春画作家がだるま男に狂う

ルルオカ

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村の女をさらい、食っていたゾウネツを、一芝居打って討ちとったザンカイノミコトの武勇を称える伝承。

表立った、ザンカイノミコトの神々しさで目くらましをしながら、脈々と受け継がれる、肢体をなくしたゾウネツの呪いを祓う儀式。

歴史や言い伝えに真はなく、そのつど、または後世の人によって、利があるよう書き換えられるもので、それを光とするなら、必ず影の一面がある。観光資源用の祀りと、黒歴史的な秘祭を表裏一体にもよおす村のあり方は、その二面性の調和をとっているようで、さらなる隠ぺいをはかっていた。

ザンカイノミコトの後光によって、霞ませている「ゾウネツの呪い」もまた、隠れ蓑なのだ。秘祭の関係者、村の一部の中でも、唯一、神主の家系だけ知る秘密の。

門外不出の我が家の書物にして、当時の実情を記した祖先の日記。村の女がさらわれる厄災に立ち向かった神主、その若き息子が残したのは、表向きの伝承二つとは一線を画す、現実的であり、むごたらしい記録だ。

日記によると、はじまりのきっかけは、女がさらわられる前にあったのだと。大寒波によって、一年を通し、ろくに日が照らないときがあったらしく、それを神の御怒りによるものと見なした神主は、天の荒ぶりを鎮めるための儀式をした。

が、オオミカミが頑なにお隠れになったように、分厚い雲から太陽は顔を覗かせてくれない。型通りの儀式をしても、神は見向きをしてくれないだろうと、神主は決断を下し、生贄を差しだすことに。

ただでさえ疲弊する村人に心労をかけまいと、秘密裏に、一部の有力者に助力してもらい、執り行った儀式で、生贄にされたのは顔に青痣のある少年だった。生まれつき痣があったことで「悪しきものに呪われているのでは」「前世は大罪人ではないか」と村人に邪険にされていた存在。

知恵遅れで、奇行が目立ったからに、尚のこと疎ましがられ、親にしろ育てるのに四苦八苦し、持て余していたという。との事情があったからに「こげな不憫な子でも、皆のお役に立てれば」と滞りなく引き渡しはされて。眠り薬を飲まされ、山奥に運ばれた少年は、儀式後、木の柱に縛りつけられたまま、置き去りに。

果たして、生贄のおかげか。半月後には、長く空を閉ざしていた灰色の覆いが雲散霧消し、陽気な日の光が、冷えきった地上に燦燦とそそがれた。そのまま翌年まで天候が安定し、大豊作となった村は活気づいて、しばらくはオオミカミの加護の下にあるように、平穏無事に過ごしていた。

生贄の儀式をしてから、五年後。忌まわしい記憶が薄れかけていたころ、ある騒動が起こった。よそ者の夫婦が助けを求め、村にころがりこんできたのだ。

外国帰りの夫婦は、船から降りての帰路の途中で、村の近くにある町の旅館に宿泊。観光地の山道を二人で散策していたら、急に妻が倒れたとのこと。

道に迷い、目にした灯に導かれ村にきたらしい。村についたときは、すっかり暗くなっていたので、一山向こうにいる医者を呼びにいけず。

代わりに村の女が、高熱の女につきっきりで看病していたのが、厠からもどってくると、布団に彼女はいなく、部屋の雨戸が開いていた。そして、雨戸の向こうの縁台に、毛むくじゃら、泥まみれの男が佇んでいて。抱えていたのは、病気の奥方。

女が悲鳴をあげる間もなく、闇夜に消えて、行方をくらました。一瞬の目撃ながら、女の証言によると「顔に青痣があった」と。

村人と妻をさらわれた男は、総出で山中を捜索したものの、当人も手がかりも見つけられないまま、一週間が過ぎて、なんと、今度は看病していた女がさらわれた。三日後には、その女の姉も。

病気の奥方にはじまり、血縁や身近の者、しかも女だけが、芋づる式にさらわれていった。意図や目的が知れなかったし、犯人の正体が人か、人ならざる者か、どちらにしろ、女にまつわる仕返しされる覚えは村人にはなく。

