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序章 いつものホラーアクション夢
閃く天の啓示
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「ウウウ、アアアア」
ゾンビが叫ぶ。しかし話しかける程度の声では、いまいち迫力がない。
叫び終わると口を大きくあける。歯は全て犬歯となっていた。
更に喉の奥から五センチほど伸びる小さな口が現れた。小さい口はヤツメウナギのようにギザギザの牙がびっしりとついている。
(インナーマウスだと!? 寄生型なの!?)
ヤツメウナギの口で吸いつかれては、筋肉がミンチにされるだろう。
素手は無理と判断した『私』は、回れ右をして来た道を戻る。
『私』が逃げると察知したゾンビは「ウウウ、アアアア!」とくぐもった叫び声をあげ、手足をばたつかせながら追いかけてくる。ただ、緩慢な動きのため速度は出ていなかった。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。
と、複数のドアが開いた音が聞こえ、『私』は肩越しに後方を確認する。
ドアから出てきたのは同じゾンビ。男女五体が追手に加わった。
手足をばたつかせながらコミカルな走りをする集団は、さしずめコントのオチのようだ。
とはいえそれは傍から見ればの話で、後方から追いかけてくるゾンビたちは、十分に危機感を募らせる存在であった。
(うん、人間を攻撃する寄生型ゾンビかぁ。最悪)
『私』は逃げる勝ちと言わんばかりに、颯爽と通路を駆け抜ける。
短距離選手のような速度を維持すれば、ゾンビたちを引き離すまでそう時間はかからなかった。
数分後、『私』はゾンビを振り切ったことを確認して、ゆっくり速度を落とした。
「ふぅ。振り切ったみたい」
『私』がびっくりするほどの俊足であった。動体視力も良いため常に走っている先を見据えることができた。
難点をあげれば、かけ慣れていない眼鏡が少し邪魔に思えるくらいであった。
(うーん。この体、予想以上に戦闘に特化されている感じだね。で、ここはどこだ?)
商業施設の内装ではあるが壁の色と質感が変わっている。落書きとまではいかなが、奇妙なペイントが波打っていた。
先ほどと違うエリアに出たので、『私』は立ち止まる。シーンと静まり返るので耳がキーンと鳴った。
(どこをどう走ったか全然分からないぞ。道は合ってるのかな?)
はぁ、はぁ、と少し息があがっていたので呼吸を整えた。
深呼吸を行いながら、『私』は首を傾げる。
(動いて息が上がるなんて、今まで体験したことがない。こんなこと初めてだ。夢の設定が進化したのか?)
肉体から伝わる感覚に疑問を持った途端、思考に霞がかかる。『私』は目眩がしたように手で額を押さえた。
(……? 恐らく私は何か大切なことを忘れて、何か重要なことを見落としている。でも今の段階では分からない)
思い出そうとして数秒考えたが、すぐに諦めた。
「ん。まぁ、夢なんだから時間がきて目覚めればいいよね」
代わり映えのない通路を歩いていると、壁に切れ目があることに気づいた。人が通れるギリギリの隙間である。
覗き込むと上に行く階段があった。
「まじか。下に降りる階段がない。上に上がるしかないとかあり得る? でもここだよね」
細い身体でスルリと隙間に入り込む。
階段は小学校の階段を彷彿とさせた。四角いスペースは上へ続く階段のみである。
『私』は上を見あげる。段の途中で左に折り曲がっていると思った直後、
――妹分を助けに屋上へ行け!
突然頭に響く女性の声に、
「!?」
ぐるんと『私』の視界が一転して、何かのピースがカチッと嵌った。
「そうか」
天からの啓示が降りてきたような感覚を覚え、『私』の目に強い光が灯る。
(そうだ。私は……妹分を助けにきたんだ。そのためにここに来た。それができなければミッション失敗だ。妹分が『誰』で、どんな『顔』をしているのか。どんな『危険』が発生しているのか、詳しい情報はさっぱり分からない。でも行かなきゃ。私じゃないと助けられない展開なんだろ?)
