない。なにより、くぐもった声ではなく、透き通った柔らかい声に戻っていた。

「助かった、の……? 死ななくて、いいの……?」

 転化が解けたと理解した津賀留つがるは、全身の力が抜けて脱力すると、喜びの涙が頬を伝った。

 青銅鏡が役目を終えたと主張するように、スッと消える。
 『私』は腕を組んで「なるほど」と呟きながら口角を上げた。狙い通りの結果に大満足である。

(鏡の逸話に基づく力が私の能力みたい。それとボソウ二チ神様が力を貸してくれた可能性もある。どちらにせよ助かった。津賀留つがるちゃんは絶対に助けないといけないから、成す術もなく殺す選択になっていたらと思うとぞっとする)

 『私』は物語のエンディングに進もうとしたが、もう一人、転化を解除しなければいけない人がいることを思い出し、小鳥の前に移動して手をかざした。

津賀留つがるちゃんの知人なら助けておかないと。ヒロインを笑顔にさせることが『私』の使命だからね)

「鏡よ、邪魔なモノを払って本来の姿に戻して」

 二メートルほどの青銅鏡が出現して、鏡面に小鳥を映し出した。こちらもフジツボ怪人のような姿である。
 鏡面が、カッ、と光るとへばりついていたフジツボと肌のマーブル模様が消滅して、五十代で筋肉ムキムキのスキンヘッド男性が顔を出した。これが本来の小鳥の姿である。

 『私』は「うん? 姿が……」と訝しがる。
 小鳥を一瞥すると、うすっぺらかった白いローブが体の筋肉に添って、もこもこ、と盛り上がった。ローブの中に別の生物が潜んでいたと錯覚するような変化である。
 ちょっと不気味だったため『私』は嫌そうに目を細めた。

「ううーん……」

 微動だにしなかった小鳥が寝返りをうった。その際にフードが取れて顔がでて、小さくなったローブの端から裸足と手が覗いた。
 頭は剥げて輝いているが顔の彫が深くやや面長で、格闘技をやっているような屈強な体であった。

「小鳥さんも元に戻って……良かった!」

 津賀留つがるが安堵の息を吐きながら涙を浮かべる。

「そういえば……この人は傷を負っているんだっけ?」

 『私』は鏡の効果がどこまで有効なのか気になり、小鳥の傍にしゃがんでローブ袖を捲る。
 血で汚れて傷だらけのワイシャツを着て、ボロボロの黒いスラックスを穿いている。拷問で受けたであろう傷が体中に残っており、アキレス腱と右腕の傷からは鮮血が垂れていた。

(怪我はそのまま。肉体回復はなしで呪詛解除のみってことか)

 傷をさっと確認したところ、おそらくすぐに死にはしないだろうと判断して、『私』は立ち上がった。




 立ち上がった途端、くらっと眩暈が起こった気がして、『私』は額に手を当てた。
 特殊能力を連発したので疲れたみたいだと、ため息を吐き、肩が凝った気がして何気なく肩を回す。

 そんな『私』を、祠堂しどうは目を白黒させて軽く仰け反り、津賀留つがるは茫然としながらジッと凝視している。
 視線に気づいた『私』が「なに?」と声をかけた。

「ファウストの現身うつしみにそんな力があったなんて……驚いた」

 祠堂しどうが驚いた顔のまま答える。
 転化を解く術を得ている者はそう多くない。ましてや息吹戸が使えたとは全くの予想外だった。彼女がこの術を扱えるのなら心強いと浮足立つが、その反面、なぜ今まで使わなかったのかと憤りを覚える。

