ダーマの休日

ルルオカ

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ダーマフィーバーのつかの間

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「なに、やっているんですか」

聞き慣れた英語ながら、ぎょっとして、出入り口の扉のほうに振りむいた。
扉から入ってすぐのところに、スーツを着た王子が立っていた。

何をやっているのか、こちらが問いたいところだった。

王子は俺を生贄にして、ホテルにいる武藤先生に差しだしたのではないのか。

武藤先生も「話が違う」と思ってだろう。
手を止めつつも、俺を抱きしめたままでいて「なにをしているか、聞いているんです」と王子が顔を険しくして、歩み寄ってきたのに、「いや、これは」とやっと跳びのいた。

俺もやっと武藤先生から解放されたわけだけど、前がはだけているのを恥じて、ズボンのフックの部分を掴み、王子から背を向ける。

そんな俺の様子を見てか「まさか」と声を固くした王子に「待て、メッセージカードに書いてあっただろう!」と武藤先生は声を裏返しつつも訴えた。

「メッセージカード?」

「そ、そうだ!
高橋君にはずっと、秘めた思いがあるとか。君は親友として、高橋君が思いを打ち明けられる場を設けてあげたと。

だから、その思いを、できたら受け入れて欲しいと書いてあったじゃないか?」

「僕は、そんなことを、メッセージカードには書かせていませんよ」

「へ」と思い、顔だけ振り向けば、王子は怪訝そうな顔をして、武藤先生は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
しばし、眉間に深く皺を寄せていた王子は「あ」と目を見開くと、額に手を当てて、ため息をついてみせた。

額に手を当てたまま、苦々しげに言うには「すみません、僕のせいでもあります」と。

「僕の言ったことを別の人間に、日本語でメッセージカードに書いてもらったんです。
僕はそのとき、こう言った。

タカハシサンはこのごろ、悩み憂いた思いを抱えているらしい。

あなたと二人で、話し合う機会はめったにないだろうから、いい機会だし、じっくりその思いを聞いてあげてくれないか、と。

それを日本語でメッセージカードを書いた人が、変な書き方をしてしまったのかもしれません」

「じゃあ・・・」と開いた口が塞がらないというような武藤先生に「本当に、申し訳ない」と王子は改めて謝りつつ「ただ」と目の色を変えた。

「だからといって、タカハシサンに無理強いをしたというのなら、見過ごせません。

キマシアは同性愛者が多いから、その思いへの理解はあります。
一方で同性愛者が多いことでの不幸も知っているのです。

同性へのレイプは、キマシアでは異性へのレイプと変わらずに重罪です。

日本では、同性へのレイプは、そもそも被害者が名乗りでないらしいですが、僕は見てしまった以上、何事もなく済ませたくはない」

「重罪」と聞いてだろう、武藤先生は顔色を失くし、目に見えるほど身を震わせているようだった。
罪に問われないまでも、公になること自体、地獄のようなものだ。

これまでは、少しの隙もなく、クリーンなイメージを保っていただけに、新人議員に手を出そうとしたと知られれば、大騒動になるのを免れられない。

議員の異性へのセクハラや、関係のトラブルが報じられてきた裏で、おそらく同性との問題もあった。

それでいて、報道されることがなかったのが、時代の流れもあって、武藤先生が第一号に報じられるかもしれない。

そうなることを、死んでも避けたいはずだし、俺も望みはしない。
武藤先生を思いやって、だけではなくて。

「待ってください」

まだズボンのチャックを上げていなくて、背を向けたままながら、俺は口を挟んだ。

元柔道の日本代表の見る影もなく、泣き縋るように見てくる武藤先生から、顔をそらして「俺も悪かったです」と厳しい表情の王子に訴えかける。

「ちゃんと誤解を解いていれば、こんなことにはならなかったんです」

「でも、タカハシサンはハラスメント的に、誤解を解くことができなかったんじゃないの?」

「いえ、体はあまり動かせませんでしたが、口は利けました。
武藤先生も聞く耳を持たないという感じではありませんでした」

「だけど」と言うのに「武藤先生が議員を辞めることになったら、俺が耐えられません」と懇願するというよりは、かるく睨みつけた。

一瞬、王子は挑発的にこちらを見返しつつ「タカハシサンが言うのなら」と渋々というようにため息を吐き「ですが、もし」と冷たい目を武藤先生に向ける。

「今後、タカハシサンに邪な気持ちで近づくようなことがあったら、容赦しませんから」

涙ぐみながら、しきりに肯く武藤先生に「しっしっ」と鬱陶しそうに手を振れば、それこそ尾っぽを巻く犬よろしく、部屋から出っていった。




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