筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

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働き蜂

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 夕方頃、生乾きではあるものの着物を身につけ、移動した。

 最初は普通の速さで話しながら歩いていたのだが、庄右衛門がぴたりと足を止めた。雪丸が怪訝に思い振り返ると、庄右衛門は人差し指を口の前に立てた。声を出すなと言うことだ。そこからは無言で早歩きを続ける。雪丸もここで、足音の数が多いことに気づいた。

(人ならざるものの気配と一緒に、八人来ている……)

 雪丸は不安になって庄右衛門を見る。庄右衛門は追ってくる者を探して目だけで周りを確認していた。

 と、いきなり庄右衛門が、

「走れ‼︎」

と叫んだ。雪丸と庄右衛門が駆け出した後、縄に括られた大きな球が落ちてきて、先程まで二人がいた地面を爆破する。陶器の破片が飛び散る。
 この爆弾は焙烙火矢ほうろくひやと呼ばれ、陶器製の入れ物に火薬を詰め、火をつけて相手に投げつけるものだ。爆破だけでなく割れた陶器も炸裂するので、例え避けられても怪我をする危険なものだ。

 雪丸は思わず冷や汗をかいたが、

「止まるな!走れ!」

と庄右衛門に背中を押される。
 逃げる二人を追うように、地面や木に、矢や棒手裏剣が突き刺さる。雪丸の左側の茂みから物音がした。

「伏せろ!」

 思わず雪丸がしゃがむと、雪丸の胴があったところに柿渋色の忍び装束の男が腕を伸ばしていた。雪丸を捕まえようとしたらしい。
 が、庄右衛門の恵まれた体躯から放たれた右拳が、的確に顔面を捉えて打ち据えた。男は鼻血を噴出させながら吹き飛び、地面を転がって伸びてしまった。
 庄右衛門が雪丸の二の腕を掴んで立たせ、走り出す。

(私を捕まえようとした、ということは……以前と同じ忍びの者か⁉︎)

 庄右衛門を狙った矢を刀の錆で振り落とし、庄右衛門はその隙に棒手裏剣を矢が飛んできた方向へ投げた。鋭い悲鳴が上がるが、確認せずにひたすら逃げる。
 庄右衛門より雪丸の方が足が速いので、先に逃げるように指示を出した。雪丸は少し躊躇したが、駆けていく。庄右衛門は残って、追ってきた忍びたちをここで片付けることにした。
 忍びたちが姿を表す。二人ほど潰して、四人出てきた。残り二人はどこかに隠れているらしい。
 庄右衛門は小刀を片手に構え、

「俺が相手だ」

と唸った。ジリジリと忍びたちが間合いを詰めていく。

「浅桜庄右衛門。そこまでだ」

 背後から声がしたのでその方向に投げてやろうと懐の棒手裏剣に手をかける。しかしそこには、後ろ手で拘束された雪丸を伴った忍びが三人。一人は雪丸の刀を取り上げている。

(しまった……追手ばかりに気を向けていたばかりに……!)

 挟み撃ちにされて雪丸を人質にされた事に今更気づき、庄右衛門は歯を食いしばった。

「お前が大人しく捕まってくれるなら、コイツには何も手を出さないでやろう」

 雪丸の腕を締めながら忍びが言った。雪丸の顔が苦痛に歪む。庄右衛門が懐の手を動かそうとすると、

「抵抗するならこいつの細い首を掻っ切る」

と、忍刀を抜き、雪丸の白く長い首に当てた。
 庄右衛門は悔しそうに睨んでいたが、やがて小刀を捨て、両手を上に挙げた。

 途端に周りにいた忍びたちが四人がかりで庄右衛門を縛り上げた。隠れていた二人も出てきて、庄右衛門に猿轡さるぐつわをする。

「庄右衛門!」

 雪丸が叫ぶが、忍びの者が別の忍びに雪丸を乱暴に押し付けた。その忍びも手際良く雪丸を縛り上げた。

「これでいいな?我々はこのまま庄右衛門を椿山様の元へ連れて行く」
「俺たちはこいつを閏間神社まで届けるぞ」

 そう話し、やがて五人の忍びは庄右衛門を何処かへと連れて行ってしまった。

「さあて、お雪ちゃんよ。お家へ帰る時間だ」

 雪丸を捕らえている忍びが笑う。
 刀は別の忍びが持っている。後ろ手で縛り上げられ猿轡を噛まされては何もできない。

(こんなことでは帰れない……椿山、とか言っていたし、庄右衛門を助けないと大変なことになってしまう!)

