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蜂
三
しおりを挟むしばらくして、彼女たちの町の入り口に近づいた。
そこそこ大きな城下町だ。城を中心に家臣の住む侍町が囲い、武器を作る職人や宿場・市場で働く町人たちが住む町屋が並ぶ。
その周りを、田畑がぐるりと広がり、農民の住処もその田畑の間にあった。
もう作物は綺麗に刈り取ってあり、今は戦の支度をしているようだった。
庄右衛門は妙だと思った。
男手は先程の足軽たちで全てのはずで、なぜ今残っている女たちは逃げたりせずに、槍や防具を持って走ったりしているのだろう。
握り飯や兵糧丸を作る台所の係はいるが、武装をした女がチラホラ立っており、それらが他の女に指示を出している。
この町の中心にある侍町や城を守るために、この田畑に銃弾を防ぐ竹束をいくつも置いているようだ。
(男の代わりのようだ……)
先程の足軽たちよりも立派に仕事をしているとさえ感じた。頼もしいを通り越して、性別を間違えたのだろうかとも思った。
庄右衛門と雪丸が村の中に入ると、村の女たちは小さく悲鳴を上げたり、小走りで逃げ始めたり。
武装をした女たちが素早く駆け寄り槍を構えて、
「何者だ!これより先に無断で入ってはならぬ!」
と叫んだ。すぐに駆けつけ、そしてピシリと槍を構える様に、庄右衛門は軽く感心してしまう。本当に勇猛果敢だ。
雪丸は思わず刀の柄を掴むも、恰幅の良い嫁が、
「この人らはあたしの客だよ。行くところがないようだから、うちに泊まりにくるように誘ったんだ」
と前に出てくれた。
武装をした女は槍を下ろすも、
「よりによってこの非常事態に、素性の知らぬ男を招き入れるとは……美祢、何を考えている?」
と日焼けした顔で睨む。恰幅の良い嫁、もとい、美祢は肩をすくめ、
「考えるも何も、これから戦が起こるってのに身を隠す所がない人間を避難させただけさ。二人とも見た目は物騒だろうけど、可哀想な身の上でね。
人助けをしたなら、蜻蛉御前様もお許しになるでしょ」
と言う。女はしばらく美祢と庄右衛門たちを交互に見ていたが、
「……仕方がない。御前様には私から報告しておく。通れ」
と、引き下がった。
あちらこちらから視線が突き刺さり、ヒソヒソと話をする声が聞こえる中、ようやく美祢の家に辿り着いた。
「ボロだけど、入んな」
美祢に礼を言って、庄右衛門と雪丸は土間に入った。雪丸は太刀を下ろして一息つく。
「ちょっと狭いけど旦那の部屋使ってくださいな。私とうちの子はいつもこっちで寝てるから」
そう言って、少し小さめで日当たりが悪い部屋を指さす。
「旦那さんと一緒に寝ないのですか?」
雪丸は他意無く聞く。美祢は少し顔を顰め、
「いやですよ、なんで夜まであんな人と一緒に居ないとならないんだか」
と台所へ引っ込んだ。
三歳くらいの男の子が、鼻水を垂らしながら襖越しに覗いている。
「お兄ちゃん、だあれ?」
「私は雪丸です。君は?」
「与吉……」
雪丸がにこりと笑うと、男の子はモジモジしながら出てきた。
そして、雪丸の後ろに座っている庄右衛門に、
「おじちゃんはだあれ?」
と聞いた。
「庄右衛門だ」
いつもよりいくらか柔らかい声だ。小さい子に気を使うことができるのかと雪丸が驚いていると、与吉がとてとて、と庄右衛門に寄った。
そして庄右衛門の真横でごろんと寝転がる。しばらくじっと見ているかと思いきや、
「おじちゃん、父ちゃんよりでっかいねぇ」
と話しかけたり、庄右衛門の手甲を小さな手で撫でたりしている。庄右衛門は返事をしたり見守るだけだが、なんとなく与吉との壁が取っ払われたような気がした。
ふと、与吉が庄右衛門の筆がたくさん入っている袋を指差して、これはなにかと尋ねた。
「絵を描くのに使うんだ」
「おじちゃん、お絵描きするの?」
「ああ」
「見たい、見たい!」
与吉にせがまれ庄右衛門は少し考えてから、墨と筆を取り出して描いた。雪丸は、まさか変な絵を見せるんじゃないだろうな、と警戒する。
しかし庄右衛門が描き終えたのは、愛らしい黒柴犬が元気に駆け回る生き生きとした絵だった。
「わあ!おじちゃんすごい!わんわんだ!」
与吉がはしゃぐ。庄右衛門がまともで可愛らしい絵を描いたので、雪丸は目を見開く。
庄右衛門はそのまま黒柴犬をさらさらと二~三匹描き足す。まるで紙の中で動き出しそうな絵に、与吉は喜んで笑い声を上げた。
「かわいいねえ!おなまえは?」
「マキだ。賢いが、お調子者だぞ」
庄右衛門が優しくクスクス笑うと、与吉は庄右衛門の膝に寄りかかって夢中で絵を見る。
庄右衛門が背景を書き足して、これは近所の山だとか、畑がここで、とか説明している。
与吉が柿の木を描いて、うさぎを描いてなど言うと、庄右衛門はその通り描いてやる。たまに与吉に筆を持たせて試しに描かせてやったり、とても和やかだ。
雪丸は、父親のような庄右衛門を初めて見たので、胸の奥がほかほかと温かくなっていった。
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