『私』は背中を押されるように、一気に階段を駆け上がった。
「あ、れ?」
だが次の階に進む階段がなく、新たな通路が伸びていた。
「そうだった。各フロアに点在する階段を探して、上がらないといけなかった」
『私』の口から勝手に言葉が出てくるが、記憶が戻ったわけではない。
(なるほど。ステータスオープンの代わりに、言葉で指示をするんだ! 斬新なシステムだ! そうと決まればさっさとミッションを進めよう)
『私』は階段を探すため通路を駆け抜け、見つけるたびに上の階に駆け上がった。
順調かに思えたフロア移動だが、上に行くに従って難易度が上がってきた。
まずワンフロアずつしか進めない。
そしてゾンビが沸くので逃げる際に遠回りとなる。
この二点により大幅な時間ロスが発生していた。
(ううう。迷宮探索ゲームだこれ。時間内にミッションクリアできるのか不安になってきた。屋上まであとどのくらいあるのかなぁ)
『私』は窓に近づいて景色をみる。
上がって上がっても、切り取った絵を張り付けているかのように、外の景色に変化がない。
そのため、おおよその高さすら予想できなかった。
(もしかして、景色に変化がないのは空間が歪んでるから? 小説によくある結界とか……外部と遮断されているのかな)
ビルの内部が変な作りで妙に広いのも、ゾンビが徘徊しているのに外は至って平和そうなのも、結界のせいで空間が歪んでいるからと考えると、納得がいく。
「凄い凝ってるけど、私、何時間寝てるんだろう。寝坊しないか心配になってきたな」
『私』は再びフロアを駆け抜け、階段を上がる。
それを繰り返していくうちに、どんどん焦燥感が募っていった。
「んっ!?」
不意に、『私』の心臓がドクドクと脈打ちだして、全身の血液が逆流しているような感覚が襲ってくる。
(上からだ!)
『私』は天井の向こう側を見据えた。
地割れ起こるような力が発生したと、肌で感じて鳥肌がたった。
「なんだなんだ? 嫌な気配を上から感じる。これは……ヤバイ、ぞ」
救出時間が残りわずかだと、『私』の中から誰かが囁いた。
とはいえ、やることは変わらない。
上を目指すのみである。
前方で何かが動く気配を感じて『私』は物陰に隠れてやり過ごす。ゾンビ二体が緩やかに通り過ぎた。
距離が空いたところで、音を立てずにゾンビとは反対の方向へ移動して距離を取る。
離れていくゾンビをチラッと見たが、気づかれない。
(ホラーでよくある見つかったら即アウト系に変更して、隠密行動メインでやらせるとは、飽きない展開だ)
『私』は耳を澄ませる。
フロアのおおよその間取りが頭に浮かんできて、ゾンビの位置と数が把握できるようになった。
(時間経過で出来ることが増えているみたい。どこでパワーアップ手に入れたんだろう?)
物陰に隠れてゾンビを見送り、素早く移動する。
(不思議といえば、ゾンビの数も爆発的に増えた。もしや屋上が近いから増えた?)
物語の終盤で敵がうじゃうじゃ出るのはよくあるパターンである。
(でも、逃げ回るのはそろそろ限界っぽい。蹴散らしたほうが良さそうだけど)
手を見た。血色が良くてすべすべである。
(箸より重い物が持てない手っぽい。ステゴロする人には見えないし、うーん、呪文? って何も思い浮かばないし。途中で色々探してみたけど、掃除用のモップすらなかったし。どうしよー。武器がない。でも素手はなぁ……)
『私』は腕組みをしてから「うーん」と唸った。
「ん? 何かくる?」
折れ曲がった通路の奥から、何かやってくる気配がする。
耳を澄ましてみると、走っている足音だ。ゾンビではないと考えた『私』は、期待に胸が膨らんだ。
(やけに力強い気配。これはもしや中ボスっぽいのが、業を煮やしてあっちから来たのかも!? それならそれで助かるな)
『私』は血管の浮き出たマッチョゾンビを想像する。どれだけグロテスクなのだろうと期待しながら到着を待つ。
曲がり角から現れたのは、どう見ても普通の人間であった。上下黒いスーツの上に碧と白の模様が入ったジャンパーを羽織った男性である。
驚いて『私』は目を見開いた。
ゾンビしかいないと思っていたので驚きもひとしおだ。
(あっれー! 生きてる人間だ! 敵か味方か分からないけど、物語が動いたってことでいいのかな?)
