おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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序章 いつものホラーアクション夢

この神様見覚えある、ゲームで

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 縄を切る道具がないため、『私』は捕縛されたままの津賀留つがるを肩に担ぐ。軽いと感じてからハッと我に返った。

(人を担いでも軽いっていうか平気だと!? なんだこれすっごい力持ち! 流石夢! なんでもできるね!)

「って、蛇いっぱいきた!?」
 
 感心していると、天から半透明な蛇があちこちに下りて来た。こちらは人と同じ幅であり、降りると傍にいた白いローブに絡みついて噛みついた。あちこちからくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 長居はまずいと『私』が踵を返したときに、津賀留つがるは激しくジタバタしながら、「あち、あちらに! あちらに、あちらに!」と倒れている白いローブを示した。足首に半透明の蛇が噛みついている。
 『私』は顔だけそっちを見た。

「あ、の人も、おねがい! おねがひ、します! はこふでくださ、い!」

 津賀留つがるが口から泡を吐きながら必死に訴えるので、『私』は反対の手で白フードを示す。

「あの人?」

「は、い。小鳥さん、たすけ、てくだ、さひ! 私より、たす、けてください!」

 津賀留つがるが全身を使って頷いた。
 『私』は二人は知り合いなんだとサックリ考えた。この様子だとあれを見捨てたら後々面倒なことになると感じる。

「りょーかい」

 『私』は津賀留つがるを担いだまま、急いで小鳥の救出に向かう。

「えい!」

 走った勢いを乗せて蛇の頭頂部を蹴る。サンドバックのような感触だ。続けざまに蛇の目を蹴り上げる。一度目の蹴りで緩んだ締め付けが、二度目でするっと離れて天に戻った。

(今だ!)

 半透明の蛇が離れた瞬間、白いローブの胴体を思いきり蹴った。
 屋上のドアに向かって、ホバークラフトのようにズザーッと白いローブが滑っていく。
 あまりにも雑な扱いをみた津賀留つがるが「ああああ!」と悲鳴をあげた。

「よしよし。ドアまで転がってけー!」

 『私』は嬉々としながら白いローブを追いかけ、転がる勢いがなくなりコロコロ転がり始めたところで、ひょいっと拾い上げる。

(ん? 軽い?)

 背丈から成人男性だろうと予想していたが、体重が軽すぎている。津賀留つがると同じくらいかもしれない。

(軽い方がいっか。あとはこの人が津賀留ちゃんの知り合いで合ってるかどうかなんだけど……)

「この人であってる? 顔確認しようか?」

 津賀留つがるはうんうんと全身で頷いた。

「あって、ます。服のよごひぇと胸、手の、袖に血が、あれは、代わりに……」

「あってるならいいよ。人違いであってももうやり直しはきかないから」

 『私』は肩に津賀留つがる、小脇に小鳥を抱えて全力でドアに走った。人間二人分の重量が加わっても速度に一切の衰えはない。

「ヤンキーお兄さん! 回収したから撤収うううう!」

 ドアに近い方の魔法陣でドンパチやっている祠堂しどうに声をかける。
 そこは炎や風や水の攻防が繰り広げられており、特撮映画のエフェクトのように派手であった。熱も風圧も振動も感じられる。とてもリアルに作り込まれている夢だと『私』は感心する。

「分かった!」

 祠堂しどうがこちらを一瞥して右腕を天に伸ばした。
 ハンドボールほどの淡い緑の球体が光を纏い、手のひらから浮かび上がった。

っ!」

 祠堂しどうを中心に風が広がった。
 天から下りていた六本の半透明の蛇と黒いローブたちが、切り傷を負いながら吹き飛ぶ。
 ズタズタの姿となった半透明な蛇がするすると天に戻り、黒いローブたちは地面に激突して、そのまま動かなくなった。

 黒いローブは戦闘不能になったと判断して、祠堂しどうは合流するためにドアの方へ駆けだす。
 術者沈黙により儀式は中断。生贄を二名救出した以上、時間が経てば影響力を失い禍神まがかみはこの世界に干渉できなくなる。

 祠堂しどうは白いローブたちを一瞥した。
 続々と半透明な蛇に噛みつかれ、中には頭から飲み込まれている者もいた。彼らは術に囚われているので一人では動けない。
 禍神《まがかみ》が攻撃をしている以上、全員を救出することはできないだろう。被害を最小限にできたと手を打って見捨てるしかないと、そう割り切ろうと思った。

「おい。その二人を抱えてすぐにビルから逃げろ」

「うわ!?」

 真後ろから祠堂しどうの声が聞こえて、『私』は驚いてドアノブから手を離した。

「びびった。もう追いついたんだ」

 ドアノブを回して開けると、小鳥を小脇に抱え直した。 

「もともとそのつもりだけど、ヤンキーお兄さんは? そんなフラグ立てるってことは、ここに残るってことなの?」

「フラグってなんだよ。このビルはまだ禍神まがかみの支配領域だ。儀式を完成させるために躍起になる。俺が殿しんがりをつとめるから先に脱出しろ。そいつらが奪われたら元の木阿弥もとのもくあみだ」