ただただ怖れおののいたものの、さらに一部の者は生きた心地がしないでいた。そう、生贄の儀式に関わった神主と、有力者だ。

大半の村人は生贄について知らず、大寒波を乗りきるのに死に物狂いだったこともあり「山で失踪した」と聞かされた青痣のある子供のことも、念頭から失くしていた。が、神主たちは身に覚えがありすぎた。縄から逃れ、生き抜いた生贄が、五年を経て成長を遂げた暁に、復讐しだしたのだと。

復讐にしろ、どうして村の女をさらうのか。少年から男になったことで遮二無二、女を求めてか。もとより知恵遅れなら、なにをしでかすか読めず、己が襲われる危険、村人に真相が明かされる危険を覚えた神主たちは(山賊から足を洗った、なんでも屋)元山伏を雇い、青痣の男の根城を突きとめるよう依頼。

別依頼で調査中の学者をつれて、村に訪れた元山伏は、たった三日で根城を探し当て、青痣の男を生け捕り。村に知らせる前に、神主たちがまず面会をして、まともに話せないのを確かめたものの、念を押して、舌を切った。

そのあと、村にお披露目したなら、年ごろの女を奪われた、怒れる村の男どもが、気が済むまで暴行をし、あえて生きながらえさせて辱めるため、肢体を切断。この流れは「ザンカイノミコト伝記」と同じだが、それから暴かれるのは、青痣の男の邪悪さではなく、村の狂気。そもそも、青痣の男の根城からして、血生臭い惨状ではなかったのだ。

青痣の男に制裁を加えてから、元山伏の案内で、根城に村人が赴いたところ、さらわれた女はすべて、深く深く掘った穴に埋められていた。そう、青痣の男が食べたわけでなく、比較的、新しい亡骸を調べると、乱暴をしたのでもないと発覚。元山伏曰く「全員、一息に首を折られたよう。おそらく、眠るように逝けただろう」とのこと。

女をさらい、奉仕させるでなく、痛めつけるでなく、犯すでもなく、食うでもなく、すぐに殺しては土に埋めていた。根城を調べつくしても、その悪行ぶりが単純明快でないと思い知らされるばかりで、むしろ狂気めいているのに、恐れるあまり村人も狂乱しそうになった。手足がない異形の者となれば、尚のこと、おぞましさを覚えて。

「人の計り知れない邪念が宿っているのでは」と村人の訴えに神主は応えて、お祓いを決行。儀式をするに当たり、場を清めるため、汚らしい男をまず洗浄。

たわしで全身を擦り、獣のような体毛を剃るあげると、果たしてお目見えしたのは、一物をぶら下げながらも、女と見まがうような美しい顔立ち。揺れる、ろうそくの灯に照らされた青痣のある顔は、妖艶でもあったらしい。

誘惑するように、妖しい色香を放つ女顔の男を前にして、神主は心乱すことなく儀式をこなした。儀式後は経過を見るため、神社の敷地内にある、結界を巡らせた部屋に。

日記の筆者、神主の息子も儀式に立ち会い、ひそかに青痣の男に見惚れていたという。また一目見たいと、夜更けに監禁された部屋へ。ただ、かすかな声や物音を耳にし、音を立てず扉をすこし開けたところで、木の格子越しに、父が青痣の男を犯しているのを覗いてしまい。

筆者の母であり、神主の妻は、とっくに亡くなっていた。筆者を産んで間もなく、息をひきとったらしく、それからというもの、神主は立場的に、また思うところがあったのか、再婚しないまま。

神主となれば、人目や風評を気にしなければならず、下手に女と関係を持てなかったからに、よほど、たまってもいたのだろう。いや、青痣の男の呪わしく悩ましい誘惑に屈してしまったのか。

村もまた、女っ気がなくなっていた。となれば、結界からだされて、見世物小屋にもどされた青痣の男が、小奇麗になったのを見て、村の男どもが変な気を起こさないわけがない。神主のあとにつづいて、夜な夜な男どもが、肢体のない異形の者のもとに通いづめた。

鉢合わせることもある、村の男どもは暗黙の了解で、事を荒立てず口外せず、女は勘づきながらも、見て見ぬふり。もちろん神主も目を瞑って、男どもが見境なく肉欲に溺れる蛮行がされつつも、女がさらわれる不安がなくなり、表立って村は安泰だった。

