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背水の陣
一
しおりを挟む温かく、柔らかい。
目を開けると、庄右衛門の自宅の居間にいた。いつの間にか嫁・はるに膝枕をしてもらってうたた寝をしていたらしい。はるの小さくて温かい手が庄右衛門の肩をなでている。
庄右衛門がほっと息を吐いて脱力すると、
「お前さん、随分うなされていたよ」
とはるが心配そうに声をかけてきた。
「夢を見ていたようだ。俺たち家族が兵次郎に裏切られ、惨たらしく殺され、俺だけが甦って仇打ちをする酷い夢だ」
庄右衛門が呟くと、はるが、
「本当に、酷いだけの夢だったのかい?」
と尋ねてきた。庄右衛門が見上げると、はるは円らな目を細めた。
「雪丸という奴に出会った。」
少し考えた後、庄右衛門はぽつんと言った。はるが促すように首を傾げると、やがて庄右衛門は話を続けた。
「無邪気で、真っ直ぐな若者だ。相当な変わり者だが……まあ世間知らずなんだろう。思い立ったら真っ直ぐ突っ込んでくる。危なっかしいが見ていて飽きない奴だ」
「可愛らしい子だねえ」
はるが笑いながら言うと、庄右衛門は低く笑った。
「剣術も達者で足も早いから、忍びに引き抜きたいくらいだ」
「お前さんは厳しく指導するから、泣き出しやしないかしら」
「泣くかもなあ。だが根性はある。逃げ出したりはしないだろう」
夢の話をしていたはずだ。何故こうもはっきりと答えられるのだろう。庄右衛門がボンヤリと考えていると、はるが退くように肩をとんとんと叩いた。名残惜しそうに庄右衛門が身を起こすと、
「お前さん、墨がなくなっちまったねえ」
と悲しそうな顔をしている。はるの顔を見ていると、なんとなく心がざわついてきた。
「墨って……」
「こうなってしまうと、お前さんが頑張るしかもう方法はないよ」
はるが寂しそうに微笑む。短くなった髪がふわりと揺れた。
「お前さん。あともう一踏ん張り、行ってくれるかしら」
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