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狸
五
しおりを挟む「庄右衛門、お酒全然飲めなかったんだね。気づいてあげられなくてごめん……」
「んぁあ?俺は飲めるぞ?」
「まさか少し口に含んだだけでこんなに酔っ払っちゃうなんて……」
「酔っ払ってねぇ!」
雪丸は庄右衛門の腕を引っ張りながら、なんとか大部屋まで戻ってきた。部屋の隅に庄右衛門を座らせ、ひとまず一人分の布団を簡単に敷く。
「ほら、庄右衛門。お布団敷いたからそこで寝よう」
雪丸が優しく声をかけると、庄右衛門は呻きながら這って布団まで向かった。無事に敷布団に横たわると、ウトウトし始める。
(こんなに無防備で弱ってる庄右衛門って、もしかしてかなり貴重だったりするのかな?)
むにゃむにゃ言っている庄右衛門を眺めながら、雪丸は思った。
旅を共にして二週間ほどだが、庄右衛門はいつでも気を抜かない人だった。眠る時も静かで、少しの物音にもすぐ反応するし、気難しくて感情的かと思いきやいつも冷静にものを見ている。
先程の狸たちにも、庄右衛門は冷静な目を向け、心を開かないでいた。
それが今、酒の力でくったりと布団で丸まっている。
(なんか、可愛いかも……)
雪丸はクスクス笑う。うんと年上の壮年を可愛らしいと思うなんて、人生で絶対に起きっこない出来事だと思っていたからだ。
雪丸は蔵を片付けるために立ち上がろうとした。
が、庄右衛門の大きな手が雪丸の細い腕を掴み、思い切り引き寄せた。
「えっ?わっ……!」
体勢を崩して、庄右衛門の上に倒れてしまった。
(えええ……⁉︎)
雪丸は何が起きているのか把握できていなかった。
庄右衛門の皮膚の厚い掌やら、酔って体温の上がった胸板やら、息遣いやらが何もかも近くて密着していて、雪丸はまた茹で蛸のように真っ赤になった。
(庄右衛門の心臓の音が聞こえる……)
とくん、とくん、と心地よい音が胸板から響き、雪丸は夢見心地だった。
(庄右衛門……もしかして、これから、私を……?)
雪丸は小さな胸をどきどきさせながらそっと見上げる。
ところが、庄右衛門は見事なまでに深く眠っていた。軽くいびきまでかいている。
だが、握られた腕が離されることはなく、それどころか最終的には抱き締められる体勢になってしまった。
何かされているのに何もされず、雪丸は一人心臓をバクバクさせながら夜明けを待った。
「うぅ……」
川の辺りで、庄右衛門が青い顔をして座り込んでいる。
今朝は二人揃って寝てしまい、土蔵のお酒が大量に無くなっていることに気づいた宿屋の主人にどやされてしまった。仕方がない事とはいえ、雪丸が飲んだ分と、狸の化け物たちが飲んだ分の酒の金を払わなければならなかった。
「まるで狸に化かされたようだ……」
庄右衛門が呻いて顔を覆う。
しかも、庄右衛門は酒を飲んで以降の記憶がない。
目が覚めたら、雪丸と一つ布団で眠っていたのだ。しかも、仲睦まじく抱き合いながら。
あまりのことに驚いて、危うく雪丸に二日酔いの吐瀉物をかけてしまうところだった。
昨夜自分は何か雪丸にやらかしてしまったりしてないだろうか。これは九割ないと思うが、何か過ちが起こってしまっていたらどうしようと、ぐるぐる頭を駆け巡る。
当の雪丸に話を聞こうとしても、気にしないでくれと赤面して答えるだけで、まるで会話にならない。
(だから酒は嫌なんだ……!)
雪丸はかなりのザルのようだが、庄右衛門は酒癖の悪い超下戸であった。
酒を飲み始めた若い頃、庄右衛門の両親や嫁のはるにしこたま迷惑をかけてしまったことがある。それ以来断固酒を拒絶してきたものの、たまたま食事に入っていたり、上忍の無茶振りで飲まざるを得なくなってしまう時があった。
気を失うならまだ良い方で、いつもより気性が荒くなったり、頓珍漢なことをしてしまう。
(この歳になってもまだ、そんな癖が抜けないとはな……)
庄右衛門は情けなくなってきた。これからはより一層酒類には気を付けなければならない。
近くの屋台で昼飯を買ってきた雪丸が、遠慮がちに庄右衛門に近づいた。
「庄右衛門、あの……蕎麦なら食べれるかなと思って」
「食えない……」
庄右衛門が断ると、雪丸はしょんぼりしながら蕎麦を啜った。
「今回は羽目を外し過ぎた。路銀も尽きたし、しばらくはまた野宿だからな」
「わかったよ……」
「本当に覚えておけよ」
庄右衛門が雪丸を睨んだ。
「次に春画売る時はお前に女の格好で売り子をしてもらうぞ!」
「ええー!やだよ!やだぁ!」
「うるせぇ!拒否権はねえからな!」
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