 雪丸は担がれてしまうが、忍びの上でもがもがと暴れる。

「くそっ……大人しくしろ!」
「何やってんだ、早くこの中へ入れろ!」

 忍びは雪丸の体を折り曲げて拘束し、農民の背負い籠に詰め込んで蓋をしてしまった。ほぼぴったり収まっているので、暴れようにも暴れられない。
 隙間を覗くと、忍びたちは忍び装束と頭巾を取り、ぼろぼろの着物を羽織って手拭いでほっかむりをした。

(農民に変装した……)

 これでは背負い籠に違和感を持ってくれる人はいないだろう。ゆっくりと背負われ、歩き出した感覚が伝わった頃、雪丸は庄右衛門の元へ行くことを諦めかけた。

 ところが、しばらく歩いたところで、籠を背負っている者の足が止まった。籠の外で女の声がする。

「庄右衛門はどこだい?」
「何の話だ?」
「知らないの?」
「知らんなあ」
「嘘……ついたねぇ」
 
 何か鋭いものが刺さる、鈍い音。細いものが無数に飛び、引き裂く音。何かが滴る音。悲鳴。

 雪丸の入っている籠が突然揺れて、倒れた。衝撃で蓋が飛び、雪丸の体もはみ出る。
 そこで雪丸が見たものは、忍びたちが全員血塗れで倒れ伏し、行く先に藍色の忍び装束を着た者が立っている光景だった。

 藍色の忍び装束がこちらに向かって歩いてくる。雪丸は逃げることもできず横たわっていた。ふと、忍び装束がしゃがみ、顔を隠していた頭巾をずらした。

 雪丸はその顔に覚えがあった。ある野営の近くにいた、やたらと庄右衛門に馴れ馴れしくしていた美女。

(あ、あざみさん……?)

 驚いて硬直していると、あざみは雪丸の拘束をテキパキと解いた。
 猿轡も外してやると、

「で?庄右衛門はどこにいるんだい?」

と質問してきた。雪丸がまごまごしていると、

「早く答える!」

とぴしゃりと言うので、慌てて答えた。

「場所はわからない……でも、椿山兵次郎のところへ連れて行かれたんだと思う」
「そう……とうとう生きていることがバレたのね」

 あざみが焦った様子で呟く。

 雪丸は他に忍びたちが何か言ってなかったか思い出そうとしたが、別のことが頭に浮かんだ。
 忍びたちから逃げている時、間違いなく五匹の人ならざるものの気配を感じた。ここにいる忍びたちとは一緒にいない。

(つまり、庄右衛門を連れて行った五人に、人ならざるものがついている……)

 そうなると、一人では封印ができないので、ますます庄右衛門が危ない。

「嫌な予感がしたから戻ってきたけど、正解だったようね。早く庄右衛門を助けに行かないと」

 あざみが立ち去ろうとしたので、雪丸が慌てて呼び止めた。

「待って!私も行く!」

 あざみがイラついたように睨んでくる。

「冗談でしょ?足手まといにしかならないから嫌よ」

 あざみの冷たい視線が突き刺さる。美人の凄みはとんでもなく圧が強い。しかし、引き下がるわけにもいかないので、雪丸も負けじと言い返した。

「庄右衛門には私の力が必要なんだ!私が行かないと大変なことになるよ!」

 あざみの目が探るように雪丸の目を覗き込んだ。

「どういう意味?なんであんたみたいな坊やが役に立てるなんて断言できるの?」
「庄右衛門が私を側に置いて、旅をしているのが何よりの証拠だよ!」
「庄右衛門のことは信用できても、あんたのことは知らないから信用できないね。」
「でもその庄右衛門は私の力を信用してくれているんだ……あなたが連れて行ってくれないなら、私一人でも行く!」

 あざみと雪丸はしばらく睨み合っていたが、やがてあざみがため息をいた。

「あんたと庄右衛門がどういう関係かわからないけど、庄右衛門のことを助けたいってことだけはわかったよ。しょうがない……ついて来れなかったら置いていくからね」
「ありがとう……!」

 雪丸が刀を拾いつつ笑うと、あざみはこっちだよ、と走り出した。

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