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兎
六
しおりを挟む(紙に描かなくても、封印ができるんだなぁ)
庄右衛門が無事に封印出来たことに胸を撫で下ろしていると、後ろから鋭い悲鳴が上がった。
咄嗟に振り返ると、顔に布団を投げつけられた。
「み、見ないで!服着るまでそのままで‼︎」
雪丸の切羽詰まった声が聞こえた。正気に戻ったらしい。
声をかけられたので布団を取ると、まだ真っ赤な顔をしているものの、混乱と羞恥の表情をした雪丸が、きちんと着物を着て立っていた。
(助かった……)
まさかこの歳になって、女に性的な意味で襲われることになるとは、誰が予想できようか。
「で、俺の偽物に化かされたわけか……」
庄右衛門は雪丸の話を聞いて、脱力した。
雪丸は庄右衛門の偽物に理性を失う術をかけられ、その後に本物の庄右衛門に襲いかかったようだ。
「俺と違って、お前は見えるだけじゃなく気配も察知できるんだろ?しっかりしてくれ」
「わかってるけどさ……すごいそっくりだったんだよ……」
雪丸はかなり気まずそうに返事をした。頭から布団を被って顔を見せないようにしている。
「……そういえば、今は何か体調に変化はあるか?」
庄右衛門が尋ねると、雪丸はモゴモゴと答えた。
「なんかまだ……体がすごく熱いんだ……」
「気のせいじゃないか?」
そう言いつつ、本当に風邪だといけないので、庄右衛門は雪丸の額に触れた。さらりとした前髪を払うと、大きな瞳が熱を帯びて見上げてくる。
「熱いな。布団被ってるからか?」
突然庄右衛門が考え込むように黙った。そして雪丸としばらく見つめ合う。雪丸は段々気恥ずかしくなってきた。
庄右衛門のゴツゴツとした手が雪丸の首筋に触れた。庄右衛門の顔が近づいてくる。
(あっ……!)
雪丸は思わず目を瞑ったが、額に何か触れる感じがした。おずおずと目を開けると、庄右衛門はとっくに顔を離してしかめ面をしていた。やがて首筋に当てていた手を離す。
「やっぱり。お前、本当に風邪引いてるんだろう」
「えっ」
「脈が早い。汗もかいてて、肩で息をしている……昼間、薄着をさせたせいだな」
先程額に触れたのは、庄右衛門の額だったようだ。庄右衛門は雪丸に口を開かせ、
「喉も腫れている。今夜はうんと暖かくして休め。明日になってもまだ体が怠かったら、もう少しここに滞在しよう」
と言った。いつもよりいくらか優しい言い方で、なんだか親が子に言い聞かせるような様子だ。
雪丸が嫌がっているのに無理に薄着をさせた事を、少なからず後悔しているようだった。
庄右衛門は昼間に買った握り飯と、生えていた青ネギ、生姜で簡単に雑炊を作ることにした。ふと、雪丸が庄右衛門の着物を掴む。なんだ、と声をかけると、潤んだ目で見つめてきた。
「一緒に寝たら、暖かいんじゃないかな」
おずおずと誘いかける。庄右衛門は先程散々揉みくちゃになったのを思い出してしかめ面をし、
「子供みたいなこと言ってんじゃねえよ。横になっとけ」
と言い、雪丸にもう一枚布団を被せてその場を後にした。雪丸は少し泣きそうな顔をしてから、大人しく布団に潜った。
(心も体も操る化け物もいるのか……早々に封印できてよかった)
庄右衛門が台所で雑炊らしいものを煮ながら安堵する。ぼんやりとしすぎて、味付けのためのひとつまみの塩ではなく、砂をひとつまみ入れてしまっていた。
(今回は本当にひやひやした。あれ以上何かされていたら、今後旅を続けるのが難しくなるところだった)
庄右衛門も歳を食っているとはいえ男だ。若くて美しい雪丸に淫らな行為をされ続けたら、最後まで無視ができるか自信がなかった。
しかし手を出してしまえば、庄右衛門も雪丸もきっと後悔することになってしまう。
(旅を続けるならば、信頼関係がなければだめだ。男女の関係になるなどもっての外。
相棒として手を組むのが一番良い。)
刻んでおいたねぎではなく、草くずを入れてしまうが気付かない。
だが昼間のあずさの言葉や、うさぎの「想い人に姿を変える能力」と「欲望の枷を外す能力」、その能力を使われた雪丸の行動を思い出してしまい、庄右衛門はため息を吐いた。
(まだ若いから、何か勘違いをしているんだろう。どうせ一時だけの気持ちだ)
雪丸の熱のこもった瞳がチラついたが、苦々しい顔で首を横に振り、雑炊らしいものを雪丸のもとへ持って行った。
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