筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

文字の大きさ
上 下
46 / 58
背水の陣

しおりを挟む



 庄右衛門が重たい瞼を開けると、見慣れない天井が目に入る。

 とても静かだ。障子から差し込む太陽の光で昼ごろだと判断する。目だけであたりを見渡すと、古い建物だがよく手入れされており、清潔で過ごしやすい部屋であることがわかった。畳の井草の香りが心地よく鼻をくすぐる。
 場所に心当たりがあるか考えているうちに、背中や胸、両手に鈍く痛みが広がってきた。特に右手が痛い。軽く頭を上げて見ると、両手とも清潔な包帯でぐるぐるに包まれ、胸元も手当てをされている。恐らく背中も処置が施されているだろう。薬草のような匂いもする。

(そう簡単に死なんか……)

 この時ばかりは己の体の頑強さに落胆した。先程の夢の中で感じていたはるの温もりや、優しい声、悲しそうな顔を思い出しては恋しく思い、すぐに別の死ぬ方法を考え始めた。
 すると、頭上にひょこっと顔が現れたので驚いて固まった。

「お目覚めですか、庄右衛門殿!」

 雪丸にそっくりな美しい顔で庄右衛門の顔を覗き込んでいる。本当に間違えてしまいそうなくらい似ているが、非常に具合が悪そうな青白い肌をしているし、健康的な体格ではなく、痩せて節々が角張っている。

(雪丸じゃない……こいつは男だ)

 庄右衛門が警戒していると、雪丸に似た少年は少し後ろに下がり、座り直して手を床についた。

「お初にお目にかかります。閏間翡翠ひすいと申します。庄右衛門殿には妹が大変お世話になりました」

 丁寧に自己紹介をして頭を下げると、優しく笑いかけてきた。翡翠は雪丸と違って髪を低い位置で緩く括って垂らし、寝巻きに上等な羽織を身につけている。
 庄右衛門は痛みを堪えつつ上体を起こし、

「雪丸の兄がいるということは、……閏間神社か?なぜ俺はここにいる?」

と尋ねた。

「二日前の夜、庄右衛門殿はお雪と女性、数人の忍びの者にここに運ばれました。酷い怪我を負っている状態だったので、僕の主治医にてもらうために、お雪がここに誘導したそうです。
すぐに処置をして、先程まで庄右衛門殿は懇々と眠り続けておりました」

 翡翠が丁寧に答える。お雪、と聞いてすぐに雪丸のことだと気付けず、庄右衛門は妙な感じに陥った。

「それは世話になった……で、雪丸は今どこにいるんだ?」

 庄右衛門が尋ねると、翡翠は顔を曇らせた。

「庄右衛門殿は、お雪が持っていた刀が、我が家の御神体であることはご存知ですね?」
「ああ、少しだけ聞いたことがある。理由があってのことだと……」

 翡翠は悲しそうな表情を浮かべ、小さく溜息をいた。

「僕のためにやったこととはいえ、母は大変お怒りで……庄右衛門殿の看病を施すことは許す代わりに、お雪は罰として部屋に軟禁されています」

 庄右衛門は愕然とし、そして悔やんだ。せめて怪我で倒れなければ、もしくは雪丸を振り払って一人でさっさと死んでおけば、雪丸はまだこの神社に戻らなくてよかったはずなのだ。
 あれだけ帰宅することを嫌がっていたのに、庄右衛門を救いたい一心で閏間神社に運び込んでくれた。雪丸は本当に優しい人間だ。

「どうにかならんのか?雪丸はあれで旅の間は必死に化け物と戦っていたんだぞ」

 翡翠に尋ねる。庄右衛門のために行動してくれた雪丸を放って死のうとするほど自棄にはなれなかった。

「僕も母に抗議したのですが……いくら外に蔓延はびこる人ならざるものを討伐したと言っても、大切な御神体を無断で持ち出した事は擁護しきれませんでした。
実際、「イワトワケの刀」がなくなったおかげで、当主代替わりの儀式ができなくなり、お祓いも行えず方々に迷惑をかけてしまったのです。
これはお雪のした事に対する罰で、お雪も納得の上なんです……」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

架空戦記 隻眼龍将伝

常陸之介寛浩☆第4回歴史時代小説読者賞
歴史・時代
第四回歴史・時代劇小説大賞エントリー ♦♦♦ あと20年早く生まれてきたら、天下を制する戦いをしていただろうとする奥州覇者、伊達政宗。 そんな伊達政宗に時代と言う風が大きく見方をする時間軸の世界。 この物語は語り継がれし歴史とは大きく変わった物語。 伊達家御抱え忍者・黒脛巾組の暗躍により私たちの知る歴史とは大きくかけ離れた物語が繰り広げられていた。 異時間軸戦国物語、if戦記が今ここに始まる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この物語は、作者が連載中の「天寿を全うしたら美少女閻魔大王に異世界に転生を薦められました~戦国時代から宇宙へ~」のように、異能力・オーバーテクノロジーなどは登場しません。 異世界転生者、異次元転生者・閻魔ちゃん・神・宇宙人も登場しません。 作者は時代劇が好き、歴史が好き、伊達政宗が好き、そんなレベルでしかなく忠実に歴史にあった物語を書けるほどの知識を持ってはおりません。 戦国時代を舞台にした物語としてお楽しみください。 ご希望の登場人物がいれば感想に書いていただければ登場を考えたいと思います。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...