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働き蜂
六
しおりを挟む途端に兵次郎は苦しげに悲鳴をあげると、気を失いその場に崩れるように倒れた。胸を撫で下ろす庄右衛門と雪丸、何が起きているのかわからないあざみたちが残された。
「畳に描くなんて……」
「手元に紙がなかったんだ」
雪丸と庄右衛門は軽く笑う。
しばらくすると、團蔵たちが部屋にやってきた。
「庄右衛門!本当に生きとったのか!怪我は酷いが……」
庄右衛門が無言で頭を下げると、團蔵はあざみに声をかける。
「外で急に従業員たちが気を失ったぞ。一体どうなっているやら……」
「兵次郎も突然気を失ったわ」
一同で兵次郎を取り囲む。兵次郎の瞼が震え、ゆっくりと目が開いた。
「ぼ、僕は……」
兵次郎は真っ青だ。兵次郎の瞳が忙しなく動く。震える手で顔を覆って、深く後悔したような呻き声を長々と漏らした。
兵次郎はゆっくりと正座した。そして床に手を置き、深々と頭を下げた。
「数々のご迷惑をおかけしました……なんの言い訳も致しません。どうぞ、好きなように処して下さい」
あざみと團蔵は呆気に取られた。やがて團蔵が口を開いた。
「し、庄右衛門にした行いについては……」
「庄右衛門、梅吉くん、はるさんを亡き者にし、城主殺しの濡れ衣を着せました。動機は個人的な怨恨と、城主との間に起きた金銭の問題です」
顔は見えないが、兵次郎は淡々と答えた。ただ一人、本当の理由を知っている庄右衛門だけは苦い顔だ。
と、兵次郎が庄右衛門に向き直った。
「庄右衛門、どんな理由があるにしても、僕の気持ちは嘘じゃなかったし、その結果浅桜家を滅ぼしてしまった。謝ったって君の気が済むことはないし、家族が生き返ってくれるわけじゃない……それでも、心から謝罪させて欲しい」
整った顔が涙に濡れていく。
その目が、かつて親友として笑い合っていた時の兵次郎の目であることに、庄右衛門は気づいてしまった。
兵次郎は震えながら深々と頭を下げ、
「本当に、申し訳なかった……」
と声を絞り出した。
雪丸が長いこと無言でいる庄右衛門を心配して見ると、
「顔、上げろ」
と庄右衛門が言った。兵次郎はまだ土下座をしている。もう一度促され、やっとおずおずと顔を上げた。
「お前が望んだ形じゃないだろうが、俺の人生にとってお前は他じゃ替えが効かない、大切なんて言葉じゃ足りない存在だったんだぞ。そのことに気づいて欲しかった」
庄右衛門が唸った。兵次郎ははっとしたような顔をして、俯いた。
「これで全部終わりにしてやるよ、大馬鹿者」
庄右衛門の剛腕が唸り、兵次郎の整った細い顎に肉付きの良い拳が思い切りめり込む。人体からしてはいけない音が兵次郎から鳴り、勢いよく吹き飛ばされ、庄右衛門の血がついた畳に叩きつけられた。
庄右衛門は右手を掴んで思い切り咆哮した。手の痛みと、心の痛みに耐えられず解き放った思いのようだ。とても悲しい声だった。
雪丸は庄右衛門の凄まじい様子に足がすくんだ。あざみや忍びたちは慌てて兵次郎の元へ走り、團蔵は、
「庄右衛門!」
と咎めるように怒鳴る。庄右衛門は肩で息をしながらも、
「俺の仇打ちはこれで終わりです。あとは里の者たちで話し合って処してください……」
と返事をした。庄右衛門の震える拳からは、とめどなく血が流れていた。
「お前も里の者だろう。これからどうするのだ?帰ってきてはくれぬのか?」
團蔵が聞くも、庄右衛門は無言で着物を着て、部屋を出て行った。雪丸は團蔵とあざみに頭を下げると、心配そうな顔をして庄右衛門に付いていく。
團蔵はため息を吐くと、あざみと兵次郎の元へ行く。
「お前は磔の刑の後、晒し首とする。かつて、庄右衛門に同じことをしたからな。お前が犯した罪も全て表に出す」
「わかりました……」
庄右衛門に殴られた時に歯が折れ口の中を切ったらしい。兵次郎は口や鼻から大量に血を垂らしながらも、冷静に返事をした。
「どうか、僕の仲間たちは罪を軽くしてやってください……彼ら、彼女らは僕が脅して言うことをきかせてただけなんです」
「考えておこう。お前たち、舌を噛まないよう猿轡を噛ませておけ」
團蔵がそう指示を出している間、あざみは庄右衛門と雪丸が出て行った方を、悲しい顔で眺めていた。
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