ダーマの休日

ルルオカ

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ダーマフィーバーのつかの間

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日本にキマシアの大使館ができて、王子が赴任することになり、日本では(首都の名をとって)ダーマフィーバーなるものが起こった。

はじめは、キマシアから日本に出稼ぎにきているキマシア国民が「王子がやってくる!」と大騒ぎ。
それを聞きつけたマスコミが「首都ダーマの王宮に住む、王子であり政治家でもある、イケメン王子がついに日本に!」と謳って、赴任前から大々的に報じた。

そりゃあ、若く見目麗しく、アジア系の顔をしながらも、エメラルドのような緑の瞳をきらめかせ、王子の肩書きを持つともなれば、たちどころに女性は目の色を変えて食いつくというもの。

王子が言っていたように、緑の瞳をプラスにとらえる日本人は、差別意識がないというか、めでたいというか。

赴任してくるまで、連日、ダーマや王子の特集が組まれてメディアで関連映像が垂流されたおかげもあって、いよいよ来日することになったら、多くのマスコミとキマシア国民、マスコミのカメラを払いのけんばかりの闘牛のような女性で空港は埋め尽くされた。

さながら世界的有名な歌手やハリウッド俳優が来日したかのような有様。

民族衣装に身を包んで王子が颯爽と現れ、にこやかに手を振ったところで、空港の天井が割れんばかりに歓声があがり、ウィンクされた何十人もの女性が卒倒したとか、なかったとか。

ちょうどマスコミのカメラがある前で迎えたのは、外務大臣とその側近と、王子ご指名の俺だった。

外務大臣と側近とはさほど面識がなかったし「新人議員がなんで?」と棘ある視線が痛くて、気まずかったものを、そんな人の気も知らないで、俺を見つけた王子はファンサービス用ではない、あどけない笑みをみせた。

そのまま俺の元に駆けつけてくるかと思ったけど、そこは一政治家。

まずはカメラの前で外務大臣と握手をしてみせ、側近にかるく挨拶をするなど儀礼的なふるまいを、そつなくこなして、後は俺をスルーすれば問題なかったところ。

外務大臣が王子をうながして、肩を並べて歩いていこうとしたのを、急にこちらに振りかえった王子が「タカハシサン!」と辺りに花を散らすように笑いかけて、俺に抱きついてきた。
でもって、頬に口付けまでした。

「王子」と呼ばれる人にしては、はしたないふるまいに、しかも相手は俺だというのに、でも、女性はより熱狂して、金切り声のような叫びをあげた。

俺と王子にカメラのフラッシュが怒涛のようにたかれるのに、目を潰されながらも、外務大臣と側近が忌々しげに見ているのが目に浮かぶようで、早々に頭が痛くなったもので。

ダーバフィーバーは王子が来日してからも衰えを見せなかった。
連日、大使館にはキマシア国民が押しかけ、マスコミは待ち伏せをし、日本の女性ファンがたむろをした。

王子が大使館にいることは少なく、お目にかかれることは少なかったとはいえ、国民は手厚く迎えられ、マスコミにはキマシア伝統の飲み物がふるまわれ、目をぎらつかせる女性ファンにはダーマの観光パンフレットと王子のプロマイドが配られたらしい。

大使館に大勢の人がつめかけても、すこしも嫌な顔をしない王子は、日本でアイドル扱いされるのが苦ではないようで、引っ張りだこのメディアでも、惜しみなくファンサービス。

イベントに呼ばれれば、どこでも顔をだし、王子スマイルで女性をさらに虜にし、そうやって表舞台で派手にふるまう一方で、忙しい合間を縫って、キマシアへ投資や進出をしてくそうな企業などを回っていた。

