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五
しおりを挟む雄太くんと嶋田さんが挨拶している隙をついて、フェードアウトしようとしたのが、ノールックで手首をつかまれた。そのまま、しれっとして愛想をふりまく嶋田さんと、おそらく捕獲を目にとめつつ、知らんふりをして受け答えをする雄太くん。
「では、また後日、ご要望に沿いそうな茶葉をいくつか持参して、あらためて、お伺いさせていただきます」と最後まで、そつない対応をし、お辞儀をしてから去っていった。遠目にも威風堂々たる、その背中を見送りきることなく引っぱられて、旅館の離れに即連行。
「いやあ、たしかにゴジラのように迫力満点だったが、今時、躾がなっている、気のいい若造じゃないか」
ご満悦そうに扇子を仰ぎつつ「で、祭りって何?」とつかむ手首を絞めつけてくる。離れにきても抜かりないのは、脱稿のときほど、俺が追いつめられていないから。プレゼント応募の締め切り、いや、抽選してから発送までは、まだまだ時間があるし。
それだけ猶予があれば、なんだかんだ煙に巻いて、藤岡兄弟の件をあやふやに済まさせられるか、嶋田さんとて暇ではないから、飽きるだろうと見込んでいたはずが。痛いほどの手首の絞めつけからして、今ここで白黒つけたがっているらしい。
「どーすんの?雑誌にはもう、プレゼント応募の記事をだしたんでしょ?」
雑誌が刊行されて、早くもプレゼント応募についての問い合わせが多数。プレゼント企画は今までもあったとはいえ「嶋田先生の異色の新作(エログロが不得手な人はご注意)」の謳い文句が反響を呼んだよう。
「新作しかも異色!?」「エログロ!」と多くの読者が胸高鳴らせているとなれば、引っこみはつかない。が、旅館経営が順調な嶋田さんの立場からして「読者をがっかりさせる?知らないよ」と一蹴できてしまう。
この場で「祭り」について教えないと「じゃあ、プレゼント用の浮世絵あーげないっ!」と冗談でなく、反故される可能性が大なわけだ。「やはり、悪魔の取引だったな」と悔いつつも、出版社の責任者としては、どうしても突っぱねることはできず「村の神社にはザンカイノミコトが祀られているんです」と白状をする。
昔、山奥に身を潜めるゾウネツという、怨霊に憑りつかれた男が、たびたび村の女を攫っていた。村の男らは女を奪いかえしたり、ゾウネツを捕らえるか、殺そうとしたものを、まるで歯が立たず。
成すすべなく、村人が頭を抱えていたところ、ザンカイノミコトが訪れる。山を真っ二つにできるほどの怪力の暴れん坊。天界で破壊行為を繰りかえしたことで、オオミカミに「その力を人の役に立ててきなさい」と地上に追放された神だ。
オオミカミのいいつけに従い、その地を荒らす人ならざるものを成敗して、全国を回っていた途中でのこと。村長や村人に泣きつかれたザンカイノミコトは、自ら女装をして、あえてゾウネツに攫われた。
つれていかれたのは、村人がいくら探しても見つけられなかった、森深くにある根城。そこには攫われた女が拘束されつつ、まだ生きていて曰く「連れてきた順に食べられる」とのこと。
早速、目の前で女が引き裂かれそうになったので、女装を活かして色仕掛けをし、隙をついてゾウネツを討ちとる。ゾウネツの首をたずさえ、捕まっていた村の女を引きつれ帰れば、村人は喝采してザンカイノミコトを迎え、できるだけの礼を尽くし、また村一の器量よしの女と結ばれて、村にとどまってくれないかと誘いもした。
オオミカミの許しを得て、村の女と婚姻したものの、妻が亡くなってからは「もう、この世には未練がない」と子供の手を引き、天界へと去っていった。名残惜しんだ村は、ザンカイノミコトを祀ることにし、毎年夏に、かつての偉大なる功績をたたえつつ、尚も守護をあやからんとするために、奉納の儀式をしている。
「ザンカイノミコト?日本書紀や古事記にでてくる、メジャーな神さんじゃなさそうだし、村独自に派生した、神にまつわる伝承かな?んで、どうして、青痣の彼が噂の的になったの」
「・・・ゾウネツが攫う女には特徴があった。必ず、顔に傷や痣、できものがあったんです」
「ふーん、なるほど」と扇子を閉じつつ「とはならないよね」と小首を傾げ、奥歯まで覗かせ笑いかける。
「昔話で攫われた女に似ているっていうのじゃ、特段、噂にならないでしょ。それに、弟くんが、あんな死んだ魚のような目をしないだろうしね」
雄太くんと対峙したところを見られては、やはり、はぐらかせないよう。死んだ魚というより、底なしの業を覗かせていたような漆黒の瞳。思い起こして身ぶるいしつつ、奥歯を噛みしめ「村の秘祭なんで、口外無用でお願いしますよ」ときっと睨みつけてから、切りだした。
