おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

文字の大きさ
上 下
9 / 33
序章 いつものホラーアクション夢

覚悟よりも神の子孫が気になる

しおりを挟む
 『私』はもう少し情報を得るために聞き返した。

津賀留つがるちゃんが、今の姿ではなく、別の何かに変わるってことよね?」

 津賀留つがるがゆっくりと頷く。

「そうれす。菩想日神様ぼそうにちしんさまの子孫では、なくなり、ます。ううう、わああああん。いひゃ! いひゃですうううううううう!」

「嫌だよねぇ。とりあえず落ち着こうか」

 『私』が号泣する津賀留つがるの背中をよしよしと撫でる。
 津賀留は目を見開いて怯えるような目つきになった。しかし驚きにより混乱から立ち直ることができたため、パニックから脱する。

息吹戸いぶきどさん、お願いが、ありゅます」

 津賀留つがるは鼻をすすりながら『私』に懇願の眼差しを向けた。
 『私』が首を傾げると、津賀留つがるはその場で土下座をする。

禍神まがかみの子孫にはるまへに、どうかその手で、私を殺ひてください!」

「ちょま!」

 ちょっとまって! を略してしまった。
 腰が抜けるほど驚いてしまった『私』に対して、津賀留は必死に訴える。

「たふけて頂い、たのに殺して、だなんひぇ、息吹戸いぶきどさんの、気持ちを踏みにひっていまふゅ! ですが、貴女なら、私を救っひぇぐれると信じていまず!」

 『私』は嫌そうに「ええええ」と声をあげて拒否した。何を好き好んで人を殺さないといけないのよ、と小さく毒づく。

「私はもう間に合ひません。息吹戸いぶきどさんならぎっと苦じまずひ、殺してぐれまふゅ! どうかお、願いします!」

(私は息吹戸いぶきどっていう名前で、遠慮なくサックリ殺れちゃうタイプの人間なのか……まじか)

 今更ながら『私』が『息吹戸いぶきど』というキャラクターだと分かるが、名前を知っても何の役にも立たなかった。
 『私』はこの状況に困惑した。助けが欲しくて祠堂しどうを見ると、彼は苦々しい顔つきで津賀留つがるを見つめている。
 深刻な事態と感じとってなおさら言葉をかけにくくなった。

(でもなぁ、助ける人を殺してしまえばミッション失敗だよ。うーん。ここまできて失敗だなんてありえない。他の手立てはないのか?)

 『私』は胸の前で両手を組みながら悩む。

(ヒントがほしい)

 『私』はその場に両膝をついて、土下座したままの津賀留つがるを起こした。津賀留つがるの顔は涙と鼻水でボロボロになっていたので、手の襟で拭いて少し綺麗にする。

「ほんとに死ななきゃダメ? 解除方法はないの? たとえば何かのアイテムで解除出来るとか?」

 予想外の言葉を聞いた津賀留つがるは息を飲む。
 鼻水が垂れてきたのですすりながら、首を左右に振った。

「転化、かひじょできる……カミナシに、しょぞしていまずけど、ここまで浸食が、進んでしまひぇは……数時間、変貌しまひゅ。それではみなんへ迷惑がかか、ます」

「数時間以内に解除すれば津賀留つがるちゃんは助かるの?」

 『私』の真摯な眼差しを避けるように津賀留つがるは下を向いた。
 覚悟した気持ちが揺らぎそうになり、それを振り切るために口調を強くする。

「きっ、無理です。一日でこの姿になりひた。数時間いはい、いへ、数分かほしれません。私は従僕とふぉり、菩総日ぼそうにち神様の子孫でふぁなくなりまふぅ。きっとみなさ、んを攻撃します。そうなる前に死んで、おけば迷、惑をかけなふぃ……」

 ぶわっと涙が溢れてきて、津賀留つがるは乱暴に目元を袖で拭いた。
 口から出ている泡が白ローブをどんどん濡らしていく。

(ここにきて二度目のチュートリアルとは。とっても分かりやすい説明だった)

 津賀留つがるの異常を解決すれば真のエンディングにたどり着けるのだと『私』は納得する。

津賀留つがるちゃん。死ぬのはいつでもできるから、転化を防ぐ方法を考えよう。転化を解除する方法について知ってることを」

 教えてと言い終わる前に、津賀留つがるが『私』の両手を掴んだ。

「従僕ふぇ、なるくらいなら死んだ方がマシでふぅ! お願いします、私が私どぇなく、なる前に、殺ひてください!」

 津賀留つがるは眉をキッと吊り上げて、揺らがない決意をみせた。

 『私』は覚悟を感じ取ったものの、はいそうですか、と納得しない。
 真のエンディングにたどり着くのも大事であるが、見捨てる選択をするわけにはいかなかった。

(情報が足りない。もっと情報がほしい)

 解除についての情報が不足しているため、策が何も思い浮かばない。

(なにより、私がいるのに諦めてもらっては困る)

津賀留つがるちゃん、諦めずに解除について教えて、他にも方法があるでしょう?」

「いい加減にしろ!」

 静観していた祠堂しどうが叫んだ。

「さっきから聞いていたら。お前、津賀留つがるの覚悟を何だと思っている!」
 
 『私』を睨みつけ、殴りかかる様な雰囲気を出す。
 津賀留つがるが吃驚した様に瞬きをしながら「祠堂しどうさん……」と呟いた。

禍神まがかみ降臨で発生した浸食は、菩総日ぼそうにち神様の世界、天路国あまじのくにを乗っ取る術だ。浸食は俺たちにも強い影響を与える」

(あっちから説明の追加きた!)