が、平穏はそう長く持たなかった。青痣の男を捕まえてから一か月後、村の女が高熱をだして死亡。さらに看病していた女、その妹、これまた看取った従姉と、似た病による死亡が連鎖していった。

そう、青痣の男が女をさらった頻度とと重なる間隔、順番で。いや、さらわれた以上に早く多く、女がばたばたと倒れていった。

青痣の男の復讐による呪いと見なし、とくに慰みものにしていた男どもは目の色を変え、狂い猛った獣のように惨殺。止めるべき立場の神主は、口だしせず、一応、八つ裂きにされた死体を弔った。

ただ、肉体と共に呪いは消えさらなかったようで、女が病にかかり倒れていくのに、歯止めはかからず。「このままでは、村の女が全滅するのでは」と追いつめられながら、打つ手がなく途方にくれていたならば、神の導きによる、ザンカイノミコト、ではなく、学者の訪問があった。前に雇った元山伏の連れだ。

前は元山伏が仕事を終えるのを待たず、早々、帰ったものの、ずっと気にかかっていて、窺いにきたという。感染症の研究もしていると聞き(神主がいくら祓い清めても収まらなかったこともあり)村人が助けを求めると、快く尽力して対策を伝授。

といっても、基本的なことで、第一に「女にしか罹らない病なら、決して女を近づけてはならない(当たり前のことのようだが、学者に注意されるまで、女に看病や世話をさせていた)」。病の女には一部屋を与え隔離。汗、唾、尿などの体液、それらが付着したものを、女は触らないようにする。

女、一応、男もこまめに手を洗い、口の中をゆすぎ、体の清潔を保つ。病の女の排泄物は、他に汚染されないよう処理。村人のも、一時期、肥溜めに入れるのをやめ、排泄する場を、なるべく汚さないよう対策。

学者の教えに習って実践すると、症状が悪化していた女は助からなかったが、病の伝染は滞った。一段落すると、あとは医師に任せて、学者は原因究明に奔走。村の手厚いもてなしを受けて、朝から晩まで調査をしながらも、その内容や、原因の推測などを口にはしなかった。

村人も聞きだそうとせず、なんなら耳に入れるのを避けているようで、中には恩も忘れて「さっさと帰らんかな」と本末転倒に疫病神扱いする人もいたとか。日記の筆者は、今でいう中学生の年にあたり、好奇心旺盛だったことから、村人の無関心さや無礼さを訝りつつ、自ら学者に質問をしにいった。

ただし、父の目を盗んでこっそりと。呪いを祓えきれず、その上で、お株を奪われたからか。父は学者に礼を述べなければ、頑なに近寄ろうとしなかったから。

神主に快く思われていないのを、もちろん察して、その息子が懐いてきたのに学者は困った顔をしたものの、知的探求心を湧かせ、目を輝かせる若者のおねだりには抗えず。

「隠し事をしているのを暴くのが私の目的でないし、村の村なりの秩序を乱すつもりもない。たとえ、そのあり方が誤っていたとしても、剥きだしの現実に切り刻まれては、村を営んでいけないだろうからね。

私が真実を追求するより、過ちを過ちと認めず、言い伝えや宗教によって責任転換するほうが、人の明日を生きる力になる。疑問もなく神主の息子として生きてきた、きみは、真実のかけらを覗くだけでも、その力を失くすかもしれない。それでも、聞きたいかい?」

告げられた意味の、半分も飲みこめなかったが「生き死にを懸けられるか」と問いつめるが如く凄みは伝わってきたと。喉元に切っ先を突きつけられたようで、怯みつつも、個人的な望みだけでなく「神主の跡継ぎとして、聞き届けるべきだ」と使命感のようなものに衝き動かされ、肯いた。

そうして、学者が語るのに耳を傾けた内容が、歴史の光と影だけでない、嘘に嘘を重ねて深く深く埋もれさせた真実のかけら。神主の一族が解けない呪い負ってでも、目を背けざるを得なかった罪深い発端にして、迷信深かった時代の哀れだった。





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