筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

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「あんたがこの春画を描いたって聞いたんだけど?」

 恰幅の良い嫁さんが絵を突きつけた。無意味に高圧的な態度を取られたのでムッとする庄右衛門だが、

「依頼を受けて、金を貰ったから描いた。それだけだ」

とぶっきらぼうに答えた。途端に、

「んまぁ!やらしい…‼︎」

と絶句する五人。
忘れ物を届けに来た嫁さんが

「ふざけないでよ!夫にこんなもん売られて良い気がする嫁がどこにいるっていうの!」

と金切声をあげた。その声にそうよ、そうよと賛同する。

「いい歳したジジイがこんないやらしい絵を描くなんて!」
「夫が持って帰って、うちの子が見ちゃったらどうしてくれるんだい⁉︎」
「こんな穢らわしいもの売りつけるのやめてちょうだい!」

 庄右衛門を囲んで口々に喚き散らす女性たち。その周りでオロオロするだけの足軽たち。
 散々な言われようだが、庄右衛門は黙っているしかなかった。
 はるやたちと口喧嘩した時に学んだが、こちらが一つ言い返せば、女はその十倍の言葉をぶつけてくる。おまけに引き出しのように関係のない話まで引っ張り出してくるので、収集がつかないのだ。
 口が達者で語彙力も上の相手に対しては、好きなだけ話させて、嵐が過ぎるのを待つしかない。疲れて口数が少なくなってきたところでこちらが口を利けばようやくちょうど良い。

(問題は、その厄介な口が五つもあることだが……)

 一人が怒鳴りつかれたら別の口が怒鳴り、また別の口が怒鳴っている間に疲れを癒やして参戦する。

(兵糧戦のようだな……)

 怒鳴られながら、庄右衛門はそう現実逃避をした。

 と、ここで雪丸が昼飯を買い終えて帰ってきた。額に青筋を立てた庄右衛門が、五人の女性に詰られている。何が起きているのかわからないがただごとではないので、雪丸はすぐに側によった。

「どうしましたか?うちの庄右衛門が何かしましたか?」

 雪丸が愛想良く声をかけ、女たちと庄右衛門の間に入った。
 女たちは、突如現れた美しい剣士に目を奪われて一瞬うっとりするも、すぐに気を持ち直して、

「そこのでっかい人に、うちの夫にこんな絵を売りつけるのはやめろって言ってたところなの!」

と春画を見せる。
雪丸は、ああ……という顔をして、

「私に任せてくれる?」

と庄右衛門にだけ聞こえるように囁いた。庄右衛門は面倒くさくなっていたので、任せることにした。
 雪丸は凛々しい顔をシュンと落ち込ませてみせた。それだけで嫁軍団は動揺する。

「ご迷惑をおかけしました。でも、どうかうちの庄右衛門をお許しください……」
「えっ先生……?」

 嫁軍団と一緒に思わず庄右衛門も聞き返しそうになった。そして、雪丸はしおらしい様子で話し始める。

「私は身寄りがございません。でも、先生はそんな私を哀れに思って引き受けてくださったんです。
先生は素晴らしい絵師で、色んな風景やものを見て周り、絵に描きたいと願っておりまして……それがようやく叶ったのです。無理を言って私もお供として一緒に旅をしています」

 雪丸のぽんぽん出てくる作り話はどうやって生まれるのかと感心してしまった。端正な顔の若者が、目を見て真剣に話すだけでその場にいる者は耳を傾けてしまう。

「でも、旅にはお金が必要なのです。私の、先生の側にいたいというわがままのせいで、路銀は倍必要になる……先生は、私と旅を続けるために、描きたくない美人画や春画を描いて、路銀を稼いでくれているのです」

 雪丸が着物の袖で目を拭う素振りを見せれば、嫁軍団はほう……とため息をいて、足軽たちは悲しそうな顔をしている。

「だから、どうか先生を責めないでください。先生は私のために、頑張って描いているだけなのです!責めるならどうか私を……無力な私を責めてください……」

 雪丸がよよ、と顔を隠してしまった時、目が合った。嫁軍団や足軽たちに見えないよう、舌を出して笑っている。
 庄右衛門は思わず舌を巻いた。いくつか真実を混ぜ込んだ嘘は妙に真実味があるし、雪丸の仕草の一つ一つが悲哀に満ちていて、思わず慰めたくなるだろう。
 現に嫁軍団は、

「そんな、あんたを責めるなんてできないよ!あんたの先生も良い人みたいだし、あたしらが悪かったよ」

と慌てて雪丸に謝るし、足軽たちは、

「あんた、大変だったんだな……頑張れよ」

と涙ぐみながら庄右衛門の肩を叩いてきた。庄右衛門は微妙な気持ちになった。

 雪丸は嫁軍団に聞く。

「私たち、宿を探しているんです。ここの近くに宿場はありますか?」
「うーん、ここいらはそういうものはないんだよ」
「そうねぇ。あたしらの町はあるけど、今は宿場が閉じちゃってねぇ……」

 嫁軍団はしばらく困ったように喋り出す。

「お願いです!一晩だけでも、屋根をお貸しいただけないでしょうか?馬小屋でも倉庫でも良い!もう何日も休めてないのです!」

雪丸は手を合わせた。嫁軍団は顔を目合わせた。

「そりゃ……そうしたいけども……」
「あんた一人なら構やしないけどねえ……」

 そう言ってコッソリと庄右衛門を見やる。庄右衛門はカチンときた。

「何だよ?俺が居ちゃ困るってのか⁉︎」

 庄右衛門がイライラしながら唸ると、嫁たちはモゴモゴ言い訳をする。

「うちは小さい子がいるし……」
「うちには年頃の娘が……」
「うちは息子も出払ってるから、あたし一人で……」

 要は、事情があるとはいえあんなに精密でいやらしい絵を描いてたガタイの良い男を、家に招き入れるのは怖いと言いたいようだ。

 反論しようとする庄右衛門を手で制して、雪丸は嫁軍団を振り返った。

「心配しないでください!先生は女性に興味ありませんから」

 爽やかにそう言い放ち、庄右衛門の腕を絡め取ってしなだれかかった。



嫁たちは口を覆って後退り、足軽たちは、ああ、やっぱりそういう……という顔をした。「羨ましい……」という呟きさえ聞こえた。
 庄右衛門は思わず顔が引き攣ったが、雪丸が促すような顔をするので、

「そういうことなので安心して欲しい……」

と、歯を食いしばりながら言う。

 そういうことなら(?)、と恰幅の良い嫁さんが泊まる場所を提供すると買って出てくれた。
 足軽たちに罵倒に近い激励を飛ばして、嫁軍団は庄右衛門と雪丸を伴って歩き出した。
 嫁軍団はお喋りなので、次々と質問をされながら雪丸と腕を組んで歩く道中は、庄右衛門にとっては修羅場そのものだった。
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