男性は『私』から五メートルほど手前で急停止すると、黒い手袋をした指でビシっと『私』を指さした。
「俺と勝負だ! ファウストの現身!」
ゾンビが叫ぶ。しかし話しかける程度の声では、いまいち迫力がない。
叫び終わると口を大きくあける。歯は全て犬歯となっていた。
更に喉の奥から五センチほど伸びる小さな口が現れた。小さい口はヤツメウナギのようにギザギザの牙がびっしりとついている。
(インナーマウスだと!? 寄生型なの!?)
ヤツメウナギの口で吸いつかれては、筋肉がミンチにされるだろう。
素手は無理と判断した『私』は、回れ右をして来た道を戻る。
『私』が逃げると察知したゾンビは「ウウウ、アアアア!」とくぐもった叫び声をあげ、手足をばたつかせながら追いかけてくる。ただ、緩慢な動きのため速度は出ていなかった。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。
と、複数のドアが開いた音が聞こえ、『私』は肩越しに後方を確認する。
ドアから出てきたのは同じゾンビ。男女五体が追手に加わった。
手足をばたつかせながらコミカルな走りをする集団は、さしずめコントのオチのようだ。
とはいえそれは傍から見ればの話で、後方から追いかけてくるゾンビたちは、十分に危機感を募らせる存在であった。
(うん、人間を攻撃する寄生型ゾンビかぁ。最悪)
『私』は逃げる勝ちと言わんばかりに、颯爽と通路を駆け抜ける。
短距離選手のような速度を維持すれば、ゾンビたちを引き離すまでそう時間はかからなかった。
数分後、『私』はゾンビを振り切ったことを確認して、ゆっくり速度を落とした。
「ふぅ。振り切ったみたい」
『私』がびっくりするほどの俊足であった。動体視力も良いため常に走っている先を見据えることができた。
難点をあげれば、かけ慣れていない眼鏡が少し邪魔に思えるくらいであった。
(うーん。この体、予想以上に戦闘に特化されている感じだね。で、ここはどこだ?)
商業施設の内装ではあるが壁の色と質感が変わっている。落書きとまではいかなが、奇妙なペイントが波打っていた。
先ほどと違うエリアに出たので、『私』は立ち止まる。シーンと静まり返るので耳がキーンと鳴った。
(どこをどう走ったか全然分からないぞ。道は合ってるのかな?)
はぁ、はぁ、と少し息があがっていたので呼吸を整えた。
深呼吸を行いながら、『私』は首を傾げる。
(動いて息が上がるなんて、今まで体験したことがない。こんなこと初めてだ。夢の設定が進化したのか?)
肉体から伝わる感覚に疑問を持った途端、思考に霞がかかる。『私』は目眩がしたように手で額を押さえた。
(……? 恐らく私は何か大切なことを忘れて、何か重要なことを見落としている。でも今の段階では分からない)
思い出そうとして数秒考えたが、すぐに諦めた。
「ん。まぁ、夢なんだから時間がきて目覚めればいいよね」
代わり映えのない通路を歩いていると、壁に切れ目があることに気づいた。人が通れるギリギリの隙間である。
覗き込むと上に行く階段があった。
「まじか。下に降りる階段がない。上に上がるしかないとかあり得る? でもここだよね」
細い身体でスルリと隙間に入り込む。
階段は小学校の階段を彷彿とさせた。四角いスペースは上へ続く階段のみである。
『私』は上を見あげる。段の途中で左に折り曲がっていると思った直後、
――妹分を助けに屋上へ行け!
突然頭に響く女性の声に、
「!?」
ぐるんと『私』の視界が一転して、何かのピースがカチッと嵌った。
「そうか」
天からの啓示が降りてきたような感覚を覚え、『私』の目に強い光が灯る。
(そうだ。私は……妹分を助けにきたんだ。そのためにここに来た。それができなければミッション失敗だ。妹分が『誰』で、どんな『顔』をしているのか。どんな『危険』が発生しているのか、詳しい情報はさっぱり分からない。でも行かなきゃ。私じゃないと助けられない展開なんだろ?)
