筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

文字の大きさ
上 下
48 / 58
背水の陣

しおりを挟む


「……私どもの神社は、代々成人した男が神おろしの儀を経て当主となり、その時に得た神の力を用いてようやくイワトワケの刀の力を充分に使いこなすことができるのです。我々はその刀と当主の力を借りて、人ならざるものたちを祓ってきました」

 牡丹が背筋を戻し、説明をしだした。

「お雪と翡翠の父親である私の夫・夢幻むげんは、あの子たちが生まれる直前に強大な人ならざるものの退治を行っている間に亡くなってしまいました。なので現在は誰もあの刀を使いこなすことができない、当主不在の状態となっております」

 雪丸が刀の力を引き出せなかったのは、雪丸の力不足などではなく、当主になる儀式を行っていないせいのようだ。

「正当な当主が居ないこの時に、閏間神社を乗っ取ろうとする不届き者がいるのです。その者にとって、夢幻の血を継いだ我が子たちは目の上のたんこぶ。殺してしまおうと企んでいるようです」
「そいつは誰なんだ?見当がついているのか?」

 庄右衛門が尋ねると、牡丹が頷く。

「現在、当主代理として神社を仕切っている夢幻の弟・幽幻ゆうげんです」

 つまり、雪丸たちにとっては叔父にあたる人物のようだ。

「……で、お前さんは俺に何をさせたいんだ?まさかそいつを殺せなどと言わんだろうな?」

 庄右衛門が唸った。忍びとして暗殺などを請け負ったことはあるが、個人的に頼まれるとは思っていなかった。

「ただ殺せば済む話ならなんとでもなりました……しかし、あれはもう人であることを半分捨てているのです」

 牡丹は声を僅かに震わせた。どういうことだ、と庄右衛門が訝しむと、

「幽幻には、人ならざるものが憑いているのです。よりにもよって、夢幻を殺した化け物が……!
もはや人ならざるものと幽幻はほとんど融合しています。あれは、化け物の力を得たいが為に、魂を売り渡した結果なのでしょう。
長い年月をかけて、夫だけでなく我が子たちまで殺そうと虎視眈々と狙っていたのです!」

と牡丹が苦い顔をした。

「私たちだけでは人ならざるものを一時的に追い払うことができても、完全に封印する事はできません。しかも複雑に魂と絡みつき、強くなった化け物など、対応がとても難しい。
お雪と数々の人ならざるものを封印してきた庄右衛門殿の力があれば、それが可能なのではないかと思い至ったのです」

 想像していた物事より斜め上の話に庄右衛門が呆気に取られていると、牡丹の表情により必死さが滲み出た。

「庄右衛門殿はお雪がとても信頼しているお方……どうか、二人で力を合わせて、幽幻に取り憑いた人ならざるものを封印し、お雪と翡翠を守っていただきたい」
「……」

 この場に完璧に力を使えない人間しかいないなら、庄右衛門が力を貸してやれば解決する。難しい話ではない。だが、あまりに複雑な話で、いくつも質問したいことが出てきてしまう。

 庄右衛門の答えは決まっていた。

「雪丸には長いこと世話になった。今回も助けてもらったからな……最後の人助けということで、引き受けよう」

 庄右衛門が答えると、牡丹は目を見開き、深く頭を下げた。

「だが、叔父の話など初めて聞いたし、そもそもこの神社やそこに勤めている奴らのことも何も知らん。そう言ったことも教えてはくれるか?叔父に味方がいると厄介だ」

 牡丹が重々しく頷いた。庄右衛門はさらに要求する。

「お前さんからしか話を聞けないと、情報に偏りがあるだろう。翡翠、雪丸からも話を聞いて、情報を共有することも必要だ」
「それは……」

 牡丹が躊躇した。

「お雪は座敷の中です。部屋に結界を張って、幽幻が入れないようにしていて……出した途端に、お雪が殺されでもしたら……」
「ならば、その座敷に俺、お前さん、翡翠で向かって、中で話せば良いだろう」
「それはそうなのですが、お雪にはこの話は……」

 牡丹が口ごもった。庄右衛門が顔をしかめる。

「二人で力を合わせろと言ったのはそっちだろう?今の話を雪丸にしないでどうやれってんだ」

 庄右衛門にピシャリと言われ、牡丹は雪丸そっくりな気まずい顔でようやく口を開く。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あらざらむ

松澤 康廣
歴史・時代
戦国時代、相模の幸田川流域に土着した一人の農民の視点から、世に知られた歴史的出来事を描いていきます。歴史を支えた無名の民こそが歴史の主役との思いで7年の歳月をかけて書きました。史実の誤謬には特に気を付けて書きました。その大変さは尋常ではないですね。時代作家を尊敬します。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

架空戦記 隻眼龍将伝

常陸之介寛浩☆第4回歴史時代小説読者賞
歴史・時代
第四回歴史・時代劇小説大賞エントリー ♦♦♦ あと20年早く生まれてきたら、天下を制する戦いをしていただろうとする奥州覇者、伊達政宗。 そんな伊達政宗に時代と言う風が大きく見方をする時間軸の世界。 この物語は語り継がれし歴史とは大きく変わった物語。 伊達家御抱え忍者・黒脛巾組の暗躍により私たちの知る歴史とは大きくかけ離れた物語が繰り広げられていた。 異時間軸戦国物語、if戦記が今ここに始まる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この物語は、作者が連載中の「天寿を全うしたら美少女閻魔大王に異世界に転生を薦められました~戦国時代から宇宙へ~」のように、異能力・オーバーテクノロジーなどは登場しません。 異世界転生者、異次元転生者・閻魔ちゃん・神・宇宙人も登場しません。 作者は時代劇が好き、歴史が好き、伊達政宗が好き、そんなレベルでしかなく忠実に歴史にあった物語を書けるほどの知識を持ってはおりません。 戦国時代を舞台にした物語としてお楽しみください。 ご希望の登場人物がいれば感想に書いていただければ登場を考えたいと思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。

俣彦
歴史・時代
織田信長より 「厚遇で迎え入れる。」 との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。 この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと 依田信蕃の最期を綴っていきます。

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

処理中です...