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第三章/出席番号二十九番・保戸田俊平

(三)

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「みんな、シートベルト付けたか!? こら横山、おやつのバナナはもう少し後だ!」

 こーちゃんの浮かれた声が響く。それにみんなが笑ったり返事をしたりする。普段なら適当に俺も合わせるところだけれど、今日ばかりはそんな気分にもなれない。

「俊平、テンション低いな。体調でも悪いのか?」
「えっ? いや別に! 楽しみだなぁ、沖縄!」

 トーマはおう、と笑う。テンション低いなと思うなら放っておいてくれよ。俺は【二位】と表示されたマイページを閉じて、機内モードをオンにした。
 どうしてあと一歩が届かないのだろうか。目標を達成することができず、すっきりしない気持ちを抱えたまま修学旅行を迎えてしまった。
 おまけにテストの結果は徹夜した割に振るわなかったし、親には小遣い抜きを宣告されるし。なんとか次回のテストで一〇〇位以内に入ることを条件に執行猶予をもらえたけれど……いよいよどん詰まりだ。はぁ。やっぱり未来のことを考えてもちっとも楽しくない。
 飛行機が離陸をして上昇を始めると、シートで見えない前の席から、こーちゃんと神林さんの声が聞こえてきた。

「どうした本宮、飛行機が苦手なのか?」
「チナ、絶叫系も苦手だもんね。大丈夫?」
「だい、じょうぶ……」

 本宮の奴、いつもはあんなに強気なくせに死にそうな声出してやんの。まじウケるな、とトーマに目線を送ろうとしたら、前のめりになって本気で心配していた。シートベルト着用のランプが消えると、トーマはすぐさま前の席に移動する。

「本宮さん、大丈夫?」
「別にへーき」
「無理するなよ。手、震えてんじゃん。なにか飲む?」
「あんたって、本当に心配性……」

 なんだよその甘ったるい会話! 噂は前からあったけど、まさか本当に付き合ってるのか? そうだとしたら大スクープだ! つーかよりによって本宮とか、トーマ趣味悪すぎるんだけど!
 だだ下がりだったテンションが少し上がる。イベントには色恋沙汰が付きものだ。誰が誰に告白しただのされただのは、枕投げくらい定番だ。
 この三泊四日の修学旅行、なにか面白いことが起きるかもしれない。いや、絶対に起きる。トーマの動向には注意しておこう。
 ついでに、俺にもなにか起きねーかな。寝る前に呼びだされて、星空のもと二人きり、とかそういう展開。そうしたら未来も、少しは楽しいものになるかもしれないのに。

 沖縄の地に降り立った瞬間、色が濃い、そう感じた。空も、海も、風も、花も、それぞれを構成する成分の段階から、俺の知っているものとはまるっきり違う。鮮度が高い、という表現がぴったりだと思った。
 十一月とは思えない日差しは、悪いものが繁殖する前の、生命の強さを帯びている。全身の細胞がじわじわと焼かれて、生まれ変わっていくような気がした。

 日記、書きてぇな。ふと思った自分に驚いた。
 ここ最近、夢中で執筆していたせいか、面白いものや目新しい情報に出会うと、これは日記のネタにできそうだ、と思うようになっていた。
 さすがに修学旅行中は更新しないけれど、今こうして感じている感覚は、いつかの日記に活かせるかもしれない。そう思ったら、退屈で仕方ないだろうと思っていた資料館やガイドの話が、驚くほど面白く聞こえた。
 自分で見聞きして体験する、生きたこの情報は、学校の勉強の百倍は価値がある。文豪が煮詰まったときに旅に出る理由が、ちょっとだけわかった気がした。

 一日目の予定を終えてホテルに向かう。俺が泊まるのは八人部屋で、トーマや横山といった目立つ奴らの他に、なぜか逢坂も含まれていた。どうやらトーマが誘ったらしい。放っておいたらどこにも入れてもらえないだろうという、お得意の正義感を発揮したのだろう。

「俺、部屋の風呂に入るから」

 大浴場に行く準備をしていると、広縁で話すトーマと逢坂の会話が聞こえてきた。

「逢坂、もしかして潔癖?」
「男同士で風呂に入ってなにが楽しいのかわからない」

 ははーん、これは。俺はまとめた荷物を肩にかけて、二人の元に向かう。

「あれー逢坂、大浴場行かねーの? 俺らと裸の付き合いして親交深めようぜ!」
「遠慮する」
「なんでだよー、楽しいぜ? それとも一緒に風呂に入れない理由でもあんの?」

 逢坂は俺を無視する。これは……間違いない。吹き出しそうになるのを堪えて、なぁ行こうぜ、と声をかける。

「俊平、無理強いはよくない。じゃあ逢坂、鍵置いていくからよろしく」

 逢坂は左手をすっとあげると、持参してきたらしい文庫本を読み始めた。修学旅行に来てまで本を読むとか、ぼっちにも程があるだろ!