ビジネスともなれば、必殺王子スマイルでも、落とすことは中々難しいとはいえ、企業の上層部はミーハーに王子に会いたがって、ここでも引く手数多。

もちろん、政治家だって懇意になりたがる人は多く、でも、王子は政治家だけには、誰彼構わず、対面や会談をしようとはしなかった。

新人議員で、名の知れない俺に連絡役をさせ、俺に話を通さないと、会えないようにしたのだ。

おかげで、俺は他の政治家から目の敵にされている。
そもそも、俺のような、ぺーぺーで何の実績もコネもない、ぽんこつ新人議員が、アポもなく大使館に好きに出入りできるのが解せないのだろう。

解せないだけならいいものの、来日したときに抱きつかれて頬に口付けされたからに「王子のお気に入り」と陰で囁かれる始末。

要は、たまたま王子に気に入られたからといって、選挙に一度しか当選したことがない奴が「自分を通さないと王子とは話をさせません」と偉そうに構えるとは、けしからん、というわけだ。

断っておくけど、俺に決める権限はない。

会いたがっている議員のことを伝えて、王子が会うどうか決めたのを、先方に教えている、それだけだ。

が、周りはそう見ない。
俺が決めるでないにしろ、王子に口添えをして、意見を左右させていると見ているらしい。

そりゃあ、議員について、どういう人間か聞かれて、多少、個人的意見を述べることがあるものの、俺より政治的直感が優れている王子は聞く耳を持ちはしない。

別にそれは構わないのだけど、対面や会談を断られた議員は、俺が悪口を吹きこんだと思い込むから、困ってしまう。

ただでさえ、周りに誤解されて睨まれて気が重いところ、国会のほうではダーマフィーバーに押されて、キマシアと国交を結んではどうかとの発議がされた。

独裁的だったのが、民主的な政権に変わったキマシアは、経済発展を遂げつつあり、日本が国交を結ぶことには何かと利点がある。

ただ「さる国」がすでにキマシアと関係を深くしていることから、日本がでしゃばると「さる国」の機嫌を損ねるのではないか、だとしたら「さる国」を刺激しないほうがいいのではないかと、訴える反対勢力が根強くいて、国交の樹立までの道のりは険しそうだった。

で、国交推進派は俺に「王子に会わせろ」とせっついてくる。
国交反対派も反対派で「お前が王子をそそのかして、国交を結ぶよう話を持っていったのではないか」とけちをつけてくるものだから、俺は両勢力から槍でつつかれる苦しい立場になった。

もとより、「王子のお気に入りの気に食わない奴」と思われているから、余計に当たりはきつい。

今日も今日とて、王子への対面を断ったところで「お前はどっちの味方なんだ」と聞こえよがしに舌打ちをされて、朝っぱらから胃が痛くなった。

相手の議員が見えなくなってから、腹をさすっていたら「ご苦労なこって」と同期の高梨が肩を叩いてきた。

「お前に八つ当たりしたって、しかたないのにな」と言う高梨は、同期で親しいこともあり、他の議員のように俺を誤解していない。

すこしだけ胃痛が和らいで「まあ、王子も中々会ってくれないから」と言えば「でも、お前が会わせないわけでないだろ」と言ってくれる。

「まあ、それは、あの議員も分かっているだろ。
結局のところ、嫉妬してんだよ。

お前を王子のお気に入りとか言って馬鹿にしつつ、自分だって、お気に入りになれるもんなら、なりたいんだろ」

自分の味方になってくれるのは嬉しかったけど、高梨の主張には苦笑するに留める。
高梨のほうも突き詰めては言ってこないで「で、お前はどうなの?」と話を切り替えた。

「キマシアと国交を結ぶのに賛成、反対?」

改めて問われて即答ができなかった。

問われるまで考えていなかったことを情けなく思いつつ「連絡役を辞められるのなら、なんでもいい」と率直なところを口にする。

「ぶ」と噴出して「お前の、そーいうところ、結構好きだよ」と言うのに「高梨はどうなんだ」と問い返せば「いやあ、俺は反対かな」と意外な答えが返ってきた。それだけでなく。

