おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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序章 いつものホラーアクション夢

全員は助けない

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 役割分担を考えるとスマートな案だと思っていたが、祠堂しどうが拒否するなら別の案を考えなければならない。『私』は腕を組んで屋上を眺めながら難点を絞り込む。

 まず津賀留つがるの場所だ。最低でも十人のフードをとって確認する必要がある。
 次に攻撃。魔法陣を扱うことができるならば攻撃呪文も存在するだろう。黒いローブで確実に攻撃してきそうなのは動いている二人。他は魔法陣の維持をしていると推測する。
 そして禍神まがかみの存在。薄いがこちら側に干渉できる可能性がある。神からの攻撃がくることも考えなければならない。

(一人でやろうとしたら、やっぱり津賀留ちゃんの位置が分からないと無理だ。奇襲しても違う人抱えたらゲームオーバーだし……)

『私』は腕を組んで考え込んでいる祠堂しどうを見下ろす。

「何かよさそうなの浮かんだ?」

「……ファウストが攻撃に動いてくれれば他にやりようがあるんだが」

「却下」

 『私』が即答すると、祠堂しどうが呆れたように両手で顔を覆い「何故だ分からん」と不満を口にした。

「うんもう考えている時間がない。私一人で救出やってみるか」

「は?」

 祠堂しどうが手を放して見上げる。その目は酷く苛立ち始めた。
 『私』は白いローブたちの動きに集中しているため、祠堂の変化に気づかない。

「ヤンキーお兄さんだったら、少しの間アレに応戦できると思ったんだけど。ゾンビ相手で精一杯なら協力させるのはちょっとねぇ。ヒントを教えるだけのキャラなら戦闘は無理なこと多いし、巻き込むわけにもねぇ」

「はあ? なんだって?」

 祠堂しどうから低く唸るような声が出てきて、驚きのあまり『私』の背筋がゾッとした。ちらりと見下ろすと、祠堂しどうが憤怒の形相でこちらを睨みつけていた。逆鱗に触れたような荒々しい雰囲気を纏いながら、静かに聞き返される。

「もう一回言ってみろ」

(言ったら殺されそうですけど!?)

 今は下手に受け答えをすべきではないと勘が働いたので、『私』は無言を貫く。

「俺があの程度の禍神まがかみに遅れを取ると、交戦ができないと、そう言ったよな?」

 祠堂しどうはゆっくりと立ち上がると、おもむろに『私』の右肩をガシっと掴んだ。頭に血が上っているため、先ほどまで巡らせていた全員生存の考えが全部ふっ飛んでいる。

「も・う・一・回・言・っ・て・み・ろ。誰が交戦できないって? 俺か?」

 憤怒の表情で睨まれて、『私』は戦々恐々せんせんきょうきょうしながらも、怯まずしっかりと見据える。

「はいはい。なら救出するまでの間、囮をやってくれる?」

「やってやるよ。後でさっきの言葉を取り消せ! 絶対に取り消せよ! そこどけ!」

 祠堂しどうは乱暴に『私』の肩を後ろに押しながら離した。
 そしてドアノブに手をかけて回す。
 ……が、鍵がかかっていると分かると、ドアを蹴って向こう側に飛ばした。

 ドアはビュンと勢いよく飛んでいき、たまたま近くを歩いていた黒いフードの上半身にクリーンヒットした。黒いフードは「ぎゃ!」と悲鳴をあげながらドアと一緒に倒れて、そのまま動かなくなる。
 他の黒フードたちは何が起こったか分からず固まったが、すぐにドアに注目する。祠堂しどうを見つけるとザワっと空気が動いた。

「わーお。よく飛んだ!」

 『私』ドアが綺麗に飛んでいく光景を楽しそうに眺める。
 祠堂しどうは『私』を一瞥しながら、「ふん」と得意げに鼻を鳴らして、屋上へ飛びだした。



 祠堂しどうの突然の手の平返しに吃驚したものの、

(急に怒ったから知らず知らずのうちに煽ったのかも。そんなつもりはないけど嬉しい誤算ということで。きっと煽りに弱いちょろいタイプだ)

 良い方向に転んだため『私』は内心ガッツポーズをする。
 そして屋上に出るタイミングを窺うべく戦場を観察した。
 
 祠堂しどうは全速力で手前の魔法陣まで走ると、威嚇するように怒鳴った。

「おっらあああああ! 儀式やるんじゃねーって言ってんだろーが! 首謀者は誰だ!」

 突然の祠堂しどうに出現に驚き、黒いローブたちはビクッと肩を震わせて狼狽した。誰もが仲間の顔色を窺って右往左往している。そこへ奥側の魔法陣の外側に立っている黒いローブが、鼓舞するように声を張り上げた。

