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序章 いつものホラーアクション夢

8.救出成功だけど禍神の置き土産があった

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「やった! 出た!」

「!?」

 祠堂しどう津賀留つがるが驚いて息を飲んだことに気づかず、『私』は成功した喜びを声に出した途端、

 ドォン

 大量の水が鏡に当たって、心臓が跳ねた。
 
 鏡はマジックミラーを搭載とうさいで、向こう側が良く見える。
 水流が渦を巻いている。まるで水族館の魚のいない水槽を見ているような錯覚がする。
 『私』は一瞬だけそう呑気に考えていたが、すぐに身体へ負荷がかかってくることに気づいた。

「う。こ、れは、しんどい!」

 大量の水がドォンドォンとぶつかってきて、衝撃で足がふらつく。

息吹戸いぶきどさん! 壁が!」

 津賀留つがるの慌てた声が背後から届く。衝撃で結界が崩れていくのか、開きっぱなしのドアの口を塞ぐように藍色の壁が塗られていく。

禍神まがかみの浸食が崩れて境界が消滅している! 取り残されるぞ! 早くこっちへ来い!」

 後ろで祠堂しどうが警告するが、衝撃に耐えるのに忙しくて足が動かない。片足を浮かせると吹っ飛びそうだ。

「う、動けない……」

「早く言えっ!」

 祠堂しどうは『私』の背中の服を引っ張ると、思いっきり引き寄せた。

「わわわわっ!」

 グンと後方に体が持っていかれ、尻もちをついた。

「いって!」

 痛みに声をあげながらドアを見ると、藍色の壁が浸食し終わっていた。
 祠堂しどうの引き寄せるタイミングが一瞬でも遅れていたら、『私』は壁に埋まっていたか、あちら側に取り残されていただろう。
 少しだけ恐怖を覚えながらも、なんとなかったと楽観的思考に戻る『私』。
 両手に掲げていた鏡が消えており、行方を探そうと視線を上に向けると、壁の一部と同化していた。

「ありゃ。鏡が壁に埋まっちゃったね」

 マジックミラーの効果はまだ続いており屋上の様子が見えた。
 水の中で魔法陣がゆっくりと壊れて、大きなスカートと足がゆっくりと透明になっていく。

 鏡越しにその光景を見守っていたが、祠堂しどうが鏡の前に立ったので視界が遮られた。
 彼は訝しそういぶかにトントンと鏡を叩いたり、触っている。

「なんだこりゃ。完全に空間分離の役目を果たしてるじゃねぇか」

「ほんと? ラッキー」

 お尻を押さえつつ立ち上がると

息吹戸いぶきどさん!」

 涙を浮かべながら津賀留つがるがぎゅっと胸に抱き付いてきた。

 彼女は百五十センチほどの低身長だ。大きめの白いローブがこれまた彼女の小ささと、可愛らしさを強調して、『私』の胸がキュンと鳴る。

「ごめん、なさい。貴女の手間を取らせてしまって、ごめんなさい。忠告聞いたのにこんな事になってしまって」

 彼女は嗚咽まじりに言葉を綴った。

「ありがとうございます。息吹戸いぶきどさん。ありがとうございます」

 『私』はホッとして、津賀留つがるの頭をゆっくり撫でた。

「助けられて良かった。でもビルから逃げるまではまだ油断禁物だよ」

 ピタっと津賀留つがるの動きが止まる。そ~~~っと『私』を見上げて、若干怯えた眼差しを携えながら、不思議そうに見つめる。

「あの、それだけ、ですか? 私に、言う事……?」

「ん? それだけって? 例えば?」

「この愚図とか、ドジとか、ノロマとか。役立たずのくせにあれこれ手を出すんじゃない。とか。自分の身の丈に合わない仕事は引きうけるなって、言いますよね?」

 『私』は「ん゛っっ」と舌を噛みそうになった。

(私の設定、どうなってるの?)

 話題を変えようと、倒れてピクリとも動かない小鳥を指し示す。

「あっちは大丈夫かな? ええと、小鳥、さん?」

 津賀留つがるは抱き付くのをやめて横に立つ。

「はい。カミナシの第二討伐部署の小鳥課長さんです。辜忌つみきが起こした千草町ちぐさちょう住民失踪事件の捜査を担当していて、ずっと行方不明だった人です」

 津賀留つがるがフードを取ると、そこには背の高い痩せこけた老人が息絶え絶えになっていた。早く酸素マスクをつけないと死にそうなほど弱っている。
 彼の肌も水色のマーブル模様になっていて、つるつる頭にフジツボがびっしり生えている。

「今回、私は、小鳥さんの捜索をしていて。単身で潜入したら捕まってしまって」

「この肌とフジツボはなに? 津賀留つがるちゃんにもあるけど、病気かなにか?」

 「……え?」と津賀留つがるが訝しげに聞き返した。

(ああもう。これも一般常識でしたか)

 血反吐吐きそうな気分になる『私』。長期休日で勉強が遅れてしまった子供の気分だ。
 いたたまれず眉を潜めると、津賀留つがるが顔色を変えて「あ、いえ、すいません」と恐縮しながら丁寧に謝った。

「きっと。私の見解けんかいを試しているんですよね。自分に何が起こったのか理解するように」

 違う。と言いたかったが我慢した。一つでも情報が欲しいので喋ってもらいたい。

禍神まがかみと同化出来るように転化てんかの呪詛がかかっています。彼は禍神まがかみに浸食され命を吸い取られたので、老人のような姿になっています」

 そうだったのか。と言わず、「うん?」と頷く。

 津賀留つがるはゆっくり息を吐いて、そして泣きそうな笑顔を浮かべ、愛おしそうに『私』を見つめる。

息吹戸いぶきどさんが優しくしてくれる理由、分かっています」

「理由?」

 含んだような言い方が気になって聞き返したら、突然、津賀留つがるは目じりに涙を浮かべて頬に流す。

「うっ、うっ!」

 彼女は人目もはばからず声をあげて泣き始めた。歓喜ではない、絶望の声だった。『私』は驚いて固まってしまう。

「え!? ど、どうしたの?」

「私も、浸食されたって自覚しろってことですよね!」

「んん!?」

「ごめんなさい! 魂が、転化てんかして、しまいました! ごめんな、さい!」

 溢れる涙を両手でぬぐうも、ぬぐいきれず手が濡れていく。

「あの禍神まがかみの、子孫に転化てんかしちゃ……うわああああああん!」

「お、おちついて。津賀留つがるちゃんが別の何かに変わっちゃうって事?」

 津賀留《つがる》がゆっくりと頷いた。

「そう、れす。菩想日ぼそうにち神様の子では、なくなり、ます。ううう、わああああん。嫌です! 嫌ですうううううううう!」

「落ち着こう。とりあえず落ち着こう」

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