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背水の陣
十一
しおりを挟むと、ここで庄右衛門が雪丸の手を掴んだ。
雪丸がハッとして庄右衛門を見ると、
「今日はもう必要なことは話せた。明日、具体的な作戦を練ろう」
と牡丹に言う。そのまま翡翠に部屋から連れて行ってやるように頼んだ。
「俺は少し雪丸と話をしてから部屋に戻ってもかまわないか?」
「ええ、部屋を出る際は、襖をしっかり閉めていただければ大丈夫です」
翡翠がそう答え、牡丹と共に部屋を出る。
「庄右衛門殿……」
不意に牡丹が庄右衛門に声をかけた。
「ありがとうございます……よろしくお願いします」
「……ああ」
庄右衛門がぶっきらぼうに返事をすると、襖がぴっちりと閉まった。
部屋には庄右衛門と雪丸だけが残された。
雪丸は打ちひしがれて、座り込んでいる。白くて小さな手が震えているのが見えた。
「いくら怒りに身を任せたとはいえ、母親に口答えをするのは怖かったか」
「……」
雪丸の沈黙は肯定のようだった。庄右衛門はうん、と頷く。
「良く言った。頑張ったな」
庄右衛門の言葉に、雪丸は驚いた。庄右衛門は続ける。
「お前、今まで母親を怖がるばかりだっただろう。それを、自分の気持ちをしっかり伝えたんだ。ようやく親子喧嘩ができたんじゃないか?」
確かに、と雪丸は思った。
幼い頃は違うが、母親と言葉を交わすどころか、顔を合わせる機会もなるべく減らしていたのは自分の方だった。
家を出る前に口をきいたのは、一体いつだっただろうか……。
「だからこそ、ようやく閏間神社で起ころうとしている悪だくみがわかったんだ。
なあ、親と言い合うのは悪いことばかりじゃないだろう?むしろ必要なことだ」
「……」
「ただ、牡丹殿はすでに反省をしているようだし、お前も言いたい事を言い終わったんだ。これ以上続けても泥沼になる。
今はまず、怒りの矛先を母親ではなく幽幻に向けろ」
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