「さるお国に弱みを握られてっから」

まさかと、疑いの目を向ければ、照れくさそうに笑って頭をかくからに、その、まさか、なのだろう。

呆れながらも「それで、ダーマでも・・・」とつい言いかけて、途中で飲んだ。

俺が高梨に間違えられて、ダーマで王子にハニーとラップをしかけられたことは話していない。
忠告するには、話したほうが良さそうだったけど、俺と王子の関係を勘付かれるかもしれない。

そういうことには鼻が利く奴だし、現に今も「ん?ダーマがどうしたって?」と、すこし口を滑らせただけなのに、やけに食いついてくる。

どうやって誤魔化そうかと考えていたら、背後に人の気配がすると共に、腰を触られたようだった。

触れるか触れないかの微妙な手つきに、悪寒を走らせつつ振りかえれば「やあ、高梨君、高橋君」と党の幹事長の武藤先生が右手を上げていた。

その手をちらりと見て、俺は頭を下げ「武藤先生、この前はご馳走様でしたあ」と高梨はしなを作る。

「君は相変わらず調子がいいな」と磊落に笑った武藤先生は「高橋君も、遠慮をしなくていいのだよ」と俺の肩に手を置いた。

顔を起こせということか、と「はあ」と視線を上げれば、肩に手を置いたまま「あのダーマの王子には、大分、振り回されているようだね」とねぎらうように言われる。

「私にもそういう経験があるから、手に負えないようなことになったら、相談してくれたまえ」と肩から腕に滑らせた手で、ぽんぽんと叩いて「あ、ありがとうございます」と俺が目礼をすると、腕から放したようで、触れるか触れないかで腰に滑らせてから、その手を上げて去っていった。

頼もしげな、その広い背中を見送り、前に向きなおったところで「高橋君も遠慮しなくていいのだよお、だって」と高梨が寄りかかってきて、腰か尻か微妙なところを撫でてきた。

肘で押し返して「なに」と目で問えば「いや、よく、お前、セクハラに耐えているなって」と肩をすくめ、呆れたように言われる。

「馬鹿いうな。男が男にセクハラなんて」と言おうとし、王子の顔が思い浮かび、言葉を詰まらせる。
が、このまま黙っては、高梨にさらに突っこまれるので「武藤先生は気さくな人だから。ただ、励ましてくれているんだよ」と無難に返した。

これしきで引き下がるとは思っていなかったものの「ばっか!セクハラされているなら、つけいることができるだろ!」と高梨は頓珍漢なことを言いだす。

「武藤先生は選挙の守護神と言われている人だぞ!
武藤先生の手にかかれば、受からない選挙はないってんで、与党の議員ほとんどが崇めていると言っていい。

要は、武藤先生が一言なにか言えば、誰も反対しないで話が通るんだよ。
皆、選挙の守護神の機嫌を損ねたくないからな。

だったら、武藤先生に国交を賛成するか反対するか明言してもらえれば、お前はもう、板ばさみにならなくて済むってわけ!」

俺より政局に関心があり鼻が利く高梨の言うことだから、でまかせというわけではないだろう。

そうだとしても、だ。

一つ引っかかることがあり「武藤先生は国交について明言していないのか?」と聞いてみる。
明言していたら、俺はとっくに板ばさみになっていないはずだ。

「そこがなあ、武藤先生も思い切れないところでなあ。

俺と違って、慎重で身奇麗だから、さる国の肩を持つようなことはしない。
かといって、さる国の肩を持つ連中に、ぎゃあぎゃあ言われたくもない。

まあ、キマシアにそんなに関心がないんじゃないか。
どうせ、どっちかの勢力の顰蹙を買うことになるから、そこまでして明言したくないんだろ」

「そういうものなのか」と釈然としないように言えば「ほんと、お前のそういうとこ、結構、好きだよ」と今度は、確実に尻を撫でてきた。

高梨に触られても、王子相手のように腰が疼くことも、武藤先生相手のように胸がざわつくこともなかったけど、容赦なく鳩尾に肘鉄を食らわせて、その減らず口を閉じさせてやった。


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