 『私』は爛々と目を輝かせる。
 
「そして津賀留つがると小鳥さんはおそらく七から八割転化している。初期だったら解除道具があれば助かる可能性があった。だがここまで進行していたら道具があっても打つ手はない! そもそも、俺もお前も、解除能力がないからな! こいつを救う事ができないんだよ!」

(なるほど。元の体に戻す道具はあると。そして解除ができる特殊能力があるってことか。つまり転化は可逆性の術ってことなのね。転化解除の根源はなんだろう。相手を元に戻す……巻き戻しって考えるべきか……それとも)

「従僕に堕ちるくらいなら、殺してやるのが慈悲だろうが!」

(!?)

 祠堂は拳を握りしめて感情のまま叫ぶが、『私』の目を見てすぐ口をつぐんだ。
 

「殺してやるのが慈悲? 慈悲だって?」

 『私』はゆっくりと立ち上がって祠堂を見据える。その目に浮かぶのは激しい怒りの色であった。

「頭にくる。どうして殺すなんてそんな言葉、簡単に口に出すんだ? まずは救う方法を考えるべきだろうが!」

 『私』が怒鳴ると、空気にピリッとした刺激が広がった。

 津賀留つがるはビクッと体を強張らせて沈黙する。
 祠堂しどうは一瞬怯んだものの、すぐに勢いを取り戻した。

「だ・か・ら! その方法がないんだって知っているだろうが! 俺達は神の子孫とはいえ血の濃さはバラバラで能力も違うし差も大きい! 転化解除できるのは菩総日ぼそう神様の力を強く受け継いだごく僅かな一族だって、そいつら呼んでももう間に合わないって言ってんだ!」

 『私』はある事に引っかかった。

「え。ちょっとまって。神の子孫? 私達は『神の子孫』って設定なの!? なにそれすっごい!」

 興奮しすぎて心の声が口から洩れてしまい、

「……は?」
「……え?」

 祠堂しどう津賀留つがるの目が点となり、固まった。
 やや間を空けてから、津賀留つがるが口の中がパサパサにしたなったような声を出す。

息吹戸いぶきどさん、どうひたんですか? きょはなんだか、変で……は!?」

 余計なことを言ってしまったと、顔を青くしながら慌てて口を押えた。

「えーと、ちょっと待って。得た情報を整理するから」

 『私』は二人に背を向けてから両腕を組んだ。

(つまりここは神が実体化できる世界で、人間は神から生まれた子ということだ。だから特殊能力があって、その力で異世界から干渉してくる神や従僕じゅうぼくと戦っている。そこまでは理解できた)

 ふと、壁に空いた穴をみる。
 洪水を止めたくて鏡を出したことを思い出す。

(鏡を出せた。ここにミッションクリアするためのヒントがあるはずだ)

 鏡について知識を絞り出した。

(鏡は古来より神が地上にもたらした物とされている。姿を映し、光を集めることも出来る。反射することもできて。そうそう儀式に使われるね。死者への弔いに使われるし、祭祀には欠かせない。古来より鏡を通じて神の力を得る儀式にも使われていた)

 ここでピンと閃く。

(もしかしたら、鏡に神様の力を集める事が出来るかも!)

 おそらく、この世界は神力がある。
 『私』の世界よりも遥かに強力で、実体化するほど力がある。

(転化が呪いだと仮定すれば、二人が言っていたボソウニチ神様の力を集めてぶつけて津賀留つがるちゃんの呪いを相殺する! 鏡は邪気を払う魔除けの術具だ。それを強くイメージすれば出来る! だって夢だから! できるって思ったことは大抵出来るもの!)

 『私』は振り返って、津賀留つがるに手を掲げた。
 津賀留はハッと気づいて、「お願ひします!」と祈りのポーズをしながら目を瞑った。体がカタカタと震えている。本当は死にたくないと悲しい感情が伝わってきて、『私』の胸が痛くなった。

(絶対に津賀留つがるを助ける。ミッションコンプリートする為にね!)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

千変万化の最強王〜底辺探索者だった俺は自宅にできたダンジョンで世界最強になって無双する〜

星影 迅
ファンタジー
およそ30年前、地球にはダンジョンが出現した。それは人々に希望や憧れを与え、そして同時に、絶望と恐怖も与えた──。 最弱探索者高校の底辺である宝晶千縁は今日もスライムのみを狩る生活をしていた。夏休みが迫る中、千縁はこのままじゃ“目的”を達成できる日は来ない、と命をかける覚悟をする。 千縁が心から強くなりたいと、そう願った時──自宅のリビングにダンジョンが出現していた! そこでスキルに目覚めた千縁は、自らの目標のため、我が道を歩き出す……! 7つの人格を宿し、7つの性格を操る主人公の1読で7回楽しめる現代ファンタジー、開幕! コメントでキャラを呼ぶと返事をくれるかも!(,,> <,,) カクヨムにて先行連載中!

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...