49 / 58
背水の陣
五
しおりを挟む「お雪は、この話を信じてくれないかもしれないのです。あの娘は幽幻を大変慕っておりますから……」
「はあ?」
気の抜けた声が出てしまったが、牡丹は手元に視線を落としてしまった。
「私は夫亡き後、幽幻から子供たちを守るために、私以外の大人に合わせることを極力避け、体が丈夫なお雪には身を守るために剣術を習わせました。
その結果、体が弱い翡翠に付きっきりになってしまい、お雪を放ったままにしてしまいました。寂しい想いをさせた……でもなりふり構ってられなくて……」
雪丸の剣術は護身のためにしてはかなりの腕前だが、なるほど、親に構ってもらえない寂しさを昇華させるために打ち込み続けた結果なのだろう、と庄右衛門は納得した。
「子供らしい粗相も叱りつけ、悪戯をすれば折檻もしました。お雪は、私の気を引きたかったのでしょう。しょっちゅう悪戯を仕掛けておりました。わかってはいたのです……お恥ずかしいかぎりですが、腹立だしくてつい、苛烈な内容の折檻をしてしまいました。お雪に辛く当たってしまった時、決まって幽幻が庇い立て、甘やかすだけ甘やかしていくのです。
厳しい母より、優しく甘えさせて言葉をかけてくれる叔父の方が、ずっと良いに決まっておりますよね。
いつしか私と口を極力利かず、幽幻にすっかり懐いてしまっているようでした」
牡丹が自嘲気味に呟いた。
「人ならざるものがこの神社の敷地内に入って来れないのも相まって、お雪は幽幻に化け物が憑いているなど気づいてすらいないのでしょう。私の言葉など聞き入れてもらえないと思います……」
俯いた肩に、艶やかな黒髪が流れる。牡丹はかなり悔いているようだ。
「旅をしている時に一度だけ家族の話をしてもらったな。兄ばかり構ってもらわれて、お前さんに随分厳しくされたと。怖がっている様子だった。
俺自身も、忍びを雇ってでも刀と雪丸を取り返そうとしているのを見た時、おっかねえと思ったな」
庄右衛門が言うと、牡丹の頬が僅かに染まった。
「しょうがない理由があっても、若造ほど親の苦労なんて見えねえもんだ。だが、雪丸は聡い。根気よく話せば、嫌でも納得はするだろう」
不安そうに見上げてくる牡丹に、庄右衛門は包帯で巻かれた右手をグッと持ち上げた。
「俺は反抗期の息子らを殴り飛ばして、嫁に怒られたことがしばしばある。親ならば手を上げることくらい一度、二度なら当たり前のことじゃないか?」
あっけらかんと言ってやると、牡丹はきょとんとした後に、くすりと笑った。
「庄右衛門殿の拳では大怪我になると思いますよ」
厳しい表情を浮かべていた顔が、ようやく柔らかく緩んだ。その様子に、庄右衛門もにっと笑う。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

架空戦記 隻眼龍将伝
常陸之介寛浩☆第4回歴史時代小説読者賞
歴史・時代
第四回歴史・時代劇小説大賞エントリー
♦♦♦
あと20年早く生まれてきたら、天下を制する戦いをしていただろうとする奥州覇者、伊達政宗。
そんな伊達政宗に時代と言う風が大きく見方をする時間軸の世界。
この物語は語り継がれし歴史とは大きく変わった物語。
伊達家御抱え忍者・黒脛巾組の暗躍により私たちの知る歴史とは大きくかけ離れた物語が繰り広げられていた。
異時間軸戦国物語、if戦記が今ここに始まる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この物語は、作者が連載中の「天寿を全うしたら美少女閻魔大王に異世界に転生を薦められました~戦国時代から宇宙へ~」のように、異能力・オーバーテクノロジーなどは登場しません。
異世界転生者、異次元転生者・閻魔ちゃん・神・宇宙人も登場しません。
作者は時代劇が好き、歴史が好き、伊達政宗が好き、そんなレベルでしかなく忠実に歴史にあった物語を書けるほどの知識を持ってはおりません。
戦国時代を舞台にした物語としてお楽しみください。
ご希望の登場人物がいれば感想に書いていただければ登場を考えたいと思います。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。
俣彦
歴史・時代
織田信長より
「厚遇で迎え入れる。」
との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。
この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が
その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと
依田信蕃の最期を綴っていきます。
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる