春画作家がだるま男に狂う

ルルオカ

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屈託ない探求心溢れる若者に、学者は絆されただけではなく、情報開示する見返りを求めた。病が広がるまでの経緯を包み隠さず教えてくれと。

一連のことを、村は情報統制して外部に漏らさないようにし、もちろん、よそ者の学者にも、頑として秘密にしていた。ので、いくら聞きとりしても、肝心要の情報が得られない。

きっと、それこそが真相につながるものだろうから、どうしても入手したいと。「秘密を暴いて、糾弾したり、吹聴したいわけではない。今、確信に迫っている、その後押しになる材料がほしいんだ」と訴えるのに、すぐに肯かなかった。

病の広まりがとどこおり、村が再起しようとする中、神主の息子という立場上とくに、その足を引っ張るかもしれない危険因子を見過ごせない。いくら、下心がなさそうな研究馬鹿でも、警戒しすぎるに越したことはい。と分かりつつも、疼いてしかたない好奇心、正体の知れない使命感に抗えず承諾。

生贄の儀式から村に起こったことを詳細に聞かせると「やはりか」と独り言ちてから、しばし間をおいて、ある外国の島の話を聞かせてくれた。

船で旅する人が見つけ、上陸した小さい島で、主に繁殖していたのは狼と山羊。狼が獰猛に吠えながら、山羊の群れに襲いかかるさまを見て、憐れんだ人は銃を手に取った。そして島中の狼を駆逐。

これで、血も涙もない狼の脅威、牙に怯えることなく、安心安全に山羊が暮らせるものと見込んでいたのが、半年後、島に再訪したところ、山羊も全滅していた。駆逐された狼のように、銃で撃たれたり、暴行された形跡はなく、泡を吹き白目を剥いて。

怪奇現象のような謎めいたケースに関心を持ち、あらゆる学者が上陸、調べてみると、すべての山羊の遺体に似た発疹を見つけ、伝染病が広まったのが原因と判明。さらに聞きとり調査や、遺体の解剖など詳しく探って、伝染病が流行りだした時期もつかめた。

狼が駆逐されてからではない。初めて上陸した人が、すでに発疹のある山羊の遺体をいくつか見ていたからに、狼がいなくなる前、なんなら昔から島に病原菌がはこびっていた可能性があると。

じゃあ、どうして、初上陸したころまでは、伝染病による全滅に至らなかったのか。致命的に伝染病が広まったのは、人が島から去ってから。そう、狼を駆逐したあと。この流れだけでも理屈として考えられるに「狼がいたから、羊全体が伝染病が罹らずに済んでいた」ことになる。

その仮説を証明するため、高名な学者が保存していた狼の遺体を解剖。半ば推測通り、狼の胃からは伝染病の病原菌が見つかった。が、山羊のような発疹は目につかず、死因も銃殺。隅々まで体を検査したものの、病原菌によって健康が害されてはいなかった。

狼の遺体を調べて、つかめた、重要な二つの新発見。伝染病は山羊だけが罹るもので、狼には無害なこと。五体中五体の胃から病原菌が見当たったからに、おそらく狼は感染した山羊しか、ほぼ食べていなかったこと。

「狼がいたから、羊全体が伝染病が罹らずに済んでいた」との仮説と考え合わせれば「病持ちの個体を嗅ぎ分け、狼が食っていたので、山羊の感染は抑えられていた」となる。云いかたを変えれば「狼は山羊を食いながら、山羊が絶滅しないよう助けていた」とも捉えられた。

狼の牙で血潮を吹き、食いちぎられる山羊を、人は憐れんだものの、山羊にとっては、種を存続させるのに、そうして狼が間引いてくれるのが必要不可欠だったわけだ。要は、人のしたことは余計なお世話だったと。

「人がそんな間抜けな過ちを犯すことがあるのか」と他人事のように聞き、感心していた神主の息子は、でも「このケースは、村の騒動と似ている」と付け加えられ、ぞっとした。それまでは、口を挟まず、聞き分けよく肯いていたとはいえ、そりゃあ「はあ?」と怪訝がって見やると、学者は不憫がるように見返し、滔々と説明を。

村で流行った病は、かつて助けを乞うてきた、よそ者の夫婦「妻が倒れた!助けてくれ!」と夫が運びこんだ彼女が元だったのだろうと。外国から病を持ちこんだわけだ。

外部から紛れこんだ、その病をいち早く、嗅ぎつけたのが青痣の男。学者が云うには、知恵遅れで、ふだんの素行にしろ、人間離れしていたとなれば、山に置き去りにされて、もとより片鱗があった動物的本能を覚醒しやすかったのではないか、とのこと。

島で病の山羊を食べていた狼のようになったわけで、ただ、彼のやり方は、狼とは異なった。はじめに外国帰りで病を持ちこんだ女、看病して感染した女、さらに、その身内や知り合いと、病が広がる早さと競うように、彼女らをさらい、一思いに殺し、地中深くに埋葬。

いや、弔うつもりがあったのか、彼がどういう思惑で病の女をさらい埋めていてたかは謎だが「伝染病や感染症への対策としては理にかなっている」と学者。この病は、人の女にしか罹らないだろうとはいえ、男、他の動物、生物を介して、病原菌が遠くに運ばれる危険がある。

