ダーマの休日

ルルオカ

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ダーマの休日

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それからは人波に溺れながら引っ張られていき、視界が開けて呼吸ができたと思ったら、肉まんのような饅頭を口に突っこまれて。

また人波に引きずりこまれ、今度は伝統工芸のおみやげを並べている屋台で髪飾りを買わされて、おまけに俺の髪にそれを差して、またまた人波を泳がされるということが繰り返された。

元々疲れて体力がないこともあり、人混みに酔って目を回す俺とは対照的に、水を得た魚のように生き生きと彼は笑顔を絶やさず、屋台に俺を連れ回し、店員と身内のように言葉を交わしていた。

ホテルと政府機関を行き来するだけより、隠れた名所ともいえる、昔ながらの庶民が集う活気溢れる場所に訪れられたのは良かっただろう。

おかげで、近年開発が急速に進んでいるという首都ダーマの印象が変わったけど、かといって、まだ政界で権力も発言力もない俺がしてやれることなんて、何かあるのか。
その疑問がずっと付きまとっているし、何かしてやりたくても、今がもう、体力の限界だった。

人波に逆らって歩けなくなって、上体が反れてさらに押し流され、彼の手が外れそうになった。

が、俺の異変に気づいた彼が、華奢な見た目に似合ない力強さでもって、ぐんっと引っ張り、人波から脱出をさせてくれたなら、まだ人混みの少ない広場のようなところの階段に俺を座らせた。

「何か飲み物買ってくるから」と頭上で言われたのに、顔を上げる気力もなく、肯く。

乱れていた呼吸と心臓が落ち着いてきてから、顔を上げ辺りを見渡せば、同じように人々が地べたに座って、屋台で買ったものを食べたり談笑したり。

見世物をしたり、乞食が物乞いをしたり、カップルがいちゃついていたり、日本では見られないような光景が広がり、やっぱり雑多な雰囲気がしていた。

外国人でYシャツにネクタイ姿では目立つかと思ったけど、顔は同じアジア系だし、比べれば仰々しい格好でも、十分に人混みで乱されたから、袖の破けたシャツを着ている人と、そんなに見た目は遜色ないのだろう。

と、考えて、異国の地で一人ぼっちになりながら、すっかり油断していたら、英語で「ねえ、君」と声をかけられた。彼ではない。

彼よりずっと、たどたどしい英語で、見上げれば、坊主で濃い髭面のゴリマッチョな男が立っていた。
ぴちぴちのタンクトップとジーンズをはいていて、諸々浮かび上がっているから、目のやり場に困る。

ただ、あからさまに顔をそらすのは失礼かと思い、焦点をぼかすようにしながら「何か?」と英語で返せば「どこ、から、来たの?」と男は屈んで顔を寄せてきた。

やっぱり、目立たないわけないかと思いつつ、別に隠すこともなかったから「日本だよ」と応じると「わあ、日本!」と厳つい髭面をほころばせた。

「日本」にそんな反応をされたら、異国の地にあっては余計に悪い気はしない。
「知っているの?」と笑いかけたら「知ってる!つうか、行ってみたい!」と飛び跳ねるようにして、そのまま俺の隣に尻を落とした。

彼といい、この国の人間は、やけに人懐こいらしい。
肩を押しつけて、荒い鼻息がかかりそうに詰め寄ってくる。

日本人の平均並みに控えめな俺は、すこしだけ上体を引こうとしたものの、それより先に男が背中に手を滑らせて、尻を鷲掴みにした。
びくりと肩を跳ねつつ、同性者が多い国だということを、今更、思い出して。

英語でどう断れば正解かと、考える間もなく、男の顔に水しぶきがあがって、俺の頬にもかかった。

髭から水滴を垂らし、呆然とする男を、こちらも呆然と見ていたら、にわかに腕を掴まれて、有無を言わさないように立たされ引っ張られていった。

なにか足に当たったと思ったら、紙コップで、前に向き直れば、ひたむきに前を走る彼の背中がある。

どうやら、俺をナンパしていた男に買ってきた飲み物をぶちまけて、助けてくれたらしい。

にしたって、あの男はそんなに狂暴そうではなかったし、追いかけてきてもなく、慌てて逃げる必要がないように思うものの、彼は焦ってというよりは、どこか怒っているようで押し黙ったままだ。

また人混みに飛びこもうとして、その前に一言だけ、言った。

「やっぱり、連れてくるんじゃなかった」

日本の支援を、下っ端も下っ端の新人国会議員の俺に求められても・・・。

ずっと、そう気兼ねしていたけど、彼の口から後悔しているような言葉を聞かされるのは、結構、ショックだった。

途中でへたりこんでしまったとはいえ、異国の地の地元民しか知らない、ディープな穴場にこられたのに心から胸を弾ませていたから、余計だ。

人波に突っ込んでいったら、ショックを受けている暇はなく、彼の手が外れないよう必死についていって、しばらくして、人混みに押しだされるように開けた場所に行き当たった。

ビルとビルの隙間がある、はじめに通り抜けてきたところだ。
てっきり、ビルとビルの隙間も彼に引っ張られていくものと思っていたのが。

腕を放されて、彼のほうを向こうとしたものを、背中を押された。
咄嗟に踏ん張ったけど「ここから表通りに出たら、寄り道しないでホテルに戻って」と目深に被った帽子で顔を隠すようにしながら、彼は両手でひたすら押してくる。

力負けして、ずるずるとビルとビルの隙間に足を踏みこんだところで「でも」と言いかけたら「じゃ、また」と遮るように別れを告げられ、彼は人混みに飲みこまれ、あっという間に見えなくなった。

一時も息が吐けないような展開の早さに頭が混乱していて、その上「やっぱり、連れてくるんじゃなかった」と言われたことのショックを引きずっていたから、気づかなかった。

「じゃ、また」と言われたことを。



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