おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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序章 いつものホラーアクション夢

理不尽な計画を思いつく

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「それで、俺は何をすればいい?」

 緊急性が高いため祠堂しどうはターゲットを『私』から魔法陣へ変更する。

「なにをすればいいかな?」

 『私』がオウム返しに聞き返すと、祠堂しどうはゆっくりと振り向いて、目を白黒させた。

「……ふざけてんのか?」

「そんな風に見える?」

「ああ」

 あっさりと頷かれてしまい、『私』は返答に困った。
 ここに来たばかりで本当に何も知らないと一から十まで説明したところで、相手に一切通用しないだろう。そればかりか、遊んでいるとかふざけているといったマイナス印象を与えるだけである。
 
(そもそもこれは夢だ。適当なアドリブでなんとかなるはず。それにこの人がお助けキャラなら役に立ってくれるはず。戦闘に参加しなくても、攻略のヒントくらいくれるかもしれない)

 なので、アプローチの方法を変えてみる。
 相手の考えを聞くついでに、祠堂しどうに何ができるのか探ることにした。
 
「ヤンキーお兄さんはどう考える? 教えてよ」

「ん……んー?」

 祠堂しどうは耳を疑って唸った。
 彼の知る『彼女』と今の『彼女』の姿がどうしても結びつかない。

「俺に聞くのか?」

「聞いてますが?」

 『私』から不思議そうに問いかけられたので、祠堂しどうはますます首を傾げた。頭の上に疑問符が飛び出してしまう。

 『彼女』は博識であった。常に敵の動向を推測して完膚なきまでに叩きのめす。
 だが今はどうだろうか。新人のように状況を眺めるだけに留めている。

 散々原因を考えた結果、これが新手の揶揄いだと祠堂しどうは気づいた。突っぱねても良いが、あとで答えられなかったことを揶揄される恐れがあるため、気乗りはしないが正直に答えることにした。

「ったく、また俺の知識を試しているんだろ。基本知識すぎて間違えようがないぞ。罪を重ねた人間、もしくは異界の神……禍神まがかみに魅入られた人間の集団を辜忌つみきと呼ぶ。あれは異界の神を召喚する術だ。実行者は末端のやつら。トカゲのしっぽ切りでよく使われる使い捨ての駒だな。あいつらも生贄として使われるんじゃないか?」

 『私』は「へー」と頷いて窓から見える足を指し示した。

「ならあの足は、異界の神ってこと?」

「そうだ。この世界を侵略しにきた禍神まがかみだ」

禍神まがかみってことは邪神だね。侵略するのに神様が動くなんて豪勢な気がする。世界戦争がある設定で、辜忌つみきっていうのはスパイ組織みたいなものかな)

 『私』は黒いローブの動きを見てから、白いローブに視線を移す。
 体格の違いはあるが、顔まですっぽりと隠れるフードを被ってうつむいているため、男女の判別ができない。

「その禍神まがかみを呼び出すのに生贄が必要で、津賀留つがるちゃんが選ばれてるってことか。白いローブ集団のどこかにいるんだ」

「そうだろうな。禍神まがかみの姿は出ているが不完全だ。条件に合う生贄かどうかチェックしているんだろう」

「まだ間に合う?」

「ギリギリだが間に合う。おそらく禍神まがかみは、生贄を全て吸収して実体を得るはずだ。一人でも欠ければ、術は破綻して送還される」

 祠堂しどうがにやっと笑った。 
 『私』は「そんなもん?」と首を傾げる。

「降臨は現世において最も複雑な術だ。生贄を選り好みするってことは、あれは気難しい禍神まがかみなんだろうよ。気難しいのは条件を完璧にしなければ成功しないってことだ。つまり一人でも魔法陣から遠ざければ降臨は不可能となる。大掛かりな降臨術だが、攻略は簡単だ。俺たちだけでも問題ない」

「へぇ。お兄さん詳しいね」

 『私』が何気なく褒めたら、祠堂しどうはムッとして腕を組んだ。

「馬鹿にしてんのか?」

「してない、してない」

 常にマイナスなイメージとして捉えられているようで、『私』は前途多難だなと感じてしまう。
『私』は腰に手を当てて「ふーむ」と声を出した。

「まとめると、津賀留つがるちゃんを救出したらそれと同時に神様の実体化を阻止出来て万々歳ってことね」

 祠堂しどうは怪訝そうに眉を顰めた。何か言いかけたが止めて、地面にしゃがみ込む。左手で顔を触りながら考え込むように眉間に皺を寄せる。

「うたうから知らせを受けて追いかけたとはいえ、ここまで大事おおごとだったとは思わなかった。こんな禍神まがかみが降臨したら滅茶苦茶被害が出る。調査班め、サボりやがって……しかも津賀留がここにいるとかマジか……最悪の状況を覚悟しないといけないなんて……」

