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背水の陣
八
しおりを挟む「叔父さんは、いつも私に優しくしてくれたんだ。健康だけが取り柄なんだからと女であることを隠して剣術を習わせたり、私を放っておいて翡翠ばかり構う母さんとは違って、私のことをよく見てくれて、励ましてくれたんだ」
雪丸が吐き捨てると、牡丹の顔が苦しそうに歪み、翡翠が申し訳なさそうな表情を浮かべた。
知ってか知らずか、雪丸はまだ続ける。
「なんでも教えてくれた。母さんが体が弱い翡翠をあそこまで大切にするのは、死んだ父さんの代わりになんとしてでも跡継ぎにしたいがためだと。女の私はただただ翡翠の用心棒として使い倒すつもりだと。
叔父さんは、私には私の人生があるのだから、逃げても良いんだよ、と言ってくれた……だから、私は翡翠が神おろしの儀を行えないように、御神体を持って家を出たんだ。これ以上母さんの思い通りにしないために、私も翡翠も守るために家を出たんだ」
雪丸が庄右衛門をキッと睨んだ。
「私は叔父さんがいたから頑張ってこれた。会ったこともない叔父さんのことを、よりによって母さんの話だけを聞いて敵だと決めつけたんだったら、いくら庄右衛門でも許さないから!」
「なるほど、お前の叔父への敬愛はよくわかった」
庄右衛門が唸った。
「なら、この二人の様子を見てどう思う?」
言われて雪丸は、牡丹と翡翠の姿を見てギョッとした。
牡丹は心から悔いたように顔をくしゃりとさせて俯き、翡翠は目に涙を滲ませて雪丸をじっと見つめている。
「俺は今、牡丹殿の話を聞いてから、お前と翡翠からも事情を聞いて判断しようとしているところだ。牡丹殿の話を聞くに、お前も翡翠も叔父に命を狙われているらしいな。
俺は、他ならぬお前の命の危機と聞いてどうにかしたくて腰を上げただけだ」
庄右衛門がそう言うと、雪丸の頬が僅かに染まった。嬉しいのだろう。
「翡翠を跡継ぎに、という話は牡丹殿からも聞いたのか?」
「え、ううん……でも、うちは代々男が儀式をやるし、そうなのかと……」
「用心棒として使い倒すと牡丹殿の口から聞いたのなら、俺がここで牡丹殿を引っ叩く。どうだ?」
庄右衛門が牡丹の顎を乱暴に掴んだ。翡翠はぎょっとし、雪丸は大慌てで、
「ち、違う!叔父さんが言ってたんだ!忌み子の女なんてそれくらいしか使い道がないと、神社の関係者も全員噂しているって……!」
と叫んだ。
庄右衛門がため息を吐いて手を離すと、牡丹はじっとりと庄右衛門を睨みながら顎をさすった。
「忌み子の女はそれくらいしか、って……そんなに酷いことを叔父さんが言ったの?雪丸はそれを信じたというの⁉︎」
翡翠が怪訝な声を出した。
「神社の関係者って具体的には誰のこと?もし本当にお雪を忌み子って侮辱した人がいるなら、名前を教えて!」
言われて雪丸の顔がじわじわと赤くなっていく。
「この様子では、意図的に叔父が雪丸を孤立させ、有る事無い事吹き込んで使いやすいようにしたんだろうな」
庄右衛門が言うと、
「そんなこと、叔父さんがするわけないじゃない……」
と蚊の鳴くような声で雪丸が呟いた。
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