 二つの反する感情に混乱した祠堂しどうは、つい、いつもの癖でギリッと強く睨んだ。

「なんで今まで黙っていた!? いつから使えたんだ!? それがあれば間に合った奴も……」

「初めてやった」

「いま、なんて?」

「初めて試してみたら成功した」

 あっけらかんと言った『私』に、祠堂しどうが眉を潜める。

「だから、文句言われてもどうしようもないんだけど」

 と、『私』は首を傾げながら|頬に手を添える。
 怒鳴られるのは不本意だが、津賀留《つがる》の行動をみるに、転化を阻むため死を選ぶ人間が多くいると想像できる。
 だから能力を隠したり勿体ぶってないで、必要な時にガンガン使えと言いたいのだろう。祠堂しどうと会うのは初めてだが、このストーリーでは『私』と面識があるようだ。知人設定ならば彼の怒りも頷ける。

「今、初めて試した?」
「今、初めて試したんですか?」
 と、祠堂しどう津賀留つがるが聞き返した結果、二人の声が見事にハモった。

 次いで、「でもなんで急に使えるようになったんですか?」と津賀留つがるが首を傾げ、「その力は元々あったものなのか?」と祠堂しどうが不思議そうに首をひねる。
 二人の声がハモった質問に対して、『私』は「良くわからない」と曖昧かつ正直に答えた。

「分からないって……なんだそりゃ」

 納得いかないと祠堂しどうが眉を潜めるので、『私』はもう少し具体的に答える。

「鏡にまつわる神話をイメージしたら出来ただけ」

「神話……なんだそれ?」

 祠堂しどうは意味が分からないと呟きながら頭を掻く。

(説明は無意味だな。きっと私のことなんて理解できない。だって夢と現実の差があるから)

 『私』は話を途中で切って、小鳥を左肩に担いだ。

(うっ! 意外に重い……)

 夢なら担げると思っていたが、見た目よりも重量がある。持てないほどではないが重いものは重い。階段ではなくエレベーターを使って降りたい気持ちになった。

「ファウスト、話はまだすんでないぞ」

 祠堂しどうが苛立ったように呼びかけたので、『私』は首を左右に振った。

「終わり良ければ総てよし。細かいことは気にしない。まずはこの人を病院に連れて行かなきゃ。えーと、津賀留つがるちゃんは一人で歩ける?」

「はい! 大丈夫です!」

 津賀留つがるは右手を上げながらサッと立ち上がり、元気よく答える。ぶかぶかな白いローブを羽織ったままでは、動くたびに幼児のような愛らしさがにじみ出てしまう。

(ぶかぶかな服で動くとほんと可愛い)

 『私』は津賀留つがるを数秒眺めてから、祠堂しどうをみる。

「ヤンキーお兄さんはどうする? ここにいる?」

 祠堂しどうはチラッと鏡の向こう側を確認して、苦笑いを浮かべた。

「いいや。後始末はカミナシに任せる」

「そこから生存者はみえる? っていうかいる?」

「残念ながらいない。今はこのまま閉じておくのが一番だ」

 『私』は窓から外を覗いた。
 最初は十人以上がいた屋上であったが、今は黒いローブが点々と落ちているだけで、全て綺麗に消えていた。
 儀式は阻止できたが、多くの犠牲者は出てしまったようである。
 津賀留《つがる》や祠堂《しどう》の知り合いがいないことを祈りつつ、『私』は「しょうがないね」と言いながら背を向けた。
 救える命は限られている。優先順位をつけた結果なので後悔はない。

「私がもっと注意していれば……捕まらなければ……あの人たちはきっと……」

 津賀留つがるが項垂れて気落ちした声を出した。彼女にしてみれば助けようと思っていた人たちだ。見殺しにした挙句生き残ってしまい、強い後悔の念を抱いている。

「どんまい。今回はこれで手を打とう」

 『私』がフォローすると、津賀留《つがる》は悔しそうに唇を噛みしめた。

「もうこんなミスしません。今後はしっかり息吹戸《いぶきど》さんの指示に従います」

「それもどうだかね」

 『私』が階段に向かうと、津賀留つがるが後を追ってきた。津賀留つがるの足取りはふらついて危なげである。転化解除は体力回復もしないようだと『私』は察した。

(階段で転げると危ないかも)

「行こうか」

 『私』が右手で津賀留つがるの左手を握ったら、彼女は吃驚したように瞬きをして、「はい」と嬉しそうに頷いた。

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