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働き蜂
七
しおりを挟む「庄右衛門!ねえ庄右衛門たら!」
雪丸が庄右衛門のそばに行くが、庄右衛門は返事すらしない。拷問を受けた体中の傷から血が滴っており、雪丸は不安になってくるが、
「さ、次はどこに行こうか?今度は海の近くとかに行ってみたいなーなんて……」
と話しかける。庄右衛門はやはり無言だ。
「どうしたの?せっかく、その、仇打ちの件は解決したのに」
「……だからだ」
庄右衛門が呟いた。雪丸が、え?と聞き返すと、
「俺が生き返った目的は、もう終わった。生き続ける意味も、もうない」
そう答える庄右衛門の目は、とても暗かった。
庄右衛門は一度死んだ身。
復讐のために生き返ったのだから、それを終えたら目的が無くなる。この世に帰りを待ってくれている家族など、繋ぎ止めてくれるものがまだいたらよかったのだが、全てを失っている庄右衛門は生きる気力がなくなってしまったのだ。
あんなにも殺したかった兵次郎は、結局は庄右衛門への想いにつけ込まれて人ならざるものに操られたようなものだ。
自分のせいだと兵次郎は罪を背負う決意をしたが、せめて庄右衛門の手で殺すべきだったか、殺さず里の者に委ねて正解だったか、わからなくなってしまっていた。
あまりにも虚しく、悲しく、胸にぽっかりと穴が空いてしまったようだ。
(梅吉も、マキも、はるもどう思っているのだろう……もう、相談したり確認する術はないというのに)
この復讐が成功したのか、家族が望む形だったかどうか、庄右衛門の頭の中をぐるぐると駆け巡って行く。
庄右衛門はどんどんどこかへ向かって歩いて行ってしまう。やがて娼家の外へ出てしまった。雪丸はおろおろしながら付いて行くしかない。
「生きてたら楽しいことだってあるよ!ほら、この間みたいに、誰か偉い人のお抱え絵師になるとか!」
「未練がもう無いんだ。死なせろ」
雪丸は絶句した。
庄右衛門は本気で生を放棄する気だと察したからだ。すぐ庄右衛門の手を掴む。爪だったところが痛むのか、庄右衛門が睨んできた。しかし、雪丸は怯まなかった。
「だ、だったら、私とずっと一緒にいて!」
しんとその場が静まり返った。庄右衛門の厳しい目つきが雪丸に降り注ぐも、雪丸は庄右衛門に死んでほしくない一心で喋り続ける。
「人ならざるものはこれからも出てくるし、庄右衛門と旅するのはとても楽しいし、なんなら全国回ってみてもいいじゃないか!やることは沢山あるよ!生きることって、そう悪いことばかりじゃないんだから!」
「それはお前の勝手な考えだろうが」
庄右衛門が吐き捨てるように言うと、
「そうだよ!私の都合だ!私に付き合ってもらう!」
と雪丸は目に涙を溜めながら叫んだ。
「庄右衛門が死んでしまったら、すごく悲しいんだ……お願い、行かないで……庄右衛門の生きる理由になりたいんだ……私のそばにいてよぅ……」
「……」
最後の方は幼児のように泣きじゃくってしまった雪丸を、困ったように眺める庄右衛門。
返事をしようとしたその時、ぐらりと視界が傾いた。
「庄右衛門⁉︎」
雪丸の叫び声。誰かが駆け寄る音。あざみの声。
目の前がぐるぐると回転し、力が抜けるようだ。いつの間にか体中の痛みが消え、麻痺するようにビリビリする。
「血が流れ……怪我……酷………」
「どこか……運び込……ないと!」
周りが騒ぐ中、このまま放っておいてくれ、死なせてくれ……と願う庄右衛門。やがて静かに意識を手放した。
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