「なぁトーマ、あれって絶対、アソコに自信がないからだよなぁ?」
「わからないだろ。体調が悪いとか、風呂が嫌いとか、理由はいくらでもある」

 こんなときまでいい子ぶりやがって。トーマはこういうところがあるから冷める。けれど通路ですれ違った湯上がりの女子たちを見たら、逢坂のこともトーマのことも一瞬でどうでもよくなった。女子風呂の位置はすでに把握している。覗きはこれまた枕投げと同じく、修学旅行における重要ミッションの一つだ。
 俺は事前に横山と練った作戦を、頭の中でシミュレーションしながらのれんをくぐる。が、ミッションは失敗。壁に登ろうとして滑り落ちてしまった。尻には痣ができたけれど、みんなが爆笑してくれたから、名誉の負傷としておこう。

 一日目の夜はみんな旅疲れが出たのか、特に面白いイベントもトラブルも起きることなく朝を迎えた。
 ただ一つ、驚いたことがある。時野旅人がいつも通り二十三時に日記を更新していたのだ。
 二十三時は消灯の時間だった。俺やトーマはその時間、広げていたお菓子を慌ててしまって、巡回の先生たちの気配に耳をすませていた。結局、来る前に寝てしまったけれど。
 誰かに見られるかもしれないというハイリスクを鑑みても、時野旅人は更新することを選んだ。どうやら是が非でも一位の座を守りたいらしい。
 時野旅人は今日も必ず日記を更新するだろう。これは正体を突き止めるいいチャンスかもしれない。




 二日目はバスに乗って、平和記念公園や美ら海水族館をまわった。

「どぉーだ、これがジンベエザメのジンタ君だ! デカいだろう!」

 こーちゃんはまるでジンタが自分のペットであるかのように言う。ときどき、こーちゃんは俺らよりも精神年齢が低いんじゃないかと思う。隣でにこやかに頷いている神林さんのほうが圧倒的に大人だ。

「先生、あれはなんですか?」
「あれはマンタだな。下から見るとにこって笑っててかわいいんだぞ!」
「ふふ、先生に少し似てますね」
「おいおい、さすがにあそこまでラブリーじゃねぇよ」

 こーちゃんめ、俺らのマドンナにデレデレしやがって。
 そういえばトーマの姿が見当たらない。どこに行ったのだろうと団体の最後尾まで戻ったら……いた。しかも、本宮と一緒だ。
 やっぱりあいつらデキてるのか。それともこれからデキるのか。このスクープチャンスを逃すまいと、俺は柱に隠れて二人にカメラを向けた。

「やめてください」

 後ろから声をかけられて、慌ててカメラを閉じる。巻島だった。

「んだよ、ビビらせんなよ」
「盗撮はダメです」
「盗撮ぅ? 友達の思い出の一ページを写真に収めてあげるんだから、むしろ親切行為だと思うけど?」

 言いながら再びカメラを構えると、巻島に腕を掴まれた。

「だから、ダメです!」
「なんだよ、巻島には関係ねーだろ!」
「中辻君がッ、あと本宮さんが、困ると思います!」
「わ、わかったよ! つーか離せ!」

 細い腕を振り払う。掴まれたところがジンジンと熱い。邪魔されたことも、そして巻島ごときに触れられてドギマギしている自分も、ムカつく。

「写真を撮ってどうするつもりだったんですか」
「どうするって、みんなに見せんだよ。本当に付き合ってんならネタになるだろ?」
「ネタにして、誰かが得しますか?」

 んだと……と言いかけて、口をつぐむ。
 いつも伏し目がちな巻島が、潤んだ目を細めて俺を睨んでいた。唇が震えている。なんなんだよ。自分のことならまだしも、なんでトーマと本宮のことで、お前がそんなに怒るんだよ。意味わかんねぇ。