表向きの伝承では、ザンカイノミコトはゾウネツの根城にいき、すぐさま首を刎ねたことになっているが、神社が所有する「ザンカイノミコト伝記」の内容は異なる。記載されているにゾウネツを生け捕りにして、村人に引き渡したと。
年ごろの女ばかり攫うのに、村の男は相当、業を煮やしていたから「殺すだけでは足りない」とザンカイノミコトに生きたまま連れてくるよう、頼みこんだらしい。で、ずたぼろのゾウネツを引きとったなら、気が済むまで暴行し、肢体を削いで見世物にしたという。
「いや、いくら、女を攫って食ったからといって、悪霊に憑りつかれてのことだろ?もともとは変哲なかっただろう人の体を、その手足をもぐような、そんな惨いこと・・・」
「そうやって哀れんだ人もいたようです。まあ、よりによって、村の女が見ていられなかったらしく、村人にばれないよう、水や食べ物をあげたり、傷の手当てをしたり。世話を焼くうちに恋仲になってしまった。果てには、駆け落ちする約束までして。
でも、勘づいていた村人は、あえて二人を泳がせてから、駆け落ちするその日になって、あらためてゾウネツを拘束した。一方、落ち合う約束をした場に待ち伏せもしたものの、いつまでたっても女は訪れなくて」
虫の息のゾウネツに「まさか、女を食ったのか」と竹棒で叩きつけて問いただすと、高笑いして曰く「女の腹には私の子が宿っている」と。
「かの子は、私の怨嗟を受け継ぎ、いつかは村の者を、我が血の滾る業火で骨まで焼きつくし滅ぼすだろう!」
後々の復讐を果たすため、己が囮になって、身籠った女を逃がしたらしい。ゾウネツを打ち首にしてから、血眼になり、何年もかけて女を探したものを、とうとう見つかることなく。
「そんなわけで村は、ザンカイノミコトを称える、華々しい祀りをしつつ、ひそかにゾウネツの怨念を封じる、お祓いをするんです。どちらの儀式も、ザンカイノミコトに扮する神主が、ゾウネツ扮する厄年の男に剣をふるう、伝統的な舞を踊るんですけど、二つ、違うところがある。
秘祭のほうはゾウネツ役が、肢体がないように見える装束を着ること。そして、顔に青痣があるように、化粧をすること」
「なんだ、ゾウネツには青痣があったのか」と目を丸くしたのに、やおら肯く。つまりは、ゾウネツの因縁の子孫が菖くんではないかと、囁かれたわけだ。村の外からきた、よそ者となれば、尚のこと「村からでていった身重の女の血筋が、百年ほどを経てもどってきた」と真実味があるように語られたもので。
「そりゃあ、どうしたって、噂が立つな。というか、青痣の彼、いじめられなかったのか?」
屁でもないようにデリケートな点を突いてきたものだが、こちらこそ痛くも痒くもなく「残念ながら」と肩をすくめてみせる。
「秘祭については、村の人でも一部しか把握していません。関わっているのは、神社の関係者と代々村に住んでいる人だけで、女の人は皆がノータッチ。村の女がまつわる忌まわしい伝承ですからね。
秘祭をつづけるため、担う役割は村の子に引き継がれる。だから当時、高校生だった俺らの一部も知っていましたけど、口を固くしていた。というのも、表向きの祀りは観光資源になっていたからです。
ザンカイノミコトが降臨した聖なる地でありながら、ゾウネツに呪われた地でもあると知られれば、客足が途絶えるかもしれない。観光客のおかげで村が潤っているとなれば、そうやってイメージダウンするのを避けたいところでしょう。
子供ながらに、過疎化がすすむ村の経済危機を慮って、うっかり口を滑らすまいと気をつけていた。観光関連の商売をする親の子も多かったし、菖くんをいじめるなんて、自分で自分の首を絞めるような馬鹿をする奴は、いませんでしたよ」
「閉塞的な村なりに、現実的に考えて弁えているんだな」と感心したように肯いたものを「それにしても」と扇子を差し向けてくる。
「村の人でも限定的にしか知られていないことに、木藤くんは、やけに詳しいじゃないか。よほど由緒のある家の出なのかい?」
一瞬、声を詰まらせたものを、ふりきるように「神社の息子なんで」と前のめりに名乗る。根掘り葉掘り聞かれるかと思いきや「あーなるほど」と案外、そっけない。どうも、べつに関心事があるらしく、扇子で顎を突きつつ、告げたことには「なんか、昔の『だるま男』を思いだすなあ」と。
「だるま男?」
「ああ、木藤くんの世代は知らないか。昔、流行った都市伝説だよ。詳細は異なって、いろいろと語られているけど、基本はこうだ。日本人が中国の田舎のほうへ訪れる。で、見世物小屋を見つけて覗く。
小屋には異形の人らがいて、中でも目を引くのが『達磨』と看板が立てかけてある、それ。両腕と両足がない人間だ。手足がない彼は、見学者が日本人と知ると、名乗って助けを求めるが、そら、怖くなって逃げるわな。
