おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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序章 いつものホラーアクション夢

ホラーアクションの夢だね

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 目を開けたとき、『私』は薄暗いビルの通路に立っていた。
 シンと静まり返る、張り詰めた空気が肌に痛い。

 頭上に蛍光灯が、ちか、ちか、と点滅を繰り返しているが、ランプのような弱さである。等間隔に並べられているものの、灯っていたり消えていたりとまちまちで、不揃いな信号機のようであった。

 通路を灯す光源がこれだけなら、闇の中、という表現であるが、通路右にある並んだ窓から入り込む光があり、それが通路の明かりを担っていた。

 夕日が沈み残る赤紫色、黄昏の色とも呼ぶべきか。見るには問題ない薄暗さを保つと共に、通路の仄暗さを強調することとなっている。

 通路には蛍光灯の鳴る音だけが響いている。妙に陰気臭くて不気味な空間であった。

(ここは……? ええと……んー?)

 前後の記憶がない。
 『私』は状況を把握するため、ゆっくりと顔を右から左に動かしてみた。いつもよりも視線が高い気がする。ちらっと見えた人影は窓に映る『私』であった。そちらに寄って窓を鏡代わりにして姿を見る。

 そこには二十代前半の女性が映っていた。
 ぱっつん前髪のネイビーグレージュの髪。肩甲骨ほどに伸びた長い髪をひとつにまとめて、ローポジションのポニーテールにしている。
 キリッとした眉毛、ほっそりとした頬、艶々な唇。オーバルフレームの黒い眼鏡が、翠色のキツイ眼差しを若干緩和している。
 服装は灰色のYシャツに黒いズボン。
 スタイルが良く、豊満な胸にきゅっとしたウエスト、スラッと伸びた長い足で、靴はパンプスを履いている。

(……うん、これは私じゃない)

 『私』はダンスのようにその場でくるりとターンして、もう一度、身体を眺める。
 
(ビックリするくらい、すっごい美人!)
 
 思わず頬に手を当てて顔をまじまじと見つめた。
 夢の中に鏡があれば、いつも姿を確認している。時には自分、時には男性、時には幼少期と、その姿は物語によって毎回変わった。

(今回はこんな顔なんだ。それにしても顔がはっきり見える。目にハイライトもあるし。どっかのキャラがモデルなのかもなー)

 今回の姿を確認したところで、窓から見える景色を眺める。
 遠くに山が数個並び、そこへ至るまで住宅とビルの群が隙間なく広がっている。その光景はテレビで見た東京のイメージに近い。
 都会の中心部だと思われるが、場所の名前は分からなかった。

(まぁ。夢は海馬の情報がごちゃごちゃになってるから、景色もそうなるよねえ。でもここは相当高い場所だってわかる)

 あちこちに建っている高層ビルの屋上を、全て見下ろすことができる。窓から見える地面は遠くて人の姿が見えない。車が蟻の大きさだ。スカイツリーに登ったらこんな景色が見られそうだと思いながら、

「はあ、すごいなあ。今回の夢はリアルだ」

 と感嘆の息を吐く。

 『私』は頻繁に夢をみており、内容も明細に覚えているタイプであった。
 面白い内容は夢日記として記録する癖もある。
 だからこそ、いつもの夢とは一線を画しているとすぐに気づいた。
 視界はクリアで解像度が高い。全身の感覚は研ぎ澄まされており、現実に近いと感じるほどであった。

(さて、夢って自覚したから自由に動けるようになったと思うけど……通路には何もないな)

 『私』は腕を組んで考える。

(これは物語っぽい感じだから、任務があるはず。何をするんだろう?)
 