「萎えたわ」

 きびすを返して先頭集団に戻る。
 誰が得するかって? そんなの、みんなに決まってるだろ。俺のスクープのおかげで、みんなが盛り上がるんだ。他人の恋愛事情は極上のネタじゃないか。
 そうか、巻島はぼっちだからこの面白さがわからないのか。正義感を振りかざして、いい子ちゃんぶって、話に入れない自分を正当化しようとしているのか。かわいそうな奴だ。

 ホテルに帰って食事を済ませると、風呂の時間がまわってくる。今日も逢坂は部屋の風呂を使うらしい。本当は大浴場に行きたいくせに、こいつもとことんかわいそうな奴だ。
 風呂から上がり、就寝時間までロビーの卓球をやるか、部屋で大富豪をやるか、女子の部屋にこっそり乗り込むかを話していると、トーマが俺に耳打ちをしてくる。

「俊平、俺ちょっと用事あって抜けるから」

 言いながら、わざわざコンタクトをつけるトーマを見て直感した。俺はスマホを握り締めて、トーマのあとをつける。スリッパの音が立たないように、つま先に力を入れながら。
 トーマは客室から離れた隣の棟に行くと、予想通り本宮と合流した。ごめん待った? あたしも今来たとこ。テンプレートな会話をしながら、二人は人目を盗むように奥に進む。距離があって会話ははっきり聞こえないけれど、いつもより早口なトーマの様子を見る限り、これから告白といったところだろうか。
 
 俺は息を殺して、通路の角から顔を出す。二人は窓に向かって、触れるか触れないかの距離で肩を並べている。これ以上ない絶好のシャッターチャンスだ。
 湯上がりの身体が火照る。汗が背中を伝う。スマホを握りしめた手が汗ばんでいく。たった一枚でいい。たった一枚写真を撮れば、十二分にネタになる。
 俊平、すげぇな! 超スクープじゃん! 俊平、その写真俺にも送って! みんなが俺のまわりに集まってきて、俺の名前を呼ぶ。俺の頑張りを認めてくれて、俺を頼ってくれる。トーマではなく、俺を。

 ――でももし、これでトーマが怒ったら?
 つけてきたのかよ、これって盗撮だろ、俊平のこと見損なった……。トーマが俺を否定したら、みんなは俺とトーマ、どちらの味方をするだろう。
 動揺して、スマホを床に落としてしまった。慌てて拾い上げるも、いま音しなかった? とトーマの声が聞こえてきた。パタ、パタ、と足音が向かってくる。
 まずい、バレる……! 逃げなければと思った瞬間、俺の目の前を誰かが通り抜け、トーマの前に飛び出した。

「あれ、巻島さん?」
「なっ、中辻君、こんばんは。あの、部屋に戻ろうとしたら、迷子に……」
「そうなんだ。客室がある棟は、巻島さんがいま来た通路を戻って、階段を上ったところだよ」
「あ、そうでしたか。すみません、お邪魔しました!」

 巻島は呆然と立っていた俺の腕を引いて、走り出した。パタパタパタ、俺のスリッパの音だけが響く。巻島はスリッパを手に持っていた。
 巻島は非常階段の鍵を勝手に開けると、踊り場に出た。そして扉を閉める。はぁ、はぁ、と荒い呼吸に合わせて、俯いた巻島の野暮ったい黒髪が揺れる。

「……いつからいたんだよ」

 違う、こんなことを言いたいんじゃない。けれど口が言うことを聞かない。

「保戸田君が、中辻君の後をつけているのを見かけて……私は、保戸田君のあとをつけていました」
「なんだよそれ、あとをつけるとか、キモ――」
「保戸田君に言われたくありません!」

 大きく肩で息をした巻島は、微かにくもったメガネの中心で目を細め、俺を睨む。その目尻が、じわりと濡れていく。

「中辻君は、お友達じゃないんですか? どうして中辻君が嫌がることをするんですか? 自分が同じことをされたら、嫌じゃないんですか?」

 Tシャツの裾を握りしめて訴える。中辻君、中辻君って……そうか。

「お前、トーマのことが好きなのか」

 巻島はなにも言わない。代わりにぽた、ぽた、とコンクリートに水の粒が落ちて、巻島の足元に水玉模様がつくられていく。トーマの行動を把握していたのも、隠し撮りを怒ったのも、全部トーマのことが好きだったからか。
 バカじゃねぇの。トーマと巻島なんて、誰がどう見てもあり得ない組み合わせだ。本宮の百倍あり得ない。文字通り万が一にも付き合えることはないのに、本当、バッカじゃねぇの。
 イライラする。叶わない未来に期待して、なんになるんだよ。