「うーん。生贄助けに行くのは良い心がけだけど、間に合わない気がするなぁ」

 祠堂しどうの肩越しに、交叉した骨を刺繍したスカートがひらりとはためく姿がみえた。


 禍神が交叉した骨を刺繍したスカートをひらりとはためかせると、こちらに足先向けた。
 そして一歩踏み出したので、『私』は「げっ」と声をだした。

「神様がこっちに来た」

「なんだと!? 動ける段階まで進んでいたのか!?」

 予想外だと言わんばかりに祠堂しどうが慌てて振り返る。

 奥の魔法陣に三人の黒いローブが辿りついていた。這いずったまま、杖を掲げて何かを必死に唱えていた。その声に呼応するように、半透明の蛇たちが下りてきて白いローブたちを次々と飲みこんだ。 

「ああくっそ。あれだけ生贄を取り込めば中途半端でも禍神まがかみは動ける。あいつら刺し違えるつもりだ」 

「わあ。それはマズイね。どんな神様が祟るんだろう」

 『私』が神の姿を見るべく見上げると、それに応じるように禍神まがかみがさらに一歩踏み出した。そして下を見るように体を曲げる。
 ぶわわわわわ、と風圧がくる。
 反射的に目を閉じてから、薄目をあける。女神の顔が見えてパッと瞼をひらいた。
 頭に蛇を置いた老婆で、片手に水瓶を抱えている。
 『私』は見覚えがあった。

(……あれは、もしかしてイシュ・チェル?)

 イシュ・チェルはマヤ神話の女神である。
 虹の婦人・月の女神と異名をもち、洪水・虹・出産を司る神であるが、怒ると天の水瓶を用いて地上に大雨を降らせ、空の虹に助力して洪水を引き起こす破壊神、怒れる老婆である。

(ゲームでちょこちょこ名前あったから知っているけど、ギャップがすごい)

 この場合のギャップは年齢である。
 若い女性の姿で描かれていることが多いため、老婆で残念だと罰当たりなことが脳裏に過った。

(このチョイス。敵の出演はなんでもありってことなのかな? まぁ夢だし。深い意味なんてないか。ロックオンされてしまったけど、どうやって切り抜けようかな)

 召喚失敗なのでこのままお帰り願うのが一番だが……女神はそんな気分にならなかったようだ。
 目を吊り上げて見下ろすほど人間たちに怒り心頭である。巨大な老婆から睨まれる光景は悪夢そのものであった。

『ンンンンンン!』

 イシュ・チェルは音のような、声のような、地響きのような音を発して、水瓶をひっくり返した。
 濁った水が滝のように屋上へ注がれるが、何故か下へ落ちず、どんどん水位を上げていく。大量の水に飲み込まれては成す術なく溺死してしまうだろう。

「やっばい! これは防御一択だ!」

 『私』は津賀留つがると小鳥をドアの奥へ投げ入れてから、

「お兄さんも中へ入って!」

「んな!?」

 対処しようと手をかざした祠堂しどうの首根っこをひょいと掴んでドアの中に投げ入れた。
 祠堂しどうは足から着地してから、『私』を非難する。

「何するんだ! 戦えないだろう!」

「戦うの無理! 影響なくなるまで防御するのみ!」

祠堂しどうさんはイシュ・チェルに勝てない、そして今の『私』も敵わない。でも逃げ切ればいいから勝てなくてもオッケーなんだよね! 勝機はまだある!)

 召喚は不完全なのでイシュ・チェルはほどなく元の世界に還る。
 攻撃を耐えきればこちらの勝ちであるから、回避もしくは無効化すればいい。それだけで侵攻をなかったことにできる。

(このビル全てがイシュ・チェルの領域。だから攻撃をしのぐならビルから脱出しなければならない。でもその時間もない。だとすれば、ここから後ろに攻撃が伝わらないようにすることだ)

『私』はドアを開いたまま、そのすぐ前に立つ。

(夢なら強い想いとイメージを明確にすれば何でもできる。今までだって出来たから今回も大丈夫。耐えるだけじゃ無理だ。神の力をはじき返すイメージがいる。はじき返すモノ、反射、バリアー……あ、鏡! 鏡ならイメージしやすい。ええと、力のある鏡、神様の力を持った鏡……)

 『私』はパッと閃き、イメージから導き出される力を編み出す。

八咫鏡やたのかがみ!」

 パァ、と目の前が白く輝くと、四メートルの大きな青銅鏡が出現した。

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