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ダーマフィーバーのつかの間
②
しおりを挟む「日本は民主主義なんじゃないの!?」
大使館のプライベート用の部屋に通してもらったなら、そう開口一番につめ寄られた。
鼻先が触れんばかりの至近距離で見開かれた緑の瞳に、つかの間見惚れつつ「す、すくなくとも共産主義ではないですね」と手に持った資料を王子の胸に押し付け、やや後退をする。
負けじと「じゃあ、なんで」と両肩を掴んで距離を詰めてくる王子。
「国民の多くは、僕を歓迎して慕ってくれ、キマシアともっと親密になりたいと望んでいるじゃないか!
国民の代表の議員は、その声を汲み取って国政に反映させるものだろ?
たしかに、国民の全員が全員、国交を結ぶことを望んでいないかもしれないけど、民主主義にあっては多数決で決まる。
そうじゃないのか?」
「お、おっしゃるとおりです」と抵抗する力を緩めると、まじまじと見ていた王子が顔を寄せてきたので、つい資料でガードをしてしまった。
「す、みません」と謝るついでに「俺の知り合いは、さる国に弱みを握られているらしく・・・」と白状をする。
察しのいい王子は「ああ『ブレザーでお帰りなさい!』の人ね」と言い、資料から顔を覗かせた。
「そうか、なるほど。
にしても、新人議員の『ブレザーでお帰りなさい!』まで弱みを握られているというのなら、予想していた以上に、さる国の手先になっている議員は多そうだ。
日本人は潔癖なものだと思っていたけど・・・」
高梨のあだ名は「ブレザーでお帰りなさい!」になってしまったらしい。
それはともかく、さっきまで熱っぽく迫っていた王子が、落胆したように退くのを引き留めたくて「その、潔癖というか、身綺麗な人もいますよ。重要人物で」と資料を下げて、言ってみる。
でしゃばりすぎかと思ったものの、王子が興味深そうに見てきたから「武藤先生です。一度、お会いしたのを覚えていないですか?」と言い切った。
が、王子の覚えはめでたくないようで「ああ、ムトーセンセイ、ね」との声には、どこか棘がある。
武藤先生と王子が会談した時に、俺も同席したものの、険悪なムードにはならなかったはずだ。
それでも王子には、武藤先生に思うところがあるらしい。
理由は分からないものを、王子にとって悪い話ではないので「武藤先生は党の幹事長で、影響力が大きいです」とつづける。
「国交の賛成に回ってくれれば、話は大きく進展すると思います」
「ということは、今のところ、ムトーセンセイは国交について、はっきりと意見を言っていないんだね」
痛いところをつかれて、言葉に詰まると「まあ、理由は日本的なものだろうし、分からないでもないよ」と王子は苦笑してみせた。
日本にきて間もないのに、この若く聡明な政治家の顔を持つ王子は、独特の日本の政治の在り方をすでに把握しているらしい。
なんなら、右も左も分からない、新人議員の俺より飲みこみが早いかもしれない。
ただ、日本の政治について理解しているからといって、王子は日本的な感覚を好ましくは思っていない。
大胆で決断力、実行力のある王子にすれば、対照的な日本の日和見主義的な政治の動きは、歯がゆくてしかたないのだろう。
だったら、どっちつかずの態度をとる武藤先生に好意を持てないのもしかたがない。
余計なことを言ったなと、肩を落としつつ、話題を変えようとしたら「いいよ」と言われた。
「へ?」と間抜けに返せば「ムトーセンセイに会って、説得をしてみよう」となぜだか、王子は不敵な笑みを浮かべている。
本当は気が進まないのではと推し量って「いや、王子には悪いですけど」とおずおずと応じる。
「武藤先生はお忙しい方ですし、俺なんかが中に入っても、応じてくれるかどうか」
「逆にタカハシサンが話を通してくれないと、応じてくれないと思うよ。
タカハシサンも同席するとなれば、快く会ってくれるんじゃないかな?」
にこやかに話しながらも、王子の緑の瞳は好戦的な輝きを放っていた。
強いその視線は、俺にではなく、俺や壁を透り抜けて、遠くにいる武藤先生に向けられていたのだろう。
新人議員で小物もいいところの俺なんかが、幹事長であり選挙の守護神と謳われる武藤先生の心を動かせるとは思えなかったけど、果たして、王子の意向を伝えたなら「いいだろう。私もちょうど話したいことがあったのだよ」とスケジュールの確認もしないで、応じてくれた。
「君も同席してくれるんだよね?」と笑顔で念押しをしてまで。
二人の間に何かがあるのを、鈍感な俺には分からないのか。
王子の言う通りに事が進むのを、薄気味悪く思いながらも、俺は二人のスケージュールや場所や条件の要望などを聞いて、すり合わせ、会談の詳細を決めていった。
武藤先生がキマシアの国交について意見を表明していない状態で、王子と会談したと知られれば、下手に騒がれて、賛成派、反対派、それぞれに利用をされてしまう。
それを避けるため、極秘に会談することになり、場所は政治家が密会するのに適した、ある高級ホテルの一室と決まった。
政治家の御用達というので、場所がホテルなのに疑問を持たなかったけど、そのことを意識していなかったのは、俺だけだったようだ。
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