「アメミットの祠堂しどうだ! 計画がばれたが、儀式は間もなく完成する。邪魔をさせるな、すぐに始末しろ!」

 すると他の黒いローブたちが陣形を崩して祠堂しどうに群がった。
 杖を振りかざして攻撃体勢をとり、小声で短い呪文を唱えると、バケツ一杯分ほどの水の渦が発生した。

「ティラール・グラキエースリオート!」

 七人分の声がハモると、渦からとげ立ったゴルフボールほどの水球がいくつも出現し、矢のような軌道を描いて祠堂しどうに襲い掛かった。

「はっ、この程度か!」
 
 祠堂しどうは鼻で笑いながら手を前にかざした。鳥の声と共に風の渦が盾のように広がると、水球を全て受け止めてから一気に跳ね返した。黒いローブたちは悲鳴を上げながら不格好な足取りで逃げる。

「ティラール・グラキエースリオート……ぎゃあ!?」

 再び水球を投げつけるものの、あっさりと跳ね返されてしまい、黒いローブたちに動揺が走った。勝てないと分かると、先頭を交互に変えつつ後退していく。

 祠堂しどうは魔法陣から黒いローブたちを遠ざけるため、方向を考えながら攻撃を跳ね返す。その甲斐あって黒いローブたちを左の隅に追い込むことができた。
 強力な術者はいないと感じて、辜忌つみき全員を生け捕りにする案が浮かぶ。

「ん?」

 だが、薄い影が降ってきたことで禍神まがかみの存在を思い出し、すぐに上空を見上げる。
 天から一直線に、人を丸のみ出来るほどの透明な蛇が降って来た。大きく口を開けて祠堂しどうを飲み込まんとしている。祠堂しどうはひょいっと軽やかにかわして小手を振り、蛇の首と胴を切断した。



(わぁ。お兄さんつよーい、よし、いっくぞー!)

 祠堂しどうが敵を左側に誘導して魔法陣から移動させたタイミングで、『私』は駆け出した。まずは奥の魔法陣にいる白いローブたちの元へ向かう。

 ゴォウ、と風を切る音が耳に響くと、あっという間に到着した。勢いを消すため急ブレーキをかける。
 白いフードたちは縄で腕と胴体を縛られ、地面にお尻をつけて座っていた。
 縄以外に拘束具はない。それなにの何故逃げないのか不思議であったが、そこを深く追求することはなかった。『私』は片っ端から白いフードを外して津賀留つがるを探す。

 最初は身覚えがない男性、水色のマーブル模様が素肌を浸食している。

「た、たすけ……」

 聞こえなかったことにしてフードを被せて隣へ。
 次は女性、肌がマーブル模様になっている。言葉を発する前にフードを被せて先に進む。

 すすり泣く声や呪うような言葉が聞こえるが、『私』は何も感じない。全員を助けられないのは初めから分かっているので、生贄たちに呪われようが罵倒されようがどうでもよかった。

(下手に全員救出って思うと失敗するのよね。不思議とね)

 囮になっている祠堂しどうも心配だ。すぐにはやられないだろうが、時間がかかればそれだけ負担がのしかかる。

津賀留つがるちゃんさえ回収すれば、後はどうとでもなるはず)

 そう思っているので、フードをとるたびに懇願する声を完全に無視する。
 奥の魔法陣に居なかったので手前の魔法陣に狙いを変える。『私』の動きに気づいた黒いフードたちの一人が、慌てたように杖の先を天に振り上げた。

「っっ!」

 フードをとる。六人目は若い女性だ。
 十代後半、ラベンダーブラウンのセミロングが若干濡れている。愛らしい顔をしているが、肌の色はマーブル模様だ。まるっとした目が涙を湛えて、こちらをみて一瞬怯えたが、『私』をみて驚いたように瞬きをした。

 『私』が「あ!」と声を出す。

(見覚えがある。間違いない、彼女だ!)

「あなたが津賀留つがるちゃん、だよね?」

 呼びかけると、津賀留つがるは「は、い。そ……です」とくぐもった言葉を発して、すぐには激しく咳き込んだ。口から青い泡が噴き出て白いローブを青く染める。

「ひ、い、ぶきど、さん、ど、してここ、に」

 津賀留つがるは喉を押さえながら声を出すたびに、ごぼごぼという音が喉の奥から響いている。その音を聞いた『私』は、まるで溺れているようだと眉をひそめた。

「助けに来たよ。早く逃げよう!」

 色々気になる点はあるものの、まずはこの場から脱出するのが最優先である。


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