「トーマは友達じゃないかって? あぁそうだよ。みんなから信頼されてて、友達が多くて、モテて、俺にはないものを全部持ってる、ムカついて仕方ない友達だよ! 巻島だって、本当は本宮のことをウザいと思ってんだろ? なんでよりによって、あんなかわいくねぇ女を選ぶんだって、内心は思ってんだろ?」

 巻島は首を振る。

「いい子ぶってんじゃねぇよ! 泣くってことは悔しいんだろ? なんで自分じゃなくて本宮なんだって、どうして自分は選ばれないんだって、本当はうまくいかなければいいって、そう思ってんだろ?」

 巻島はうぅーと唸る。メガネを外して、落ちる涙を手で必死に拭う。さすがに言い過ぎただろうか、と冷静になって、けれど泣き止まない巻島にまたイライラする。

「あーもう汚ぇな!」

 肩にかけていた袋からタオルを取り出し、巻島の顔に押し付ける。巻島はうぅーと更に汚い声を上げて泣いた。
 なんだよ、なんなんだよこの状況。巻島といえど、一応は女だ。泣いている女を放っておくこともできず、仕方なくその場にズルズルと腰を下ろす。すると巻島も倣うように腰を下ろした。
 顔を上げると、星空が広がっていた。もう十一月のはずなのに、沖縄の夜風は湿っぽくて生ぬるい。女子と二人きりの展開は確かに望んでいたけれど、まさか相手が失恋ほやほやの、鼻をずびずびいわせてる巻島だなんて。

「怒らないで、聞いてほしいんですけど」

 巻島はタオルから顔を上げずに言う。

「保戸田君は、こちら側の人間の気持ちが、よくわかるんですね。私も、保戸田君の気持ちはよくわかります」

 イラッとしたのは言うまでもない。けれど怒らないでと前置きされている以上、怒ったら負けな気がする。

「正直、なんで本宮さんなんだろうと思ったこともありました。あら探しのためにしつこく観察もしました。だけどそれは結局、本宮さんのことが羨ましくて仕方がなかったからなんだと思います。自分の意見をはっきり言えて、大勢の人の前でも臆することなく行動できて。私は本宮さんを否定することで、自分を肯定しようとしていたんだと思います」

 巻島ははぁ、と息をついた。

「中辻君って、太陽みたいじゃないですか」
「太陽!?」

 突然なにを言い出すのか。吹き出した俺を気に留めず、巻島は続ける。

「一年の頃から見てました。場を明るくしてくれる、素敵な人だなって。もちろん、私の気持ちには微塵も気づいていないと思いますけど。中辻君は黒子の私にも優しく声をかけてくれる、本当にいい人です」

 自分が黒子と呼ばれていることを知っていたのか。名付けたのは俺はないけれど、胸がチクリとする。

「でも、だからこそ、ときどき悲しくなります。どれだけ頑張っても、あの人には届かないんだろうなって」
「あー、トーマって出来過ぎなところあるよな」
「憧れでもあり、妬ましくもあります。明るい太陽のそばには、より濃い日陰ができますから」
「日陰……そういや前に時野旅人も言ってたな。太陽は自らが日陰を作ることを知らない、だったっけか?」

 もしかしてあれは、トーマのことを言っていたのだろうか。いや、さすがにそれは考えすぎだろう。

「保戸田君、時野旅人の日記を読んでいるんですね」
「あーまぁ、暇だから」
「賢者の日記は読んでいますか?」

 不意に名前を出されて、思わずえ、とキョドってしまった。

「賢者、とてもいいことを言っているんですよ。よかったら読み返してみてください」

 読んでみてください、ではなく、読み返してみてください。それが暗に意味することを察して、かーっと羞恥心がこみ上げてくる。

「……なんでわかったんだよ」
「私は図書委員ですから。借りパクはダメだと、何回も忠告はしたのですけど」

 得意気に言われてイラッとした。はずなのに、なぜか笑ってしまった。
 よくよく考えてみれば、巻島が気付いても不思議ではなかった。俺が図書室に通い始めた時期と、賢者が日記を更新し始めた時期はぴったり一致しているし、巻島は図書委員で、本が友達だと平気で言いそうなぼっちだから、俺の日記に出てきた作品たちを読んでいた可能性も高い。
 完璧な計画だったのに、まさか巻島ごときに正体がバレるだなんて。こいつの黒子っぷりを甘く見ていたようだ。