『私』は背中を押されるように、一気に階段を駆け上がった。
「あ、れ?」
だが次の階に進む階段がなく、新たな通路が伸びていた。
「そうだった。各フロアに点在する階段を探して、上がらないといけなかった」
『私』の口から勝手に言葉が出てくるが、記憶が戻ったわけではない。
(なるほど。ステータスオープンの代わりに、言葉で指示をするんだ! 斬新なシステムだ! そうと決まればさっさとミッションを進めよう)
『私』は階段を探すため通路を駆け抜け、見つけるたびに上の階に駆け上がった。
順調かに思えたフロア移動だが、上に行くに従って難易度が上がってきた。
まずワンフロアずつしか進めない。
そしてゾンビが沸くので逃げる際に遠回りとなる。
この二点により大幅な時間ロスが発生していた。
(ううう。迷宮探索ゲームだこれ。時間内にミッションクリアできるのか不安になってきた。屋上まであとどのくらいあるのかなぁ)
『私』は窓に近づいて景色をみる。
上がって上がっても、切り取った絵を張り付けているかのように、外の景色に変化がない。
そのため、おおよその高さすら予想できなかった。
(もしかして、景色に変化がないのは空間が歪んでるから? 小説によくある結界とか……外部と遮断されているのかな)
ビルの内部が変な作りで妙に広いのも、ゾンビが徘徊しているのに外は至って平和そうなのも、結界のせいで空間が歪んでいるからと考えると、納得がいく。
「凄い凝ってるけど、私、何時間寝てるんだろう。寝坊しないか心配になってきたな」
『私』は再びフロアを駆け抜け、階段を上がる。
それを繰り返していくうちに、どんどん焦燥感が募っていった。
「んっ!?」
不意に、『私』の心臓がドクドクと脈打ちだして、全身の血液が逆流しているような感覚が襲ってくる。
(上からだ!)
『私』は天井の向こう側を見据えた。
地割れ起こるような力が発生したと、肌で感じて鳥肌がたった。
「なんだなんだ? 嫌な気配を上から感じる。これは……ヤバイ、ぞ」
救出時間が残りわずかだと、『私』の中から誰かが囁いた。
とはいえ、やることは変わらない。
上を目指すのみである。
前方で何かが動く気配を感じて『私』は物陰に隠れてやり過ごす。ゾンビ二体が緩やかに通り過ぎた。
距離が空いたところで、音を立てずにゾンビとは反対の方向へ移動して距離を取る。
離れていくゾンビをチラッと見たが、気づかれない。
(ホラーでよくある見つかったら即アウト系に変更して、隠密行動メインでやらせるとは、飽きない展開だ)
『私』は耳を澄ませる。
フロアのおおよその間取りが頭に浮かんできて、ゾンビの位置と数が把握できるようになった。
(時間経過で出来ることが増えているみたい。どこでパワーアップ手に入れたんだろう?)
物陰に隠れてゾンビを見送り、素早く移動する。
(不思議といえば、ゾンビの数も爆発的に増えた。もしや屋上が近いから増えた?)
物語の終盤で敵がうじゃうじゃ出るのはよくあるパターンである。
(でも、逃げ回るのはそろそろ限界っぽい。蹴散らしたほうが良さそうだけど)
手を見た。血色が良くてすべすべである。
(箸より重い物が持てない手っぽい。ステゴロする人には見えないし、うーん、呪文? って何も思い浮かばないし。途中で色々探してみたけど、掃除用のモップすらなかったし。どうしよー。武器がない。でも素手はなぁ……)
『私』は腕組みをしてから「うーん」と唸った。
「ん? 何かくる?」
折れ曲がった通路の奥から、何かやってくる気配がする。
耳を澄ましてみると、走っている足音だ。ゾンビではないと考えた『私』は、期待に胸が膨らんだ。
(やけに力強い気配。これはもしや中ボスっぽいのが、業を煮やしてあっちから来たのかも!? それならそれで助かるな)
『私』は血管の浮き出たマッチョゾンビを想像する。どれだけグロテスクなのだろうと期待しながら到着を待つ。
曲がり角から現れたのは、どう見ても普通の人間であった。上下黒いスーツの上に碧と白の模様が入ったジャンパーを羽織った男性である。
驚いて『私』は目を見開いた。
ゾンビしかいないと思っていたので驚きもひとしおだ。
(あっれー! 生きてる人間だ! 敵か味方か分からないけど、物語が動いたってことでいいのかな?)
男性は『私』から五メートルほど手前で急停止すると、黒い手袋をした指でビシっと『私』を指さした。
「俺と勝負だ! ファウストの現身!」
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