ダーマの休日

ルルオカ

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ダーマの休日

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ハニートラップを仕掛けた人間が監視しているのではないか。
見られたらまずいのではないか。

と、手を引っ張られながら言ったのだけど「タカハシサンやっさしー」とからかってくるだけで、放してくれず早足を緩めてもくれなかった。

信号になって、やっと足を止めてくれ、こちらが口を開く前に振り返って言われたことには。

「このままだと、タカハシサン、ホテルとダーマの宮殿を往復するだけで、帰っちゃうんじゃない?」

スケジュール的にはまさに、そうだったから、俺はもう引きとめるのをやめた。

一応は国会議員たるもの、資料を読んで政府機関に行くだけでは外交の仕事をしていると言えず、折角、訪れた国にも失礼に思えたのだ。

少しくらいは、庶民の生活ぶりや、もっと地に足の着いた国の状況を把握しておいたほうがいいだろう。
にしても、彼に引っ張られて歩くビル街は、あまり、この国らしさが感じられない。

日本に劣らず、インフラが整って、きらびやかな高層ビルが建ち並んでいるのを見るに、目覚ましい発展ぶりが窺えるとはいえ、逆に日本と変わり映えがなく、新鮮さがなかった。

と思っていたら、すこし暗く、車や人気のない通りを曲がって、あるビルとビルの隙間を通り抜けると、開けた場所には見違える景色が広がっていた。

狭い砂利道に屋台が所狭しと並んで、ビル街の適度な明るさに比べれば目に刺さるような、安っぽい光を放つ電球が、そこたら中にぶら下がっている。

何より、ビル街より人がひしめきあい、屋台の呼び込む声や、怒声や罵倒、けたたましい笑い声が、方々からひっきりなしに上がり、どこまでも猥雑ににぎわっていた。

「ここは・・・」と大袈裟でなく不思議の国に迷い込んだアリスよろしく、感嘆して呟いたら「国が新しい開発を進めていく中、追いやられた昔ながらの屋台街だよ」と言いつつ、彼は手を掴んだまま、人混みに入ろうとはしなかった。

「きたよ」と上を向いたのに、同じほうを見やれば、人々の頭上に細いロープが吊られていて、目の前をそのロープに引っかけられた籠が通り過ぎていった。

「昔より屋台街が狭くなって、でも、くる人の数は変わらないから、こんなにごった返しているんだ。

屋台にすれば、物を補充したくても、お客に阻まれてできないから、ああやってロープを張り巡らせて、籠を滑らせて運んでいる」

「でも、どうやって、取るの」と言った傍から、止まった籠を、近くの屋台の店員が指を差し、ちょうど下あたりに居た人が、誰かを肩車して、それをロープから外した。

そこからバケツリレーみたいに、人の頭から人の頭に籠が移されて、とうとう屋台の店員の手に渡される。

店員は籠を掲げて、大声で何か喚いてから、別の籠に片手を突っこんで、握ったものを宙に散らした。
何をばらまいたのかは、小さすぎて見えないものの、籠を運んでくれた、ささやかなお礼なのだろう。

籠をリレーしていない人も混じって歓声を上げ、ばらかれたものを取ろうと、空に手を向けているさまを見入っていたら「ここを観光地にできたらいいのだけど」と呟かれたのに「え」と振り向いた。

眩くにぎやかしい屋台街を眺めるには、目深にかぶった帽子の影がかった表情は憂いを帯びて、細めた緑の瞳は涙をたたえるように、悲しげなきらめきを揺らしている。

「国が発展するのは悪くない。
でも、投資してくれる外国を見極めないと、乗っとられることになるし、国の昔からの文化が、こうやって隅に追いやられてしまうことになる」

やっぱり、ただのハニートラップの仕掛け人ではなかったのか。

俺を屋台街にまで引っ張ってきたのも思惑があるのかと、思いつつ、彼の話に興味を引かれて「表通りのビル街は乗っとられそうになっているの」と聞いてみる。

「タカハシサンもペーペーながら政治家だから、知っているでしょ。
ある大国が今、発展途上国にやたらと金を貸したりインフラ整備をしようとしてんの。

表向きは発展途上国の手助けに、なんて言っているけど、緩やかな占領なんだよ。

占領するには、その国の文化は邪魔。
だから、開発を進めるふりをして、屋台街をつぶしにかかっている」

「ある国」がかなり気に食わないのだろう。

眉間に深い皺を刻んでいたものの「日本には期待しているんだよ」とこちらに顔を向けたなら、年相応にまだ少年っぽさが残る、あどけない笑みを見せた。

「日本はすごい技術を持っているだけでなくて、きちんと指導をしてくれて、後々面倒を見てくれるからね。
自国の利益を見こんでだろうけど、相手の国を貪り食うようなことはしないでしょ?

個人的にはキョートとかで観光で成功しているケースについて、いろいろとノウハウとか教えてもらいたいもんだね」

お人好しの国と言われる日本は、そりゃあ「ある国」に比べれば、良心的。
というよりは、まともなビジネスをするだろうから、そりゃあ、キマシアは協力を仰ぎたいだろう。

日本に見習って、古き良き屋台街を観光資源にしたいという思いも理解はできる。

が、言う通りぴかぴかの一年生国会議員、二世とか、知名度も権威もコネもある立場でもない俺に、静かに熱く語っても、しかたがないのではないか。
首都のダーマに訪れたのも、パシリなわけだし。

高梨の事前情報は合っていたものの、少々食い違いがあったように、また誰かと勘違いしているのではないか。

だとしたら、もうすでに、かなり徒労に終わらせているとはいえ、勘違いさせたままでいるのは申し訳なく、そのことを指摘しようとしたのだけど「さあ、デートだ!」と急に人混みに引っ張り込まれ、とたんに人波に溺れて口がきけなくなった。




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