 『私』に話しかけているわけではなく、独り言である。

「応援を呼ぶべき事案だが、降臨前に到着できるかどうか……」

「ねぇねぇ。ヤンキーお兄さん」

 『私』が祠堂しどうの目の前にしゃがむと、祠堂しどうは驚いたように身を引きながら「なんだ」と返事をする。

「私ってもしかして、辜忌つみき側の人間だった?」

「は?」

 祠堂しどうは目を丸くして『私』を凝視した。荒唐無稽な話を聞いて狐につままれたような表情である。

「何を言って……。お前はカミナシだろう?」

「カミナシ……? 神成し?」

(なんの略字か全然わからない……まあ夢だから気にしなくて良いか)

 祠堂しどうはぷいっと目をそらした。

「タチの悪い冗談だ。お前が辜忌つみき側だって? そんなことになった瞬間から世界が滅ぶ」

「悪口っぽい気がする」

『私』がジト目で抗議すると、祠堂しどうが勢いよく立ち上がった。

「やかましい。冗談を言うつもりならもっと笑えるようなものにしろ。センスの欠片もないぜ!」

 荒々しく吐き捨てて彼はすぐに警戒しつつ距離をとった。心なしかビクビクしている雰囲気である。
 『私』はそれを眺めながら立ち上がると、ため息を吐いて頭を掻く。

(友好的じゃないけど協力してもらえそうだから、それで良しとするか)

「おおまかな形が分かったところで、儀式をぶっ壊しに行こう!」

『私』がドアの向こうを見据えると、祠堂しどうが「ん?」と肩透かししたような声を上げた。

「まぁ……できなくはないが……。禍神《まがかみ》は半降臨してるから攻撃してくる。攻撃を掻い潜って生贄を全員救出となると、荷が重いと思うが……?」

「ヤンキーお兄さんは強いよね?」

 祠堂しどうがきょとんとした顔になった。

「少しの間、暴れて囮になってよ。その間に、私が津賀留つがるちゃんを救出して一緒に逃げるって作戦はどう? 神様と戦わないならハードルはグッと下がると思うんだけど」

『私』が自信満々に策を述べると、祠堂しどうが怪訝そうに眉を顰めて、確認するように聞き返す。

「……お前は戦わないのか?」

 『私』は首を縦に振りながら、戦闘員として数えないでほしいという不満を口の中で溶かす。

「うん。救出を第一にする」

「それは……」

「私の最優先は津賀留つがるちゃん救出だから。津賀留つがるちゃんを助け出して、ビルから脱出すればめでたしだよね!」

 『私』がドンと胸を張るものの、祠堂しどうは黙ったまま静かに見上げていた。囮役が気に入らないのだと思って言葉を変える。

「ええと、大声を出したり走ったり、少しばかり注意を引いてもらえばいいだけだから。怪我しない程度にやってもらえれば助かるってだけで」

「それは……ほかの奴らは見捨てる、っていう選択をするってことだよな?」

 祠堂しどうは重々しい口調で聞き返す。
 予想外の内容だったので『私』はきょとんとした顔になった。
 目的達成のためなら他を犠牲にする作戦だと改めて感じたものの、

「どうでも良くないけど。ミッションを成功させるためなら多少の犠牲は仕方ないと思う」

 沢山の事をするよりも、一つのことに集中する方が成功率が上がると割り切った。

 きっぱりと言い切った『私』をみて、祠堂しどうは「……そうかもしれないが」と言葉を濁す。
 生贄となっているのはれっきとした人間だ。死ねば悲しむ者がいるだろう。それを考慮すれば、津賀留つがるだけ助けるという案を聞いて気後れするのは仕方ないことであった。

「でもさぁ。救出もだけど、神様がこっちにくるのはもっとダメなんでしょう? 二人で動くのなら救出する人数が少ない方が動きやすいと思わない?」

 祠堂しどうは儀式を中断させるためなら平気で生贄を犠牲にできる『彼女』に、畏怖いふの念を抱いた。

「た、しかに……しかし、いや、相変わらず容赦がない……だが、あいつらにも家族が……、しかし応援も間に合わないとなれば……うぐぐ」

 窓の外をみて白いローブの数を数える。殆どが死ぬと考えるとどうも踏ん切りがつかない。

(うーん。困ったなあ。いい案だと思ったんだけど……)

 祠堂しどうが乗り気ではないと分かり、『私』は肩を落とした。

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