筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

文字の大きさ
上 下
24 / 58

しおりを挟む


「庄右衛門、お酒全然飲めなかったんだね。気づいてあげられなくてごめん……」
「んぁあ?俺は飲めるぞ?」
「まさか少し口に含んだだけでこんなに酔っ払っちゃうなんて……」
「酔っ払ってねぇ!」

 雪丸は庄右衛門の腕を引っ張りながら、なんとか大部屋まで戻ってきた。部屋の隅に庄右衛門を座らせ、ひとまず一人分の布団を簡単に敷く。

「ほら、庄右衛門。お布団敷いたからそこで寝よう」

 雪丸が優しく声をかけると、庄右衛門は呻きながら這って布団まで向かった。無事に敷布団に横たわると、ウトウトし始める。

(こんなに無防備で弱ってる庄右衛門って、もしかしてかなり貴重だったりするのかな?)

 むにゃむにゃ言っている庄右衛門を眺めながら、雪丸は思った。
 旅を共にして二週間ほどだが、庄右衛門はいつでも気を抜かない人だった。眠る時も静かで、少しの物音にもすぐ反応するし、気難しくて感情的かと思いきやいつも冷静にものを見ている。
先程の狸たちにも、庄右衛門は冷静な目を向け、心を開かないでいた。
 それが今、酒の力でくったりと布団で丸まっている。

(なんか、可愛いかも……)

 雪丸はクスクス笑う。うんと年上の壮年を可愛らしいと思うなんて、人生で絶対に起きっこない出来事だと思っていたからだ。

 雪丸は蔵を片付けるために立ち上がろうとした。
が、庄右衛門の大きな手が雪丸の細い腕を掴み、思い切り引き寄せた。

「えっ?わっ……!」

体勢を崩して、庄右衛門の上に倒れてしまった。



(えええ……⁉︎)

 雪丸は何が起きているのか把握できていなかった。
 庄右衛門の皮膚の厚い掌やら、酔って体温の上がった胸板やら、息遣いやらが何もかも近くて密着していて、雪丸はまた茹で蛸のように真っ赤になった。

(庄右衛門の心臓の音が聞こえる……)

とくん、とくん、と心地よい音が胸板から響き、雪丸は夢見心地だった。

(庄右衛門……もしかして、これから、私を……?)

 雪丸は小さな胸をどきどきさせながらそっと見上げる。




 ところが、庄右衛門は見事なまでに深く眠っていた。軽くいびきまでかいている。
 だが、握られた腕が離されることはなく、それどころか最終的には抱き締められる体勢になってしまった。

 何かされているのに何もされず、雪丸は一人心臓をバクバクさせながら夜明けを待った。





「うぅ……」

 川のほとりで、庄右衛門が青い顔をして座り込んでいる。

 今朝は二人揃って寝てしまい、土蔵のお酒が大量に無くなっていることに気づいた宿屋の主人にどやされてしまった。仕方がない事とはいえ、雪丸が飲んだ分と、狸の化け物たちが飲んだ分の酒の金を払わなければならなかった。

「まるで狸に化かされたようだ……」

 庄右衛門が呻いて顔を覆う。

 しかも、庄右衛門は酒を飲んで以降の記憶がない。
目が覚めたら、雪丸と一つ布団で眠っていたのだ。しかも、仲睦まじく抱き合いながら。
あまりのことに驚いて、危うく雪丸に二日酔いの吐瀉物をかけてしまうところだった。
 昨夜自分は何か雪丸にやらかしてしまったりしてないだろうか。これは九割ないと思うが、何か過ちが起こってしまっていたらどうしようと、ぐるぐる頭を駆け巡る。
 当の雪丸に話を聞こうとしても、気にしないでくれと赤面して答えるだけで、まるで会話にならない。

(だから酒は嫌なんだ……!)

 雪丸はかなりのザルのようだが、庄右衛門は酒癖の悪い超下戸であった。
 酒を飲み始めた若い頃、庄右衛門の両親や嫁のはるにしこたま迷惑をかけてしまったことがある。それ以来断固酒を拒絶してきたものの、たまたま食事に入っていたり、上忍の無茶振りで飲まざるを得なくなってしまう時があった。
 気を失うならまだ良い方で、いつもより気性が荒くなったり、頓珍漢なことをしてしまう。

(この歳になってもまだ、そんな癖が抜けないとはな……)

 庄右衛門は情けなくなってきた。これからはより一層酒類には気を付けなければならない。

 近くの屋台で昼飯を買ってきた雪丸が、遠慮がちに庄右衛門に近づいた。

「庄右衛門、あの……蕎麦なら食べれるかなと思って」
「食えない……」

 庄右衛門が断ると、雪丸はしょんぼりしながら蕎麦を啜った。

「今回は羽目を外し過ぎた。路銀も尽きたし、しばらくはまた野宿だからな」
「わかったよ……」
「本当に覚えておけよ」

庄右衛門が雪丸を睨んだ。

「次に春画売る時はお前に女の格好で売り子をしてもらうぞ!」
「ええー!やだよ!やだぁ!」
「うるせぇ!拒否権はねえからな!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

架空戦記 隻眼龍将伝

常陸之介寛浩☆第4回歴史時代小説読者賞
歴史・時代
第四回歴史・時代劇小説大賞エントリー ♦♦♦ あと20年早く生まれてきたら、天下を制する戦いをしていただろうとする奥州覇者、伊達政宗。 そんな伊達政宗に時代と言う風が大きく見方をする時間軸の世界。 この物語は語り継がれし歴史とは大きく変わった物語。 伊達家御抱え忍者・黒脛巾組の暗躍により私たちの知る歴史とは大きくかけ離れた物語が繰り広げられていた。 異時間軸戦国物語、if戦記が今ここに始まる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この物語は、作者が連載中の「天寿を全うしたら美少女閻魔大王に異世界に転生を薦められました~戦国時代から宇宙へ~」のように、異能力・オーバーテクノロジーなどは登場しません。 異世界転生者、異次元転生者・閻魔ちゃん・神・宇宙人も登場しません。 作者は時代劇が好き、歴史が好き、伊達政宗が好き、そんなレベルでしかなく忠実に歴史にあった物語を書けるほどの知識を持ってはおりません。 戦国時代を舞台にした物語としてお楽しみください。 ご希望の登場人物がいれば感想に書いていただければ登場を考えたいと思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。

俣彦
歴史・時代
織田信長より 「厚遇で迎え入れる。」 との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。 この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと 依田信蕃の最期を綴っていきます。

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

処理中です...