ただ、そりゃあ、帰国しても忘れられないとあって、あのとき名乗った素性について調べてみる。そしたら、その人物が中国に行ったきり行方不明だと、判明するっていうね。
当時は中国を主に、海外旅行をして行方不明になる人が多かったからかな。失踪したその末路はおぞましいものだと、まことしやかに囁かれる中で『だるま男』がとくに噂されていたよ」
同じ手足がない人がまつわる内容とはいえ、また違うおどろおどろしさがあるのに聞き入ってしまう。藤岡兄弟や村の祀りについて、すっかり念頭に失くし「都市伝説というより、怪談みたいですね」と生唾を飲みこみつつ「さすがにエロくはないですが」と軽口を叩く。とたんに「そうでもない!」と振りあげられる扇子。
「それこそ日本で秘祭のような、儀式がされていたとの諸説もあるんだ。肢体をなくしても生きられる人は、そのさまからして神秘的だし、超越した生命力があると思われていた。その力にあやかろうとして、だるま男、いや、だるま女を、村の有力者なんかが輪姦していたとか」
「だるま男、だるま女、秘祭って字面だけで、もうエロいよな!」と身を乗りだして同意を求められたものを、目を見張る俺は、すかさず口元に手を当て屈みこむ。嶋田さんが語りきった直後、にわかに血の気が引いて、吐き気が込みあげてきたのだ。
もともと、体調が優れなかったわけでなし、なんの前触れもなく吐きそうにされて、嶋田さんは眉をひそめているだろう。春画作家とあって、これしきのエグいエロトークは日常茶飯事だし、そう潔癖でもない俺とて、いちいち初心なリアクションをしない。はずが。
嘔吐感がする理由を問いただされるのは避けたい。なら、すぐに起きあがって「差し入れの寿司に当たったようで」と取り繕わないと。
と分かりつつ、すこしでも上体をずらせば、洗いざらいぶちまけそうで、ままならず、ひたすら身を固くし震えていたら「大丈夫か?木藤くん」と肩に手を置かれた。声音からして、意外に訝しがってないようで、俺が肩を跳ねると「すまない」と背中をさすろうとした手をとどめる。
「エロの趣味は、それが犯罪的なものでなければ、人にけちをつけられたり、咎められるものじゃない。尊重すべきだが、相容れないエロの趣味に不快感や拒絶感を覚える人の思いも尊重しないといけないし、嫌がられないよう、気を使うべきだよな」
嘔吐しかけた原因が、俺にではなく、己の配慮の足りなさにあると考えたらしい。エロ本出版社の編集者が春画作家に反省の弁を述べさせるなんて、立つ瀬がなかったし、なんだか申し訳なかったが、ここは甘んじて、やり過ごさせてもらおうと思う。
「それにしても、しおらしい嶋田さんはキモいな」と恩を仇で返すような感想を抱いたものを、おかげで復調してきた。喉が破裂しそうな圧迫感がなくなり、一息ついて、脂汗を噴きつつ、顔を上げようとした、そのとき。「もう、あの兄弟に近づかなくていい」と思いがけず、強く肩をつかまれて。
「なんなら、これから商売上、取引をするんだし、直接、俺が」
ひゅっと喉を鳴らしたなら、勢いよく起きあがって「だめです!」と肩をつかむ手をつかんだ。のかぞった嶋田さんが、いつになく細い目を剥くのに、はっとして「いや、すみません、でも、その、なんというか」と手を振りまわし、まくしたてる。
「菖くんは、やっぱり、よく知らない人に顔を見られるのが不得手のようで・・・!」
考えなしに口走ったにしては、辻褄を合わせられたが、壊れたおもちゃのような慌てぶりからして、向けられる目を眇められる。が、哀れをかけてくれたのか、もろもろ聞きだしたいだろうものを「分かった」とため息にとどめて「ただ」と宥めるように肩を撫でた。
「約束をしてくれ。もう二度と、兄弟と関わらないと」
嶋田さんと菖くんが会うことに、俺が待ったをかけるのは不可解だ。そのことを棚にあげ、俺と兄弟が接近するのを、嶋田さんが禁止する不条理さに「はあ!?」と頭に血を上らせる。
「けしかけておいて、どういうことですか!」
怒鳴られる筋合いはないと思いつつ、嶋田さんも嶋田さんで弁明はできないらしい。口をへの字に曲げながら、やや視線を逸らし、もごもごと言葉をこもらせるのに、やけに苛立って「分かっているんですから!」と肩をつかむ手を叩き落とす。
「どうせ、俺の目を盗んで、菖くんに近づく気でいるのでしょう!」
「なんていう、とんでも発言しているの俺!?」と正気のなさを半ば自覚していたが、立ちあがって啖呵を切ってしまっては、後もどりができず。呆気にとられているだろう嶋田さんが、口を開く前に、片手に持つ背広をはためかせ、離れから跳びだした。
嶋田さんの背後の座卓に(おそらくプレゼント用の浮世絵が入った)封筒があったのに、泣く泣く不本意な敵前逃亡をしたもので。
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