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兎
一
しおりを挟む「うむ、やはり良い稼ぎになるな」
庄右衛門は満足気に、膝の上の銭の袋を眺める。ぱんぱんに詰まった状態で三袋……路銀にしては多すぎるほどだ。
「いっそ本業にしたくなるくらいだ。なぁ、雪丸」
庄右衛門が背後の雪丸に向かって声をかけた。そこには不機嫌な顔をして袴を履き直している雪丸がいた。
「なんだ、もう着るのか?さっきの姿のままでもいいだろ」
「嫌だ!刀を使う時とかに困るし、男の人たちの助平な目がすごく不愉快だ!履く!」
ぷりぷりしながら答える雪丸に、庄右衛門は、
「怒るなよ。先日の酒代を稼いだと思えばいいだろうが」
と言い放つ。途端に雪丸はバツが悪そうにぶつぶつ言い訳をし始めた。
二人は宿場から一週間は路銀が尽きた状況で旅をしていた。
野草を食み、鳥や川魚を狩って自炊し、木の根元や洞窟に身を寄せて雨風を防いだ。その間も、夜になれば人ならざるものが襲いかかってくる。庄右衛門は化け物の絵が多くなってきたので、布で挟んで穴を開け糸で綴じた。もう五十枚を超えそうだ。
この時、雪丸の刀で斬りつけて、庄右衛門の墨で封印する、というやり方が上手く封印できる事に気づいた。刀だけではとどめが刺せず、墨だけでは中途半端に人ならざるものの力を吸い取るだけだった。
そんなこんなで化け物退治には慣れつつあるが、なにせ数が多すぎる。腹も減っているし、ヘトヘトだ。
ようやく戦の野営を見つけたので、早速路銀稼ぎを始めた。
庄右衛門は嫌がる雪丸の袴を脱がし、手甲や脚絆も引き剥がし、髪を下ろして玉結びにさせた。最後に紅の染料を水で溶いて、雪丸の形の良い唇に指で塗ってやれば、たちまち清楚な美少女が誕生した。
麗しい少女が恥ずかしがりながら春画の売り子をしているので、周りの男たちは大喜びで買いに来た。そしてその結果が冒頭の銭の山である。
「本当にもう、庄右衛門を手伝うのはこれっきりだからね!」
「おう」
雪丸がぷりぷり怒っても、庄右衛門は適当に返事をしながら辺りを見回した。そして、
「……ちょっと行ってくる」
と立ち上がる。雪丸が慌てて付いてきた。
「どこ行くの?」
「あー……お前は来ない方が良いと思うが……」
「やだよ、こんなところで一人になったら、またさっきの男の人たちに酷いこと言われるもの!一緒に行く!」
雪丸が顔を顰めて側にきた。庄右衛門は後ろ頭を少し掻くが、
「わかった。余計な口は挟むなよ」
と言って、歩き出した。
庄右衛門はのしのし歩いていたが、突然足音を消して歩き出した。この巨大でよくここまで無音で歩けるな、と雪丸が感心していると、庄右衛門が手で制した。
庄右衛門の視線の先には、一人の女性がいた。黒髪を高いところで緩く玉結びをし、豊かな胸元を露出しゆったりと着物を羽織っている。年増なのだが、それも気にならないような色白の美人で、なんとも色っぽい女性だ。
(あれが噂の御陣女郎……?)
雪丸は思わず庄右衛門を見上げた。
(あの人に用があるって……まさかこの人を買うの⁉︎)
庄右衛門は女性の背後にわざと音を出して立った。女性は咄嗟に振り返り、簪を突き立てようとした。あまりに速い動きで、雪丸は庄右衛門が殺されると思い、飛び出そうとした。
ところが、簪を持った女性の腕が止まった。驚いて庄右衛門の顔を見ている。庄右衛門は平然と声をかけた。
「聞きたいことがある。少し良いか?」
「まさか、庄右衛門なの⁉︎」
女性が震え声で問うと、庄右衛門は小さく唸った。
女性は簪を落として思い切り庄右衛門に抱き着こうとした……が、庄右衛門はそれをヒラリとかわす。
「ちょっと!なんで避けるの!あたしがどれだけ悲しんだか……どれだけ嬉しいか!」
女性が怒りながら向き直ると、傍らにいる雪丸にも気が付いた。
「……誰だい、その子?」
「連れだ」
庄右衛門が素っ気なく答えて、雪丸に説明する。
「こいつはくのいちのあざみだ。娼館の娼婦や御陣女郎として潜り込んで調査している。昔からの仕事仲間だ」
「ただの仕事仲間じゃないのよ~?夜はたっぷり仲良くしてたものね~?」
「してない。嘘を言うのはやめろ」
あざみが庄右衛門にしなだれかかるが、庄右衛門はしっしっと手で追い払う。
雪丸が面白くなさそうにあざみを見ると、あざみは少し意地悪な笑顔を向けた。
「でも昔からの仲だもの。誰も知らない庄右衛門の顔もあたしは知ってるのよ」
「うん……?まあ、確かになあ」
庄右衛門は仕事中での話をしているつもりで返事をすると、あざみはしめた、と思う。
「そんな深い関係のあたしに、わざわざ会いに来てくれたんだよね?
なのに、無関係の坊やがここにいるのは野暮というものよねぇ。せっかく二人きりになれるのに……」
庄右衛門の太い腕に寄りかかってにこにこする。庄右衛門は顔を顰めているのだが、特に何も否定しなかった。
雪丸はかなりむかむかときたので、あざみを睨んでからくるりと元来た道を帰りはじめた。
「おい、雪丸?どこ行くんだ?」
「二人でごゆっくり!」
雪丸が振り返りもせずどんどん遠ざかってしまった。
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