 雰囲気から察するとホラー系アクション夢だ。
 与えられたミッションを時間内に達成するという流れだろう。
 物語もしくは協力プレイゲームの途中で、何も知らないままポンっと放り込まれたような状態であると推測した。

(とりあえず、最初に向いていた方へ進んでみよう)

 通路は真っすぐ伸びている。
 歩くと強く念じながら、『私』は足を動かした。パンプスのヒールからコツコツと床を打つ音が響く。

(おおおお。音も妙にリアルだぁ~ドキドキする。私の夢だから絶対に何か面白いことが起こるはずだね)

 嵐の前の静けさ、何か出てくるのか分からない緊張感が、『私』の口角をゆっくりと上げる。

 通路の突き当りに差し掛かった。次は左に曲がるようだ。
 『私』はいきなり飛び出すことはせず、壁に張り浮いてから曲がり角の向こう側をゆっくりと覗き込む。
 通路は薄暗いが奥がみえる。窓はない代わりに灰色のドアが左右に並び、通路の奥までずっと伸びていた。相当広いビルだとしても変な間取りである。

(うーん。商業用施設かと思ったけど、どっちかえといえばホテルみたい)

 通路は誰もいないので、行けるところまで行ってみようと歩を進めた。
 早歩きで進んでいるのだが、なかなか通路の終わりが見えない。

(遠い……無限ループみたい。これは紛れもなくホラーだ)

 変わり映えのない景色が続き、他にルートがあるかもしれないと立ち止まる。引き返そうか迷ったところで前方から妙な気配がして、『私』は難しい表情を浮かべた。

(勘が告げてる。これは警戒しなきゃいけない)
 
 『私』の脳内で警告音が鳴った。
 何かが来ると感じて全身に緊張が走る。
 ポン、ポン、とシャツとズボンのポケットの上を叩いてみたが、武器になるものは何も持っていないようだ。

(ううむ。これは武器を先に探したほうが良かったかも~。ホラーアクション系の夢なら戦闘が絶対に発生するからなぁ。しまった)

 夢の中ではバトルもあり得るのに、と『私』が呟く。
 素手で敵を対処できるかどうか出たとこ勝負だ。人間か死霊かモンスターかクリーチャーか邪神か、何が出てくるか分からないが、簡単な相手であればいいなとため息を吐く。

(雰囲気から察するに、ゾンビ系だと思うけど、ゾンビとステゴロは避けたい)

 そう強く思う原因は、いつかの夢でゾンビに肉弾戦で挑んだら、かすり傷から感染して負けてしまったことがあったからだ。
 夢は多くの映画やゲームやアニメの影響を嫌というほど受けているため、変なところにリアリティがあった。そのためか、甘い設定になることが少ない。

(私に特殊能力があればいいんだけど、すぐに使えるかどうかはわかんないんだよなぁ)

 むしろ能力を確認してから進めばよかったと『私』はため息を吐く。
 
 ガチャ。
 
 と音がする。
 距離にしておよそ三メートル。二つ向こうのドアが開き、
 
 ずり、ずり、ずり。

 と、足を引きずる音を響かせながらゆっくり出てくるのは、人の姿であった。
 シャツにジーパン姿の短髪男性でおそらく三十代。
 肌の色は黒く、血の気がない。ひどい猫背で肘を曲げたまま腕を前方に伸ばしており、ぷるぷるした煮凝り状の赤い液体が体のいたる所に引っ付いていた。

(ゾンビかグールっぽい)

 敵の種類を想定、物理で解決できる相手だと分かり、『私』は胸をなでおろす。

(良かった。いや良くはないけど、良かった。まだ対処できる相手だね。でも手ぶらだから接近したくない。倒す系か、脱出系かによって、対処が変わるんだけど……)

 傷を負えばゲームオーバーになる敵である。
 あまり吞気に構えるわけにはいかない。

 ゾンビは大きく頭を揺らしながら『私』がいる方向をみて、動きを止めた。
 瞳孔は白目、鼻と口からどす黒い血液が流れている。シャツから伸びる首、手首、太ももなどに絞められたような青い痣が残っていた。

『アアア』

 白くなった眼球を『私』に向けて、犬のように唸った。

(視覚で反応した! 素早いタイプかも!)

 ゾンビの種類は多い。夢はいつも多種多様なゾンビが出てくるので、対処を間違えると即仲間入りだ。
 そして一匹だからと余裕ぶってはいけない。
 一匹出てきたら、周辺に三十匹はいると思わなければならない。それがホラーの常識である。

 『私』はふと並ぶドアに注目した。

(ドアが沢山。もしこの中の全てにゾンビがいるとしたら……)

 ゾクゾクゾクと背中に冷たいものが走ると同時に、ワクワク感も沸き上がる。
 『私』の怯んだ感情が伝わったのか、ゾンビが両手を上げて体を大きくみせながら迫った来た。

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