となれば、遺体を焼くのが一番。ただ、根城を見たところ、青痣の男は火を使っていなかったようなので、せめて、動物や鳥が掘り起こして食わないよう対処をしたのかもしれない。

また、自分も食わなかった。食っても、男に病は罹らないはずが。

人による人食いは禁忌的なものだが、村でお経をあげたときに、奇声を発して暴れた彼が、信心深いとは思えない。よそ者が病を持ちこむまで、村や近隣で、人さらいの事件がなかったからに、単に人食いに興味がなかったのか。

その可能性もあるとしつつ「研究によると動物は、よほど切迫しないと共食いをしないらしい」と学者は教授した。栄養だけでなく、病原菌まで取りこむリスクがあるから。病の山羊を食った狼が平気なように別種なら問題ないのが、同種となると体質が同じなので、そうもいかないのだ。

実際、人による人食いで治療不能の病が広がったという例が。遠い南の島の風土病「クールー病」で、その島の民族は葬儀で遺体を食べる習慣があるとのこと。食した人だけが病に罹ったなどの状況を鑑みて、その習慣が原因ではないかと見られている。

習慣として共食いをする人間ではなく、滅多なことでは共食いをしない動物に近かったろう彼は、本能的に正しい判断をした。さらって、すぐ女の首をへし折ったのは、さすがに知恵遅れで、感染をとどめるのに他の方法が思いつかなかったから。

女の死体はきれいなまま、新しいのは死に顔が安らかだったもので、着物もさほど乱れていなかったからに、別の意味で食ったのでもない。感染者を殺すやり方は乱暴ながらも、己の欲を満たすためでなく、村に病を広めないこと、その目的一筋に対処をしたと云える。

青痣の男が御用になったあとに、病が広がりはじめた流れからしても「彼が病の女を間引かなくなったせい」と因果関係が見えてくる。青痣の男も殺された女も火葬されて、科学的に証明できる手立てはなくなったが、外国帰りの女以外で、はじめて村で高熱をだして倒れた女は、根城にあった死体の始末を手伝ったなど、裏付ける状況証拠はわんさか。

かつて生贄にされた男は、復讐するどころか、村を救おうとしていた。という結論が見いだされたのに「そんな馬鹿な!」と笑いとばすことも「村を陥れるつもりか!」と激昂もできなかった神主の息子。

「あくまで道理にかない、つじつまが合い、しっくりくるというだけ。どれだけ調べても、真相は明るみにならないだろう。研究や学問とはそういうものだ」と学者に宥められても、気が重くなるばかりだった。

そりゃあ、そうだろう。生贄にされた恨みもなさそうに、女の全滅を防いだ彼に、本来なら、ひれ伏して許しを請い「なんと慈悲深いことか」と手を合わせ崇めるべきところ。肢体を削いで見世物にし、男の慰み者にした果てに、冤罪ながら死刑に処し、八つ裂きにしたのだから。

導きに背くような所業に、神は御怒りになるのではないか。青痣の男の無念を思い知れとばかり、さらなる厄災を村にもたらすのではないか。神主は、とくに責任を問われ、辛酸を舐めさせられるのではないのか。

息子たる自分も、彼のように屈辱的、侮辱的仕打ちを受けるかもしれない。との恐怖にとらわれた彼は、学者と「秘密厳守で」と約束をしたものの、一人で抱え込むのに耐えきれず、乳母にすがって洗いざらいを明かした。

己が生まれたと同時に母が亡くなったので、ちょうど同じころに出産した女に、お乳をもらい、面倒を見てもらった。乳離れしたあとも、子供を亡くした彼女は、我が子の代わりと思ってか、何かと目をかけてくれ、己も母のように慕う関係が継続。

包容力のある母のような存在だけに、恐れ多き村の過ちについて語られても、平静さを失ったり、声高に遮ったりすることなく「そう」「そう」と聞き役に徹して肯き「大丈夫。大丈夫だから」と抱きしめ、背中をさすってくれた。おかげで、すこしは胸のつかえがおりたが、翌日、その女が村から逃亡。

置手紙に書かれていいたことには、肢体のない男のもとに夫が通っていたのが、許せなかったと。その仕返しに、ばれないよう自分も体を重ねたのだが、徐々に相手が不憫であり、且つ愛おしく思えてきたという。

惨殺されたのを見て、あまりに悲しく絶望し、あとを追おうかとも考えた。矢先にお腹に子がいると発覚。夫とは長く没交渉となれば、彼の子。せめて罪のない子は生き残らせたいと望んだのと、万が一ばれて、村の人に虐殺されるのを恐れ、出奔する決意をしたという。

「死して尚、我らをいたぶるつもりか!」「邪なるものに魅入られた、愚かな女め!」と置手紙に罵詈雑言を浴びせる村人や「なんと罰当たりな」と眉をひそめる神主のそばで、まるで自分が責められているように、神主の息子は生きた心地がしないでいた。幸い、手紙には記されていなかったが、昨日、己が「彼は冤罪かもしれない」と語ったのが、彼女を後押ししたのは、明らかだったからだ。






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