「で、どうすんの? 言いふらすの?」
「そんなことしません」
「まぁ、言いふらす友達がいないもんな」

 負け惜しみの一撃だった。けれど巻島は言い返すわけでも、傷ついた顔をするわけでもなく、俺に問いかける。

「どうしてそんなに一人が怖いんですか?」

 でた、この諭すような言葉。いちいち上から目線で腹が立つ。
 でも、本当はわかっている。腹が立つ本当の理由は、図星を突かれているからだ。相手を否定することで、自分を肯定しようとする。巻島の言葉は当を得ているからこそ、抗いたくなる。
 自分より優れたものを認めてしまうと、自分がみじめになる。自分の愚かさを思い知らされる。

「一人でいるってことは、誰にも必要とされてないってことだろ」
「でも保戸田君には、ちゃんと友達がいるじゃないですか」
「友達? ははっ、まぁ、いるかもなー」

 形だけの。独りごちて虚しくなった。
 親友と呼べる関係の定義は、お互いに心を許せると認めることだと思う。困ったときは一番に相談する。間違ったときは叱ってくれる。嬉しいときは一緒に喜んでくれる。そういう相手が、俺にはいるだろうか。
 きっとトーマにはたくさんいる。どうやったらそういう相手ができるのか教えてほしい。面白い奴を演じたって、目立とうと努力したって、俺にはどうやってもできない。

「私は確かにぼっちですが、それを悲しいと思ったことはありません。だって自分が根暗で、影が薄くて、ブスで、ストーカー気質で、そのくせ好きな人の前ではキョドって話せなくなる、キモい女だってことはわかってますから」
「さすがにそこまでは思ってねぇよ」
「少しはそう思っているんですね」

 こいつ、うぜぇ! そのやたらと揚げ足を取りたがる口巧者なところが一番悪いんじゃねぇの、と心の中で悪態をつく。

「認めてしまえばいいんですよ。自分はこういう人間なんだって開き直ればいいんです。よそはよそ、うちはうち、って言うじゃないですか。隣の芝生は青いんです。私は本宮さんにはなれないし、保戸田君は中辻君にはなれないんです」

 わかってる、そんなこと。でも、口で言うほど心は単純にはできていない。
 俺はトーマになりたかった。努力しなくてもみんなに愛されて、物事を全てポジティブに捉えられて、頼れる長男で、人に優しくできる、中辻柊馬になりたかった。
 スマホがぶぶ、と震える。

【俊平、どこにいる? もうすぐ消灯時間だぞ。みんな心配してるから帰って来い!】

 みんなって誰だよ。誰も俺なんか心配しねぇよ。
 こんなときでも悪態をつく自分が、俺は大嫌いだ。

「おい、帰んぞ」

 立ち上がり、固まった筋肉を伸ばす。このままうっかり消灯時間になって、巻島とセットで掴まったりなんかしたら、俺自身がスクープのネタだ。そんなの絶対にごめんだ。
 巻島はもぞもぞと立ち上がると、あの、これ……とタオルを差し出した。泣き顔を必死に隠そうと、重い前髪を必死に伸ばしている。

「涙と鼻水で汚れたまま返すのかよ、女子力皆無だな。そりゃトーマにもフラれるわ」

 俺は受け取りを拒否すると、非常階段の扉を開ける。夜空に慣れた目が蛍光灯を浴びて、目が覚めたような心地になる。

「フラれてません」
「土偶みたいに目腫らした奴がなに言ってんだよ。見苦しいから隠せよな」

 さっきまであんなに威勢がよかったくせに、巻島はだんまりになってしまった。なるべく巻島と距離を取って歩きたくて、早足になる。ありがとうございます。そう聞こえた気がしたけれど、タオル越しの声はくぐもっていて、よく聞き取れなかった。
 部屋に帰ると、なにやら盛り上がっていた。その中心にはトーマがいる。

「俊平、おかえり! 間に合ってよかった。それで、あのさ。実は俺……本宮さんと付き合うことになったんだ」

 俺がしようとしていたことなど露知らず、トーマははにかんで言った。
 結局、トーマはこういう奴なのだ。
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